第129話 最終決戦2
・今回もカイル中心でのお話です。
※残酷、血のシーンがあります。ご注意ください。
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封印の間の最深部。その祭壇にティアラは寝かされていた。空中には禍々しい鉱物が浮かび上がり、透明な魔法水晶が形成されつつあった。
そこには詠唱を唱える魔術師が立っていた。そしてもう一人は……。視線をずらした先に彼はいた。だが、おかしなことに地面に伏せ、床には大きな血溜まりが広がっていた。
「フォルティス卿…っ!…ハハ…、クリス皇子は負けたんですね。…でも…、それじゃあ聖剣は…!?」
シノンは乾いた笑みを浮かべ、瞳は彷徨い正気を失ったように濁っていた。
「聖剣なら待っても無駄だ」
「なっ、…どうして…!」
「それはこっちが聞きたいものだな。仲間割れか?」
「うぁっ……!!!!」
即座に魔法で彼を拘束し、俺は迷わずティアラの元へと駆け寄った。
「ティア…」
彼女は静かに息を潜め眠りに落ちていた。特殊な鉱物の力によって無理矢理魔力を同調させられ、魔法文字が荊のように絡みついている。無理に触れようとすれば電撃が走り魔法で解術する以外、方法はなさそうだった。
「よくもまぁ、ここまで考えたものだな…」
魔法文字を分析すると、自分が以前独自に編み出した魔術形式が使われていることに気づく。新入生歓迎会の時に自分の研究室が荒らされた形跡があったが、やはり彼が関与していたのだと確信し、深い溜息が漏れた。
「おい、
「……どうするつもりです?解術したところでティアラ嬢が正常に目を覚ます保証はありませんよ?」
「黙って答えろ!」
「…グァッ!…神器の小さな水晶を元に、再結晶させた合成石…です」
「合成石…。だが、ただの合成石ではなさそうだが?」
妖気漂う合成石に手をかざし、その性能を調べようとした。
「お願いだ…!!その合成石だけは壊さないでくれっ!!!それには膨大な魔力が……、命が込められているんだ!!」
「…命だと?まさかお前達もガラナス皇子の真似事をしていたっていうのか…?」
グッとシノンの首を魔法で締め上げる。
「……グアアッ!!違うっ!!あの合成石は…、あれにはルビーがいるんだ…!!!」
その合成石は、彼らが研究で増幅させた魔力と宝珠に秘められた魔力が内蔵された特殊な合成石であり、彼らの研究の最高傑作でもあった。
内蔵された魔力の一部には、学園の生徒やクレアが魔法を蓄積した水晶を魔力に変換したものが含まれていた。しかし、意外なことにそこにはルビーの存在も組み込まれていたのだ。
「宝珠の力を持ち出せたのなら、ルビーは必要ないはず。なぜそんなことをした!!!!」
「…これが最善だったから。いや…、他に方法なんてなかったんだ!!!」
ルビーは研究施設で大気や他者の魔力を吸収し蓄積する特殊能力を持つ実験個体として改造された過去があった。
ガラナス皇子の事件後、コーディエライトの身元調査と共にルビーの詳細も触れられそうになったのだ。しかし、実験で使用された生物は処分対象だ。苦肉の策として肉体は滅びルビーの魔力だけ混合石に移す方法を取ったらしい。
(不思議な猫だと警戒はしていたが、まさかそんな……)
次はいつ会えるかと思いを巡らしながら、ティアラは猫用の毛糸のおもちゃを作っていた。その姿が重なり、胸に残酷な切なさが広がり眉をひそめた。
「使い魔は主人へ魔力を還元する
「………」
「あなただったらわかるでしょう?!グリンベリル家が帝国に逆らえない契約下にあることを!!僕達に選択肢なんてない!!!クリス皇子の命令に逆らうなんて無理なんだ…!!!!!」
抗うことはできなかったと彼は言う。だが……。
「俺がどうしてすぐにお前を捕らえなかったと思う?」
「……え?」
「強制されていたと言うなら、俺が来た時点で儀式続行は考えないはずだ」
以前、クリス皇子に絡まれるティアラを彼は助けたことがあった。こいつの曖昧さがどちらに動くか、様子を見ていたのだ。
「だが、お前はクリス皇子よりも聖剣を仕切りに気にする素振りをしていた。それにコーディエライトのことはどう説明するつもりだ?」
「……!!!…ち、違う!あれは事故だ!そう、事故なんだ!!僕は儀式を止めようとしたのに、それでも強制しようとするから抵抗しているうちに…」
「逆だろ?」
「……ちっ!!違うんだ!!待ってくれ!!!」
「動機に差異があろうと、コーディエライトを殺害したことやクリス皇子の計画に加担した事実は変わらない。…自分の罪から目を逸らすのはもうやめるんだな」
シノンはあからさまな動揺を見せた。
「……って…。だって…これは、神々の真理に触れることなんだ!魔法概念が変わる!優劣の差もない!そんなまたとない機会に立ち会えるんだぞ!!なのに…先生は……。最後の最後になって怖気付いてしまうなんて馬鹿げてるっ!!」
その為には犠牲も厭わないとでも言うのか…?
