第122話 長い夜と不思議な夢2
◆
ガラスの器を二人で覗き込む。今回の実験用に用意した水も、実は深井戸と湖の白竜像前の祭壇付近の水を用意していた。湖で行った方が効果が期待できそうだったがそこは仕方がない。
「何か変わってます?」
「うーん、なにも。ティアラ、体調の方は大丈夫かい?」
「はい、平気です。カイル様は?」
「これといって普段とあまり大差はないかな」
だいぶ時間は経ったと思うのだがガラスの器の中は全く変化がなかった。
「部屋を暗くしてもっと月の光を浴びせた方がいいのかしら。カイル様、ちょっと明かり消しますね」
「……え?」
立ち上がり、部屋の端に設置された明かり調節用の精霊石に触れると一瞬で明かりが消える。
「消すとは思わなかった」
「え、あ…暗い方が満月の光がしっかり当たるかと思って…。すみません」
「……実験には適しているんだろうけどね」
苦笑しながらカイル様は手を取り席へと導いてくれた。けれど暗がりのせいかなんだかいつもより距離が近い気がする。
「怖くない?」
「大丈夫です。カイル様が一緒ですから」
「……そう」
「…???」
「参ったな、すごく信用されているみたいだね」
困っているような、でもいつもと変わりない優しい声音でカイル様は囁いた。それからしばらく私達は無言で月の光が注ぐ水面を見つめていた。瞼が落ちるほど眠くなっていく一方で、不思議と思考ははっきりとしていた。
お屋敷中の精霊石、精霊石へのサイン…
指輪や守り石にも同じサインがあったけど、一つだけだった。
それに………
ここに来てから、またカイル様が身に着ける装飾品が増えていたこと
そこに記されていたものも……
◆
ハッと目を開けると辺りは暗く、月の位置からまだ深夜だとわかる。
(守り石は……やっぱり変化はないか……)
がっかりして目線を落とすと毛布が掛けられていることに気づく。横ではカイル様が眠ってる。どうやら二人ともソファーで眠ってしまったようだ。
(私にしか毛布が掛かっていない…。きっと先に寝てしまったんだわ。カイル様の方が疲れてるのに…ごめんなさい)
毛布を引っ張り彼にも掛かるようにするも、苦しげな声が聞こえ私の手はぴたりと止まる。
「……ィア………行く……な…」
「カイル様…?」
うなされているようで心配になり、カイル様の顔を覗き込む。悪い夢でも見ているのだろうか。私がここを離れる夢……?
「大丈夫、ここにいます」
そっと手に触れながらそう言うと、彼の長いまつ毛がピクッと震える。
「ん……ティ……ア……?」
「ティアはちゃんといますよ。カイルお兄さま」
安心させるように微笑みかけると、彼の瞳が一瞬大きく揺れる。そしてそのまま腕を引かれ、まるで存在を確かめるかのように抱きしめられてしまった。
「……ほんもの?」
「えっ…と、…本物です」
「……よかった…消えたかと思った……」
まだ半分微睡の中なのか彼の声はいつもより幼く聞こえる。
「……私、ずっと一緒でしたよ?」
「うん…、…そうだ。………あぁ、…ティアだ。……ティアが帰ってきた」
ぎゅっと抱き締められる力が強くなる。
「…私、夢の中でも迷子になっていたんですか?」
「……違うよ。もっと嫌な夢。手を繋いで歩いていたのに…君はいつの間にかすり抜けて……もう一緒には行けないって言うんだ」
声が掠れ、悲しみに震えた様子に、私はそっと彼の背中に手を回し優しく撫でた。
「何度も、…何度も呼んだけど、どんどん離れて……引き留めようともがいて、やっと手を掴めたのに……ごめんねって……、泡のように消えてしまうんだ」
「……消える…?」
夢の中とはいえ、それはちょっと寂しい。でもそれ以上にカイル様が私のことを深く想ってくれているとわかりどこか心が満たされるようでもあった。
◆
その日私も不思議な夢を見た。
大きな石碑の前でルビーがちょこんと座っている。けれど涙を流し悲しげに鳴くので、そこに眠るのが同胞なのだと気づく。
私は歌う。
これしかできないからと言って。安らかに眠れるように祈りを込めて。
『 』
風がそよぐようにルビーが喋ったように聞こえた。
みゃー
「気のせい……?」
『ありがとう』
「…ええっ!」
気のせいじゃない。その赤い瞳をこちらに向け、ニコッと微笑む。
『きっと還れた。皆を導いてくれてありがとう』
「……かえる?私、歌っただけよ?」
『違うよ、彷徨っていた魂を君は救ってくれたんだ』
「救うって、そんな……」
どうしてそんなことができるって言うの?私には魔力なんてないのよ?…そう疑問符が浮かぶ。
『だって君は……神々の…光の子だろう?』
◆
カーテンの隙間から光が差し込み、最初に目を覚ましたのはカイル様の方だった。
(ベッド…?…でもなんだ…、腕の中に何か…いる?)
「……っ!!!!!」
(そうだ、昨日、妙な夢を見て…それから…)
「……ん、ふわわ…、カイル…さま?」
「ティア、……………ごめん」
「え?何がですか?」
まだ眠くて目を擦りながらむくっと起き上がる。
「や…、その、連れ込んだ、よね……?少しあやふやなんだけど…」
「あぁ、はい。でも大丈夫です!」
「……え?」
実験は失敗してしまったけれど、あの後、守り石をカイル様に渡してゆっくり休んでもらおうとしたのだ。
「『またいなくなるかも…』って言われて結局そのまま私のことを抱き枕にしてカイル様、眠ってしまって」
「………っ」
「抜け出そうとしたんですけど出れなくて…。それでそのまま私も眠ってしまって…」
「うわぁ……」
「あ、あ、でも、何も。……あっ!それよりも!また怖い夢を見たらいつでも言ってください!」
「え…、…ん…んん?」
「私のこと、カイル様は今まで沢山助けてくれましたし。私も!いつだって駆けつけます!」
ドーンと威勢よく言い放つ。
「…あ、でもいつもは寝る部屋が別々だから……。そうだわっ!呼び鈴で鳴らしてください!すぐに起きますので」
「いや、その…それはまずいから…。…非常に…ね?」
「大丈夫です!カイル様は鉄の心の持ち主ですし、私が嫌がることはしないって…」
グサッと何かが突き刺さるような音がしたような気がしてカイル様を見ると彼は胸を手で押さえていた。
「カ、カイル様…?」
「………………ティアラの部屋の方へ行こうか」
「え、えっと?でも…」
「ティアラのおかげですっかりよく眠れたから。昨日はたまたまだよ。もう平気だ。…ティアラも夜更かししてまだ眠いだろう?隣でゆっくり休むといい」
そう言うなりカイル様は私を抱えて隣の部屋へと連れてってくれた。
「あ、あの…、あの」
「おやすみ」
「は………はい」
ニコッと微笑まれ、それ以上何も言わせぬようにパタンと扉を閉められてしまった。
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