第113話 公開処刑ならぬ公開告白?


 長い一日が終わり、私は極度の緊張から解放されそのまま数日寝込むことになってしまった。その間にも事態は動き、事件関連者の処分や関係者への聞き取りが行われ、コーディエライト先生も重要参考人として帝国へ連れて行かれてしまった。シノン・グリンベリル卿も取り調べを受け、数週間学園を休んでいる。


 ガラナス皇子については、一連の騒動以外にも帝国の秘宝である宝珠の間の封印解除及びリアム皇子暗殺未遂、そしてこの騒動に乗じて皇帝陛下やクリス皇子をも暗殺する計画だったことが明るみになり極刑は免れない状態となっていた。


 皇帝陛下は苦渋の選択を迫られ、最終的にガラナス皇子の魔法再封印と精神操作の禁術をかけ彼を北の離宮に幽閉することとした。ガラナス皇子は幻覚で錯乱状態となり精神崩壊を起こすのも時間の問題だろう。皇妃は変わり果てた我が子を目にしてショックで伏せってしまったらしい。


 皇帝陛下も同様、あの事件以降、体調を崩され公務に支障をきたすようになっていた。だが幸いにもこのタイミングでリアム皇子の体調が回復し執務に復帰されるとのことだ。クリス皇子も公務に携わるらしく、クリス皇子は学園をしばしば休む日が多くなっていると聞く。


 クレアはリアム皇子から直々に手紙が届いたようで大喜びでいた。近々此度の貢献の者達に対し勲章授与式が行われるとの事で、その中にはクレアや私達の名前も含まれている。クレアは式に着て行くドレスをどうしようかと嬉しそうにしていた。


 対するフレジアは、今回の騒動に間接的ではあるがシノン・グリンベリル卿が関わっていたとのことで少し気落ちしていいた。それを見てクレアと私は帝都で大人気のパティスリーカフェに今度連れて行って励まそうと計画を立てることに。グレイス・ジディス卿のことでも揺れる彼女の心の内を聞き恋の行方を話しましょう!とクレアがとても力んでいた。


 そして体調が元に戻った私はというと……。





「あの……ティアラ。これは、どういうことかな?」



 ここは学園の薔薇園内のガゼボ。私は今、カイル様の膝の上に座っている。それも自主的に。



「………」



 返事は返さずムスッとしたまま、けれど両手を広げぎゅーっと抱きつく。



「わわっ、……ティア?」



 慌てた声が聞こえたが構わずしがみ付くように力を込めた。離れていた時間は短かったはずなのに、一緒にいられないことがこんなにも不安で怖く感じてしまうなんて思わなかった。


 けれど、同時にカイル様を見るとどうしてももやもやもしてしまう。子どもじみた行動だと分かっていても止められなかった。



「………どうして」


「……え?」



 −どうして教えてくれなかったの?


 そう言いたいのに言葉に詰まってしまう。



「………………やっぱり、なんでもないです」



 きっと答えはクレアと同じ気がする。それに魔法のことを聞くのもなぜか怖いと思えてしまった。カイル様も何か感じるものがあったのか、あえてそれ以上は聞こうとされなかった。


 ただ、「ティアラが怒っているなんて、貴重だな…」と頭上から聞こえてきたので思わずポカンッとカイル様の胸を叩いてしまった。それから少しばかりの沈黙が流れ、カイル様はそろりと私の髪を撫で始めた。その手つきは優しくてとても心地が良かった。



「私…、過信してました。自分の歌のこと…」



 何か変えられたらと、正しい方向に心が向かうようにと願った。クリス皇子の復讐の加担ではなくて、和解の道を望んで歌った。けれどそれは夢物語で、自分の浅はかさを思い知らされるようだった。



「こんな結果になるなんて…」


「………ガラナス皇子は当然の報いを受けただけだ。ティアラが気に病むことはない」


「でも…私、歌ったすぐ後にガラナス皇子に出逢ったんです。もしも私に力があったのならもっと皇子自身の行動を改めさせることだってできたのかなって思えて…。皇帝陛下や皇妃陛下だって…」



 体調が思わしくないのは自分が歌ったせいではないのか。こんなことなら歌わない方がよかったんじゃないかと罪悪感が押し寄せる。



「ティアラ、君の歌は魔法ではないんだ。誰かを操ったわけではない。皆自分の意志で行動したまでだよ」



 だから必要以上に自分を責めてはいけないと、カイル様は優しい口調で諭してくれた。けれど、それでも気持ちはまだ晴れなかった。



「『正しい』って、一体何を指すんでしょうか…」



 ぽつりと呟いた言葉に、カイル様の手の動きが止まった。



「正しさか……。正義や道徳はその人が住む環境や文化の価値観や基準で変わるからね。良心もその価値観が基盤になる。……そういえば恩師が昔面白いことを言っていたな…」


「恩師…?」


「隣国でお世話になった人だよ。あの頃は僕も荒々しかったから…。もっと心を鎮めなさいってね?」



 ちょっと意外だ。カイル様は幼い頃も今も穏やかな人のように感じたけど……。身を捩り彼を見上げると昔を思い出したのか少し懐かしそうな表情をしていた。



「人間は感情を持って生まれてくるが、『良心』は培うべきもの。人格構成と同じで環境や教育に左右される。だから種に水をやるように育てなければいけない…とね。そういって精神医学や心理学に近いことも色々学ばされてね」


