第131話 リュウの涙2
・人によってはヒーローが情けないく感じるかもしれないのでちょっと注意です。
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「では、白竜様…」
『良い。我らも力を貸そう』
神々神の姿が六つの竜へと変貌し、魔法陣が煌めく陣形を成す。その中央で私は力強く声を響かせると、花の蕾が陣の中心で大胆に開き、優雅な花びらが勢いよく大地を祝福へと包み込んでいった。
聖なる旋律が響く
心の闇を浄めるために
調和と平和の回復を求めて
響き渡れ、聖なる歌声よ
それは一度きりの奇跡の聖歌だった。
「心の浄化と調和の回復」、「慈悲と救済への希望」の浄化魔法。
その旋律は人々の心に深く響き渡り、善意と共感を喚起する。神秘の光景は人々の傷ついた心を癒し、新たな希望を抱かせる光となり、死者の魂には平穏と安息を与える歌となる。
『其方の祝福の花は下界に舞い降り、美しい情景とささやかな幸福をもたらすだろう。しかし、誤った思想や狂信に繋がらないように人々の記憶には残らず、後世に語り継がれることもない』
「構いません。それに、善行というより私的な願いのようなものなので」
ルビー達のような無情な死を無くしたかった。けれど無情とは何を指すのか、その境界線は曖昧だ。クリス皇子の悲しみも、帝国に関わった者達の悲劇の連鎖も容易に断ち切ることはできない。だから私は、負の感情を鎮める歌を
歌への不安はあった。けれど白竜様が、その効果を正確なものにできるよう補助すると言ってくれたのだ。
『我らが関われる範囲で応えたまでのことだ。それに、その加護は光の子にとっても守りとなるだろう』
「はい…、お力を貸してくださりありがとうございました」
一体に戻った白竜様は背後の水晶を輝かせ、壮麗な扉を出現させた。
『その扉の奥を進めば元いた場所に戻れるであろう』
「はい…」
『ティアラ…、其方の歌声は心地良い調べであった。我らは其方の幸多き未来を願っている』
私は膝を折り、控えめに身を下げて敬意を示した後、静かに扉を開いたのだった。
◆
扉の先は真っ暗闇だった。しかし、そこに輝く光が灯火のように列を作り始めた。ルビー達が照らしてくれたのだ。
「わぁ……。皆、ありがとう!」
『ティアラ、帰り道、ちゃんとわかる?』
「…ルビーッ!」
『ふふふ…、指輪を見てごらん。その光の差す方へ真っ直ぐ進むんだ』
ルビーは妖精のようにふわふわ飛び回り、左手の指輪にポンポンッと触れて小さな光を灯してくれた。
「これって…」
指輪から、光の糸が暗闇の奥へと真っ直ぐ伸びている。
『さぁ、行こう?』
ルビーが先頭に立ち、足取りは次第に早まっていく。長く続く暗闇を進む中、私は息を切らせながらルビーに声を掛けた。
「待ってルビー、皆の光がついて来ないわ。これ以上は行けないってことじゃないのかしら?あなたも、見送りはここまででいいのよ?引き返さないと、今度はルビーが帰れなくなっちゃうわ」
『平気だよ。まだ光は見えるもん』
「でも…」
『早く、早く!先行っちゃうよ〜』
「あっ!ま、待って!ルビー!」
慌てて、ルビーの後を追おうとする。けれど不安に感じ、もう一度後ろを振り返った。見送ってくれた光は、今や星のように小さくなっていた。見えないとわかっていながらも手を振り、私は前を走り出した。
『ねえ、ティアラ。こうやって喋れるって、いいね。前はできなかった…』
「そうね。私もすごく嬉しいわ」
『それに、…実は、ずっと君に謝りたかったんだ…』
「…え?どうして?」
『初めて会った時のこと、覚えてる?…ティアラ寝込んじゃったでしょ。あれ、ルビーのせいなんだ。ティアラの魔力が綺麗で少しだけ食べちゃったんだ』
「食べた?…」
『ルビーはそういう風に作られていたから…。その後は、気をつけるようにしてたんだ。でも…ごめんね、ティアラ』
「……ルビー。もしかしてあまり会えなかったのはそのせい…?」
『うん。ティアラの魔力を持ち帰ったら、コーディエライト先生やシノンがご機嫌になってね。ルビーも嬉しかった…。でも宮廷魔術師がルビーのこと検査してから、少しずつ皆おかしくなっちゃって…。食べちゃいけなかったんだって、後から気づいたんだ』
「…そうだったのね。でも、私は大丈夫。少し眠ってしまっただけだから」
『ティアラ…』
ルビーは私の頬に甘えるように触れると、また前を照らす灯りとなってくれた。
「…あら…?光の糸が、さっきよりも掠れてる…?」
『え…?!』
「これって…カイル様が危ないってこと…?」
『……そんな…』
急がないと…。
「ルビー、もっとお話ししたかったけど……この先は、私だけで行くわ。ここまで来てくれてありがとう。あなたは皆の元へ戻ってね。迷わないように、気をつけて…」
そっと抱きしめ別れを告げると私は走り出した。けれど、ルビーは私の後を追いかけて来てしまう。
『ティアラ、待って!待ってよ!』
「ルビー!来ちゃ駄目よ!!戻れなくなるわ!」
『でも、このままじゃ、間に合わない!!ルビーが…、ルビーが何とかするっ!!!』
「…キャアッ!!」
パァッ!と強い光を放ち、ルビーが指輪の中へと滑り込むように中に入って来た。
「なっ!……ルビー!?何をしたの?!平気なの?!!ルビー!!?」
(大丈夫だよ。ティアラに魔力を返しただけだから…)
「…え……?」
指輪から強い光の線が浮かび上がり、綺麗な道しるべになっていた。
(さぁ、行って!ティアラ!!)
