第二章 かわいいランジェリーの作り方(1)

 浦島けい。十六歳。私立すいさい高等学校に通う二年生。

 大学生と中学生の姉妹いとこふたりと3LDKのマンションで暮らし、ランジェリーブランド『RYUGUリユグJEWELジユエル』に所属して日々、女性用の下着作りにまいしんする若きランジェリーデザイナーである。

 そんな新米デザイナーの朝は妹分に起こされるところから始まる──

「お兄ちゃん、そろそろ起きなよ」

「……んん……もう朝か……」

 肩を揺すられ、恵太が目を開けると、ベッドの横にセーラー服姿の少女が立っていた。

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、さきちゃん」

 れいな髪をサイドテールにした彼女は浦島姫咲。

 中学三年生で、このとしの女の子にしては身長があって発育も良く、バストはEカップの隠れ巨乳という逸材である。

「いつも起こしてくれてありがとう」

「別に。好きでやってることだし」

 なんでもないといった顔で謙遜するさきだが、感謝しているのは本当だ。

 スマホのアラームと可愛かわいい妹、どちらに起こされるのが幸せかは言うまでもない。

「朝ごはんできてるから、ちゃんと顔洗ってからきてね」

「はーい」

 姫咲を見送って自分もベッドから出る。

 愛用の眼鏡をかけて、部屋を出ようとドアに向かう途中で不意に足を止めた。

「うん、我ながらいい出来だ」

 デスクの横に置かれた自立式のトルソー。

 その胴体に装着された下着は先日、みおをイメージしてデザインした新作だ。

 ちなみに本人には言っていないが、このトルソーのスリーサイズは偶然にも彼女とほぼ同じだったりする。

「今日はみずさんとの打ち合わせもあるし、張り切っていきますか」

 先日めでたく協力を取り付けた同級生、水野澪。

 今日は彼女と初めての打ち合わせを行う予定だった。

 澪に着けてもらう予定のサンプルはピックアップ済みで、あとは互いのスケジュールをすり合わせて試着会の日取りを決めるのみ。

 自慢のランジェリーを理想の体型の女子に試着してもらえるのだ。

 おのずと気合いも入るというものだった。



「下着作りにおいて、モデルの役割は非常に重要なんだよ」

 昼休みの被服準備室。同級生の着替えをのぞいて以来、すっかりつどいの場と化したその部屋で、着席したけいがモデルの重要性について熱弁していた。

「試作品を実際に使ってもらって着け心地を確認したり、使用感のアンケートを取ったりするんだけど、使用者の生の感想ほど参考になるものはないからね」

「なるほど、勉強になります」

 その話に相づちを打ったのは、向かいに座った理想のDカップ女子こと水野さんで。

 ニコニコと笑みを浮かべる彼女に対し、恵太は更に説明を続ける。

「俺の持論だけど、ランジェリーは女の子が身に着けた時に初めて完成すると思うんだよね。下着自体はただの布の集合体だけど、実際に使用することで本来の形になるというか、そこで初めてデザインのしがわかるんだよ」