「痛みは一瞬だけだ…!その後に必ず救われる!!ルビーだってこの世界に貢献できるなら、その命は無駄になんてならない!!尊い犠牲なんだ!あなたのように権力も才能も恵まれた人にはわからないさ…!!…もがいても、もがいても抜け出せない苦痛を…。逃げられないなら…せめて夢を抱いたっていいじゃないか……っ!!!!」
師は最後に思い留まり、弟子は欲望に溺れた。いや、コーディエライトも大差ない。どいつもこいつもイカれてる……。
「話にならないな」
これ以上話しても意味がない。解術魔法を試みようと指先を動かすも、あろうことかシノンが荊に向かって飛び込んできた。
「グアァ…!!!……アアアアア…!!!」
「何を考えているんだ…!!やめろっ!!!!」
殴り飛ばし、無理矢理引き剥がす。
魔法文字はキンッと音を響かせ、解術されたかのような錯覚を与えた。しかし頭上を見上げると、合成石が輝きを増し、壮大な魔力を解き放ち暴走を開始する。彼は自らの魔力を強引に注ぎ込み、捨て身の攻撃を仕掛けたのだ。
「…魔力暴走を起こしたっていうのか?!」
荒ぶる力は周囲を破壊し、大地を砕き、亀裂からは虹色の光が溢れ出した。
「ハ…ハハ…、聖剣が…なくても…僕の仮説は…実現できるんだ…。ねぇ、先生…?」
横たわった師は静寂の中にあった。シノンは感覚を失いながらも、手を伸ばし大地から溢れる光の中へと、師を追うように身を委ねた。その光は深い輝きを放ち、シノンの心を包み込むかのように柔らかく広がっていった。
◆
急いで浮遊魔法をかける。放出された膨大な魔力が厚い壁となり、転移魔法は使用はできない。
「……壊すしかないのか…?」
(魔力は残り半分ほど…ティアに移せるだろうか…)
今になって魔力を渇望するとは皮肉なものだ…。きっと地上も混乱しているはず。父はリアム皇子と役人の間に立ち均衡を保つ役割を担っている。大賢者アレクサンドロスは他国への干渉は制限されているが、流石にこの騒動では関与せざる得ないだろう。
「少しくらい暴れたって、構わないよな!!!」
漆黒の幕が広がり、黒竜の口から猛烈な炎が合成石へ向けて放たれる。すかさず高らかに空を蹴り、黒竜の双剣を打ち付け一気に叩き落とした。
合成石は跡形もなく消滅し、振動は収まりを見せた。しかし、それで終わりではなかった。地下から広がる不思議な光がティアラを死へ誘うかのように妖しく纏わりついていたのだ。
「……っ!」
透明な水晶の膜は、光の粉に触れると儚く舞い散り、同じ光となって消えていく。その様子は、まるでティアラ自体も同じ運命をたどるかのようで、一瞬にして不安が波のように押し寄せた。
「やめろ!!!近づくなっ!!!!」
光の子を迎えに来たとでもいうのか…?
急いで自分の腕にティアラを引き寄せる。転移魔法はまだできない。魔力移行をするにも守り石は砕けてしまった。焦りが心臓の鼓動を激しくさせ、まるでいつか見た夢が正夢になってしまうかのような恐怖が襲いおかしくなりそうだった。
「駄目だ…駄目だ!ティアを連れて行くな!!!」
一層強く抱き締めたその時だった…。
——コトンッ
小さな白い石……石英だ。
「……ずっと、持っていたのか…?」
石英は精霊石には不向きな石、だがそれは幼い日の宝物でもあった。
—『カイルおにいさま、この龍の涙、ティアもほしいな』
—『ただの石だよ』
—『いいの。だってとっても綺麗なんだもん』
揺れる瞳に過去の思い出が甦る。
「綺麗な石…か…」
長いまつ毛の縁に残った涙をそっと拭うと、『龍の涙』に目を向けた。
可能性は一握り。いや、迷ってる暇なんかない。
「……お願いだ。応えてくれ…」
ティアラと自分の手を重ね合わせ、自分の心臓に強く押しつけた。石英は歪な音を立て、少しずつ砕けていく。
「まだ……謝ってない、嘘だってついたままだ」
…もう一度話したい。微笑んでほしい。
やりたいことだって沢山ある。
…行きたい場所だって。
「ティアがいなければ、何も意味がないんだ……」
これで終わりだなんて言わないで。
「目を覚ましてくれ……ティア……!!!」
眠り続ける彼女に想いを告げると、そっと唇に触れ、生命の息吹を祈りに込めた。
その祈りは一滴の魔力の雫となり、水の波紋のように優しく広がっていく。ドレスに付着した小さな守り石が一つ、また一つと密かな輝きを放ち始め、その光は次第に輝度を高め、大地に華やかな花の魔法陣を描き出していった。
「……これは…」
上空を見上げると、そこには無数の星を散りばめたような景色が広がっていた。その光景から、一つの光が流れ星のように石英の破片の上に舞い降りてきた。
「まさか…いや、そんな都合の良いことなんて…」
その光は囁くように赤く煌めいたように見えた。
「お前がルビーだったら……、きっとティアも喜ぶだろうな…」
その光の石を自分とティアの手で優しく包み込むと、額を合わせ、もう一度魔力を流し込んだ。
花の魔法陣は、無数の白い花びらを舞い上がらせ、辺り一面、真っ白な世界へと塗り替えていくようだった。
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