「…う、うん…。でも本当に平気なの?ルビーは大丈夫なの?」
(ティアラは心配性だね…)
「だって……!!」
(ほら、走って!もうすぐだよ!会いに行くんでしょう?)
「うん……、うん……」
涙を堪えつつ、精一杯足を動かした。
「はぁっ……はぁっ…、ルビー!あそこ!光が見えるわ!!」
(………)
「ルビー?…ねぇ…、返事して…?……ルビー!?」
走りながら、声を張り上げていると、急に足元から宙を舞うような浮遊感が襲ってきた。
「キャッ!!…」
精霊の海に飲まれ意識が薄れそうになる。けれど、微かにルビーの鳴き声が聞こえ、必死に手を伸ばした。
(あぁ……、そこにいたのね…よかった…)
◆◇
急に手を掴まれ、その力強さに私の意識は徐々に彼の方へ引き寄せられていった。
「……ア」
「ティア…ティアラ…」
水滴が頬を伝い、ゆっくりと瞳を開く。
「カイル…さ…ま…」
彼の手を握り返すと、カイル様は瑠璃色の瞳を滲ませていた。世界は美しい情景が広がっているはずなのに、私の視界は大粒の雨が降っていた。
「やっと…会えた…」
彼の頬を濡らす雫を指先で優しく拭い、「もう大丈夫だから」と微笑んでみせた。
「…ティア…。もう、戻せないかと…禁書のとおりになってしまうかと思った…」
「…約束……」
「……え?」
「傍にいるって…」
「………っ」
不意に彼の腕が私を緊く抱きしめた。掴んだその手は力強く、けれど密かに震えていた。
「……ごめん…」
「カイル様…?」
「俺は…嘘をついてばかりだ…。きちんと話すって言ったのに…守るって言ったのに…何もできなかった」
掠れる声に、彼の後悔が痛いほど伝わって来る。
「…それ以上自分を責めないで。ちゃんと、わかってますから」
「……え…?」
「眠っていた時に、カイル様の過去を見たんです。光の糸で繋がっていたから見れたのかも…。心を修復する為にずっと記憶を辿っていたんです。だから、カイル様の魔法暴走のことも…」
「………っ!!……そんな…ティア、平気なのか?俺のこと…怖くないのか?」
酷く心配そうな顔を向けられ、私は自分がどれだけ彼を傷つけていたのかを今になって痛感した。
「はい。だってその力も…カイル様ですから」
「…ティア……」
涙が静かな雨となって頬を伝った。
「止まない雨はありません。だから…ね?」
「これは…ティアのせいだ……」
「ふふ…、そうですね。私のせい。私の泣き虫もきっと移ってしまったんですね」
「……言うようになったね」
もう一度拭うと、彼は私の手を取り自分の頬に当て、その温もりから安堵の息を溢した。どちらが先だったかわからないくらい自然に、いつしか私達の間には微笑みが溢れていた。
信じてもらえるかわからなかったけれど、自分に起こった出来事をありのままカイル様に伝えることにした。彼は戸惑いつつも、私の様子や聖歌の魔法陣を前に、納得するしかないといった様子だった。
「帰り道はルビーが案内してくれて……」
「ルビーが…?」
手を開くとそこには虹色のオパールがあった。元は石英だったのにとカイル様は驚いていたが、私はもう一つ、その光に隠れた存在に注目していた。
「…ルビー、そこにいるんでしょう?顔を見せて?」
『みゃ〜』
ひょこっと顔を出したのは、手の平に収まるほどの小さな子猫だった。大きさはだいぶ変わってしまったけれど、その瞳は赤く、毛並みは真っ白のままだった。
「だいぶ小さくなっちゃったのね…。でも無事でよかった」
「テア〜!」
「こうなることも白竜様はご存知だったのかしら…」
ぴょんぴょん跳ねてアピールするも直ぐにコロンと転がってしまう。どうやら魔力を返したせいで、小さな精霊になってしまったらしい。姿が維持できているのはこのオパールに身を寄せたおかげだという。
「…本当にこの子猫がルビーなのか?」
『みゃみゃ〜!カイリュー!テア連れて来た!カイリュ!!テアラ〜!!』
「そうか…そうだったのか……本当に、よくやってくれた。ルビー、お前には礼を言わないといけないな」
『えへへ、リュビーえらい?…テア、またおしゃべりできりゅね!うれしいね!』
「うん……うん、嬉しい…。ルビーったら急にいなくなってしまうんだもの。すごく…びっくりしたわ。…でもあなたが光の糸を繋げてくれたから、私、戻って来れた。ルビー、ありがとう…」
『みゃあ〜』
優しく撫でるとルビーはゴロゴロと大きく喉を鳴らして喜んでいた。その様子を見てカイル様は大きな腕を広げ、もう一度、私達を優しく包み込むように抱きしめてくれた。
「本当によかった……おかえり、ティア」
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