「ふむふむ」

「トルソーだと体の柔らかさはやっぱり出せないから、商品にする前に生の女の子に着けてもらって、ちゃんとイメージ通りの下着になっているかチェックしたいんだ」

「ほうほう」

「俺に彼女でもいればその子に頼むんだけどね。現状は家族や知り合いにお願いするしかなくてさ。みずさんみたいに面識のない子に依頼するのはめずらしいんだよ」

「そうなんですね」

「というわけで、さっそく水野さんにサンプルの試着をお願いしたいんだけど──」

「はいっ、お断りします♪」

「あれっ!?」

 素敵な笑顔でお断りされてしまった。

 待望の下着チェックタイムと思いきや、出だしからいきなりハプニング発生である。

「あの……水野さん? 下着作りに協力してくれるって話だったよね?」

「すみませんが、その話はなかったことにしてください」

「ど、どうして……?」

「それは……」

 言葉を詰まらせ、気まずげに視線をらしながら彼女が言う。

「……下着姿を見せるのが恥ずかしいんです」

「恥ずかしいとな?」

「だって下着ですよ? ほぼ裸なんですよ? 冷静に考えたら、付き合ってもいない男の子に下着姿を見せるなんてありえないじゃないですか」

「もっともな意見だけど……それっていろいろあとの祭りなのでは? 既に二回も下着姿を見せてるわけだし、もう何回見せても同じなんじゃないかな」

うらしま君、デリカシーがないって言われませんか?」

「む……」

 軽率な発言だったのは認めるが、それにしても言い方があると思う。

 約束をにされた直後なのもあって、彼女の冷めた物言いにカチンときてしまった。

「けどさ、水野さんは本当にそれでいいわけ?」

「え?」

「協力しないなら新作の提供も当然できないけど。いくら家が貧乏だからって、あんな伸びきった下着を穿いてるのは女の子としてどうかと思うよ?」

「なっ!?」

 売り言葉に買い言葉で、相手を傷つける言葉を投げかけてしまった。

 すぐにひどすぎたと反省するがもう遅い。

 唇を強く引き結んだ同級生が、怒気を含んだ瞳でにらんでくる。

「そういう浦島君こそ、そこまで下着姿を見たがるなんて、本当は女子の裸が見たくてランジェリーデザイナーをしてるんじゃないですか?」

「んなっ!?」

 その発言は容認できない。

 みおの言うような軽薄な気持ちで仕事に臨んだことは一度もなかった。

 反論しようと思った矢先、自分が放ったひどい言葉を思い出して口をつぐむ。

 そして、ようやく冷静になったふたりが同時に相手から視線をらした。

「……」

「……」

 自身の発言を後悔して、お互いに罪悪感を覚えながらも、意地とプライドが邪魔をして謝ることもできない。

 重い空気が立ち込めるなか、話は終わりとばかりに澪が席を立つ。

「とにかく、協力の話はなかったことにしてください」



 放課後、同級生たちが帰った二年E組の教室でけいは友人に相談を持ちかけていた。

「それで、みずさんに〝冷静に考えたら男子に下着を見せるなんてありえない〟って言われちゃってさ……あきひこはどう思う?」

「そりゃ、普通の感覚なら下着を見られるのは嫌だろうな」

「あ、やっぱり?」

「仮に、付き合ってもいない男に自分から裸を見せるような女子がいたら、それは痴女かハニートラップのどっちかだ」

 恵太の前の席に座り、自身の見解を述べる彼の名前は秋彦。

 見た目はかなりの美男子で身長も恵太より高い。

 中学からの付き合いで、デザイナーの仕事のことも知っている親友だ。

 綿100%の下着については秘密にする約束なので、彼には偶然にも澪の着替えをのぞいてしまい、彼女の体にんだことだけ伝えてあった。

「ずいぶん水野さんにご執心だけど、なに、そんなにいいカラダしてたわけ?」

「うん、もう運命を感じたよね」

「へぇ、恵太がそこまで言うなら相当だな」

「典型的な脱いだらすごいタイプだね。巨乳ってほどではないけど、しっかり胸があって、下着もれいに見える理想のバストだった」

 小さすぎると物足りない。

 しかし大きすぎると胸が主役になってしまう。

 胸と下着、どちらもバランスよく見せることのできる彼女のバストは、ランジェリーデザイナーのけいにとって理想のサイズだった。

「だから、どうしてもモデルを頼みたいんだよ。なんとかしてみずさんを脱がせられないかな?」

「そこだけ切り抜くとなんとなくいかがわしいけども……まあ、本人をその気にさせるしかないだろうな。グラビアのカメラマンみたく相手を褒めちぎるとかしてさ」

「ふむふむ、褒めちぎる作戦か」

「あるいは、水野さんと裸を見せてもいいような関係になるとか」

「!? なるほど、俺と水野さんが恋人どうしになれば……っ!」

「うむ! 下着だろうと裸だろうと見放題だ!」

 恋人になれば下着も裸も見放題。

 とても素晴らしい提案に思えたが、すぐに冷静になった。

「いやいや、そんな不純な動機で付き合うとかダメでしょ」

「えー? わりといい案だと思ったのに……」

「そもそも、俺なんかじゃ相手にもされないよ」

「なら、別の手段を考えるしかないな」

「振り出しに戻った……」

 世界でいちばん無駄な時間を過ごしてしまった気がする。

「けど水野さん、下着を見せるのが恥ずかしいとか可愛かわいいじゃん。うちの姉たちとはえらい違いだ」

「あー……あきひこのお姉さんたち、すごいもんね」

「あいつら、風呂のあとパンツ一丁のまま平気で脱衣所から出てくるからな。恥じらいなんて概念はとうの昔に捨て去ってるし、そのくせ見た目だけはいいから手に負えないというか……今までどれだけの男がやつらの毒牙にかかったことか……」

 家の美人三姉妹。

 たぐいまれなるその美貌で数多あまたの男をとりこにする魔女たちである。

「まあ、真面目にアドバイスすると、水野さんをスカウトしたいなら直球勝負はけたほうが無難かもな」

「というと?」

「たとえば、女子といい感じの雰囲気になったとするだろ?」

「俺、女子といい雰囲気になった経験がないからわからないけど」

「そこは想像で補えばいいだろ。──で、初めての女の子にいきなり服を脱げって言ってもハードルが高いわけだ」

「ああ、たしかにそうかも」

「だから、最初は低いハードルから徐々に慣らしていけばいいんだよ」

「なるほど……最初は露出度の低い下着から始めて、少しずつみずさんの感覚をさせていけばいいわけか……」

 普通の女の子にいきなり下着姿になれというのはハードルが高い。

 それなら簡単なクエストから挑戦してもらえばいいのだ。

「あとはアレだ。女子に振り向いてほしいなら、それなりのメリットを提示しないとダメだぞ。やつら、愛してるって言葉だけじゃ見向きもしてくれないからな」

あきひこは過去に女子となにがあったの?」

 友人の恋愛遍歴が気になるところだが、それはともかく──

(水野さんをその気にさせる方法か……)

 それはなかなかの難題だ。

 恥ずかしがる女子を自らの意思で脱がせようなど、正気の沙汰とは思えない。

「でも、そうだね。協力してほしいなら俺も誠意を見せないと」

 相手に求めるだけでは協力関係とはいえない。

 秋彦の言うように、こちらも相応のメリットを提示する必要があるだろう。

「水野さんがひとめれして、思わず見せびらかしたくなる下着を作ってみるよ。俺が差し出せるのはそれくらいだからね」

 けいみおの体に惚れてスカウトしたように。

 彼女にも一緒に仕事がしたいと思ってもらいたい。

 だから惚れてもらおうと思った。

 自分が彼女にひとめ惚れしたように、彼女に協力してもいいと思わせるほどのランジェリーを作って、今度こそ協力を取り付けるのだ。

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