第一章 変態属性男子とクールな同級生女子(2)

      ◇


 結論から言うとうらしまけいは諦めなかった。

 着替えをのぞかれたその日を境に、澪を説得するという大義名分のもと、ところかまわず付きまとうようになったのである。

「水野さん、おはよう! 今日もれいなヒップラインだね!」

 たとえば朝、校内で遭遇すると必ず挨拶してくるようになり、

「水野さんは、何色の下着が好きなの?」

 次第に世間話のノリでセクハラまがいの質問をするようになって、

「ねーねー水野さん、そろそろ俺のパンツを穿いてくれる気になった?」

 最終的には顔を合わせるたびに通報レベルの問題発言をするようになった。

 厄介なのは、澪にとって破滅クラスの『秘密』を握られていることだ。

 例のパンツのことは誰にもしやべらないと約束してくれたが、いつ相手の気が変わるかわからないし、そのせいであからさまに無視することもできなかった。

 更にめんどうなことに、恵太との絡みが増えたことで新たな問題も発生していて──

「なんだか最近、みおっちと浦島くん急接近してるよね?」

「クラスでもうわさになってるよ。ふたりが付き合い始めたんじゃないかって」

「何度も言ってますが、わたしと浦島君はそういう関係じゃないですから」

 こんな感じで、りんいずみがふたりの関係を邪推するようになっていた。

 ちなみに澪たちがいるのは学校の渡り廊下で、お昼の陽光が差し込む窓辺に三人で集まり、中庭を眺めながら世間話に花を咲かせている状況だ。

「でも、みおっちも浦島くんに懐かれて悪い気はしないんじゃない?」

「顔を見るたびに駆け寄ってくるし、澪ちゃんのことが大好きって感じだもんね」

「実際はそんなかわいいものじゃないですけどね……」

 それだけ聞くと犬系男子のようにも思えるが、あいにくその実態は変態系男子。

 駆け寄ってくるのも変態プレイの勧誘が目的なのに、周囲の人間には恵太が澪に言い寄っているように見えるらしい。

(まあ、うらしま君も悪い人ではないと思いますが……)

