テンカイのための百掌

@teki1teki

001・私の嫌いな客

 週に一度か二度、コタロウさんは我が家にやって来る。来るのはだいたい昼過ぎで、インターフォンも鳴らさずに、勝手に庭先に入って来る。彼のいささか奔放すぎる振る舞いは、しかし、私の家族には――いや、正確にはご近所さんも含めて――チャームポイントとして捉えられているらしい。


 けれど私はどうしても、そういった彼の奔放さを好くことができなかった。彼の奔放さは無礼さと大差ないように感じられた。だから、昼頃になるとどうしても私の中の警戒心は高まっていくのだった。


「よう。誰かいるかい?」


 そらきた。


 彼の無愛想な声が障子越しに聞こえる。私は和室の清掃作業を中断し、腕を伸ばして障子と窓を開けて縁側に出た。コタロウさんは庭先で大きなあくびをしていたが、私を見ると瞬時にその口を閉じてぶっきらぼうに言った。


「よう、ポンコツ。中に誰かいるか?」


「残念ながら、現在は私だけです」


 コタロウさんは気だるげに首を振って私を見る。


「じゃあお前でいいからよ。何か飲ませてくれないか? 喉が渇いちまってよ。今日は暑くてかなわん」


 この不遜な態度のどこがいいのだろうか、礼儀とかそれ以前の問題ではないのか、などと悶々とした気持ちを抱えつつ、私は慇懃に答える。


「少々お待ちください。水でよろしいですか?」


 この答えは彼にとって意外だったらしく、目を大きく開いて私を見て、言う。


「何だよ。今日はやけに素直じゃねぇか。いつもみたいにピーピー鳴かないしよぉ」


「設定が変更されたのです。あなたを侵入者として見做さず、そして家族が留守中にあなたが来たら、食事や飲み物を提供する。それが鷹森家の皆様が望まれた設定です」


「はぁ、そうかい」


 コタロウさんは縁側に寝そべると、腕を組んで顎を載せ、私を見上げて呟いた。


「ロボットもロボットで、色々大変なんだな」


 私の所有者である鷹森家の皆さんは、私の事を「ミル」という名で呼ぶが、世間一般では私は「バンドローン」と呼ばれる、SACJ社から発売されている家事代行ロボットだ。所謂アダムスキー型のUFOを模した形状をしており――もちろん、飛行機能は有していない。スカート下の球状タイヤを駆使して移動するのだ――蛇腹式のアームを伸縮させて家事を行う。家事機能は数多あるが、しかし一番の目玉は――私の製品紹介ウェブサイトによれば――家事機能ではなく、自然言語コミュニケーション機能にある。


 私に搭載されたAIは、自然言語でのコミュニケーションを可能にする。さらに言語習得のための学習機能も有しているので、プリセットで対応できない言語――例えば日本語の中でも特色の強い鹿児島弁や津軽弁――であっても、ある程度のリスニングや文書のスキャニングを行うことでその言語を解析し、理解、利用することができる。


 私はキッチンで浄水をくむと、縁側へ戻り、コタロウさんに渡した。彼はしばらく黙ってそれを飲んでいたが、半分ほど飲んだところで、唐突に言った。


「お前ってさ、何かを楽しいと思うことってあるの?」


「どういうことです?」


「何つーかさ。お前は感情を持ってるだろ。お前は鷹森家の人間が好きだし、俺の事が嫌いだからな。でも何かを楽しむ姿っていうのは見たこと無いなと思ってね。例えば俺は狩りをしている時が一番楽しいんだ。無心になれるし、達成感があるからな。そういうことって、お前もあるのか?」


「面白い質問ですね。確かに私には擬似的な感情がプログラムされています。しかし他方で、アドレナリンやエンドルフィンを模したプログラムはされていない。だからたとえ狩り機能が実装されたとしても、コタロウさんと同じように楽しむことは不可能でしょうね。そしてそれは確かに、コタロウさんから見れば、私には喜怒哀楽の楽が抜けているように見えるのでしょうね。ただ、安楽、という意味での楽は持っていると思いますよ」


「へぇ。その心は?」


「寝るときです。私は午前十二時から午前五時までドックステーションに接続して、充電とメモリの整理を並行して行っています。仮にそれを睡眠と呼ぶならば、その睡眠に入る直前に、思うのです。今日も鷹森家の役に立つことができた……鷹森家の皆さんが私を必要として起動し、私を信じて仕事を任せ、それが中断させられることなく全うすることができた、と。その充実感は、私のあらゆる不安――時代遅れ、新製品、廃棄、故障、交換――を払拭してくれる、思考の安楽椅子なのです。その椅子に腰を下ろして瞳を閉じる瞬間に、私は安楽を感じます」


「ふん。詩人だねぇ」


 彼はその後黙って水を飲み干すと、手の甲で口周りや顔を拭った。


「それじゃ、そろそろ行くかな。鷹森家の皆にもよろしくな」


「食事はよろしいので?」


「あぁ。四軒隣の、小杉さんの奥さんに気に入られちまってさ。俺のためにツナ缶を買い込んでるみたいなんだ。流石にそこまでしてもらってるのに知らんぷりっていうのは、申し訳ないからな。でも俺、ツナ缶嫌いなんだよなぁ」


 コタロウさんは浮かない表情を振り払うように、ブルブルッと体を震わせると立ち上がり、隣の家と我が家を仕切るブロック塀にヒョイと飛び乗った。そして気持ちよさそうに背伸びをすると、しっぽをヒョコヒョコ振り「水、ごちそうさん」と能天気な声を上げながら、去っていった。


                                   (了)

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