 今のところ秘密を守ってくれているし、変態なところをのぞけば好青年だと思う。

 ただ、だからといって油断はできない。

 根っからの悪人ではなくても、彼の正体は女の子に己のパンツを穿くよう迫る『パンツ穿かせ魔』なのだから。

「そうだ、みおっち。今度、みんなで下着を見にいかない?」

「え? 下着ですか……?」

「駅の近くにね、可愛かわいいお店を見つけたから、三人で選びっこできたらなって」

「あ、うーん……それは……」

 駅近のお店というのは、おそらく例のランジェリーショップのことだろう。

 下着の選びっこは楽しそうだが、やはり秘密は知られたくない。

 入店するだけならともかく、下着を選ぶとなれば見せ合いっこもするだろうし、下着バレするような危険を冒すわけにはいかなかった。

「……ごめんなさい。下着はひとりで買うようにしてるので」

「そっかー……ざんねん……」

 誘いを断ると、りんが寂しそうに肩を落とした。

 その瞬間、罪悪感がチクリとみおの胸を刺す。

 落ち込ませたくなんかないのに、つまらないを張って、大切な友人にこんな顔をさせてしまう自分が嫌になる。

「それなら、今度のお休みは三人でお洋服を見にいこうよ」

「おおっ! いずみん、ナイスアイデア!」

「はい、それなら……」

 いずみが出してくれた代案に真凛が賛同し、澪もうなずく。

 ふたりの気遣いはうれしい。

 ただ、同時に申し訳ない気持ちにもなる。

 それは、彼女たちに対して隠し事をしている後ろめたさがあるからだ。

 真凛も泉も、事情を知っても笑うような子たちじゃないのはわかっている。

 だけど、それでも本当の自分を見せるのはこわかった。

 ふたりのことを信じていないみたいで、こんなことを考える自分が本当に嫌で──

 ドロドロとした暗い感情が、まるでサイズの合っていないブラを着けた時のように、澪の胸を強く締めつけたのだった。



 その日の夜、遅めの夕食を済ませた澪はお風呂に入っていた。

「はぁ……いい加減、うらしま君も諦めてくれたらいいのに……」

 肩まで湯船にかって、せっかくのリラックスタイムなのに、出てくるのは最近なにかと話題の同級生男子に対する愚痴である。

「浦島君のせいで、りんたちも妙な勘違いをしてますし……」

 別に求愛されているわけじゃない。

 単に付きまとわれているだけだ。

 俺のパンツを穿いてほしいと、この世の終わりみたいな台詞せりふを唱えながら。

「浦島君は、どうしてパンツを穿かせようとするんでしょう……」

 彼を突き動かす動機がわからない。

「自分のパンツがわたしに似合うと思ってるみたいですし、きっと女の子に男物のパンツを穿かせて興奮する特殊な趣味の持ち主なんでしょうね」

 その後、お風呂から上がったみおは中学時代のジャージに着替えて脱衣所を出た。

 弟の部屋の前でお風呂が空いたことを告げて自室に戻る。

 澪の部屋は六畳の和室で、それほど物はなく、収納のたぐいも最低限。

 机もないので、勉強する際はちゃぶ台を引っ張り出してやっていた。

 今日は本屋のバイトで疲れていたし、明日もお弁当と朝食の準備がある。

 早めに就寝しようと思い、布団を敷くため部屋の押入れを開く。

 すると、下段の収納スペースに無造作に置いてあった紙袋が倒れて、その勢いで袋から中身が飛び出した。

「あ……」

 畳の上に姿を見せたのは、桃色がれいなひと組のランジェリー。

 タグが付いたままになっているそれは、三セットあるワンコインランジェリーとは別物の、とても可愛かわいい下着で──

「…………」

 表情を曇らせた澪が、無言でブラとショーツを拾い上げる。

「これが使えてたらよかったのに……」

 静かにそうつぶやいて、下着を入れ直した紙袋を元の位置に戻す。

 当初の予定通り上段の収納スペースから布団を取り出すと、不都合な事実から目をらすように押入れの戸を閉めた。


      ◇


 週明けの朝、澪が登校すると昇降口の前でけいと鉢合わせになった。

「おはよう、みずさん」

「うわ、また出た……」

「あはは、今日も安定の塩対応だね」

「なんでうれしそうなんですか?」

 こちらの塩対応もなんのその、先に靴を履き終えたみおが歩き出すと、同じく上履きに履き替えたけいが何食わぬ顔で横に並んでくる。

「気になってたんだけど、みずさんって他のブラはしないの?」

「いきなりなんですか?」

「だって、今日も例の綿100%のブラをしてるから」

「なんでわかるんですか……」

 思わず胸元を手で隠してしまった。

 息をするように女子の下着を言い当てないでほしい。

「わたしがどんなブラを使おうとうらしま君には関係ないと思います」

「関係ないなんてことはないよ。せっかく素晴らしい胸をお持ちなのに、スポーツタイプのブラじゃ水野さんの谷間が拝めないじゃないか」

「ご心配なく。浦島君に谷間を見せる予定はありませんので」

「もしかして水野さん、あんまり下着を持ってないとか?」

「…………」

 核心を突かれて足を止める。

 同じく立ち止まった彼に視線を向けて、それから深いため息をついた。

「……まあ、浦島君に隠してもしょうがないですよね」

 既に例の下着を見られているのだし、ここでを張る必要はないだろう。

「ご指摘の通りですよ。うちが少し金銭的に厳しくて、下着を新調する余裕がないんです。部屋着は基本的に中学のジャージですし。いちおうバイトもしてますが、外出用の服を買ったり、日用品をそろえたり、女の子はなにかと入り用なんです」

「そうだったんだ……」

「連帯保証人の話とか、母親が出ていった話とかも聞きます?」

「いや、遠慮しておくよ」

「賢明ですね」

 他人の家の事情なんて、聞いたところで面白くもなんともない。

「でも大丈夫ですよ。実際、下着は三セットあればなんとかなりますし。幸いなことに、ここ二年くらい胸もCカップのまま成長してませんから」

「え? Cカップ?」

「あ……」

 完全に失言だった。

 自分の失態を棚に上げ、乙女の秘密を知った不届き者にジト目を向ける。

「女の子に胸のサイズを言わせるとか最低だと思います」

「今のは完全にみずさんの自爆だと思うけど……というか、Cカップって……」

 釈然としない様子でけいつぶやく。

 何かが引っかかっているようだが、そんなにおかしなことを言っただろうか。

「じゃあ、わたしは先にいきますね」

「あ、待って水野さん。今日の放課後なんだけど、少し時間をもらってもいいかな? 水野さんに見せたいものがあるんだ」

「気が乗らないのでお断りします」

すがすがしいほどストレートな断り文句だね」

うらしま君のことだから、ゴールデンで放送できないようなものを見せてきそうですし」

「そんな変なものじゃないから大丈夫だよ」

「本当に? 俺のパンツを見てほしいとか言ってズボンを脱ぎ出したりしませんか?」

「俺にそんな趣味はないし、それが済んだらもう水野さんに付きまとうのはやめるよ」

「うーん……」

 しばし考える。

 正直、気は乗らないが、ストーカー行為をやめてくれるのは大歓迎だ。

(ここで断っても、延々と追い回されそうですし……)

 その未来は容易に想像できるし、それならさっさと済ませて帰るほうが建設的だろう。

「わかりました。それでは放課後、被服準備室に集合ということで」

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