「……なんだかお花みたいですね」


「ふふ、ティアラらしいな。でもそうだね、その花良心はそれぞれ違った色や形をしているのかもしれない。ガラナイス皇子の場合は…残念だが枯れてしまっていたのかも」



 彼の非道な魔獣研究や、出逢った時の印象、彼は自分以外は全て下等生物か道具だと思っているような人だった。



「価値観の基準も差異がある。自分の中では普通だと思える行動も、他人から見たら非常識と捉えられることだってあるだろう?皆同じように見えて、それぞれが違う。だから歌ったとしても、皆同じ分だけ心に響くとは限らないんじゃないかな」


「……」


「歌は魔法ではないけど、人の迷いや選択肢を導く囁かな光かな…。だが、どの未来を選択するかは結局のところ本人に委ねられている。そうなぞると陛下の判断はある意味、公平な裁きだったと思うね」



 カイル様はそう言うと、私の頭にポンッと手を置いた。



「…クリス皇子は?」



 彼の心には響いていたのだろうか…。



「多分クリス皇子には響いたんじゃないかな」


「………でも」


「響いていなかったらもっと残酷な復讐劇だってできたはずだよ」


(ガラナス皇子を泳がせ、陛下やリアム皇子暗殺を見過ごすこともできただろう。ガラナス皇子を禁術で殺すことだって可能だったはず。だがクリス皇子はそうしなかった…)



「ガラナス皇子を尋問した後のクリス皇子は…とても虚ろでした。私が探している声が聞こえたら尋問をやめたって…」


「……不安定ではあるが、ティアラの声は届いた…とすると、まだ幾分かの判断はあるってことだろう」



 彼の心は複数の顔を上手に使いこなせいているように見えるが、実際にはそのせいでクリス本人の人格は曖昧になってしまっているのかもしれない。行動にブレが生じるのも、その複数の偽の人格を抱えた心に私の歌が屈折して届いたからかもしれないとカイル様は語られた。



「ティアラは人を害そうとして歌ったわけではないだろう?」


「だからもう、そんな顔しなくていいんだ」



 頬に手を添え撫でられる。



「あまり思い詰めない方がいい。まだ病み上がりだろう?」



 そう諭され、こくりと小さく首肯した。



「ん、良い子だね」



 大きな手で頭を優しく撫でられ、私は勢いよく広い胸板に顔を押し付けた。





「カイル様〜〜〜。カイル様〜〜〜!!!!どこですの〜〜」



 少し気持ちが落ち着いた頃、遠くから女性の声が聞こえてきた。あの声は……



「リリアナ皇女殿下…?」


「………まさか、こんなところにまで来るとは」



 気怠げにカイル様がため息をつく。リリアナ皇女は大会でカイル様に護衛をしてもらったことで再加熱した様で相当メロメロになってしまったらしい。



「わ、わわたし、降ります!」



 こんなところ見られたら何を言われるかわからない。慌ててカイル様の膝から降りようとするも、腰を掴まれ引き戻されてしまった。



「カカカイルさま!?」


「待って、ティアはここにいて」


「え?で、でも……」


「大丈夫。むしろ見せつけてやればいいさ」



 耳元に口を寄せ、そう囁かれる。



「ダッ、ダメ!そんなのダメダメダメー!!!」


「しー…、ティアはじっとしてて」



 不敵な笑みを浮かべ両腕で動きを封じ込まれてしまう。あわあわしている間にも声の主はどんどん近づいてくる。



「あら!そちらでしたのね!!!カイルさ……」



 リリアナ皇女殿下は私達の姿を見ると途端に言葉を詰まらせた。



「な…っ、カイル様!!わたくしというものがありながら……どういうつもりですの!?そこのあなた!その膝はわたくし専用ですわよ!!今すぐお退きなさい!!!」



 ワナワナと震えるリリアナ皇女殿下に、カイル様は一切動じることなく悠然と微笑む。



「……お言葉ですがリリアナ皇女殿下。貴女は何か勘違いされているのでは?ティアラは私の婚約者です。愛しい人を想うのはごく自然なことかと思いますが?」


「まっ…、愛しいですって…!!そんなの何かの間違いですわ!!あの騒動の時に愛を誓って魔獣に怯えるわたくしを強く抱きしめてくださったではありませんか!???」


(え…、そうなの?)



 思わずひょこっと顔を出しカイル様を垣間見る。彼は肩をすくめげんなりしながら「誰だそれは…」と小さく愚痴を溢していた。



「会場から学園に移った後も未練がましくわたくしの傍にいてくださったでしょっ!?だから、わたくし…」



 リリアナ皇女が涙ながらに語る傍らには彼女の取り巻き達がオロオロしながら寄り添っている。



「お可哀想に、リリアナ皇女殿下は相当大会での出来事がショックだったようですね。錯乱されるのも無理ないかもしれませんね」


「……え?」



 上品な言い回しではあるけれど、遠回しに『リリアナ皇女、貴女馬鹿なんですね』ってにこやかに貶してませんか、カイル様…。



「私があの時、護衛についたのは避難の本部隊から殿下が私情で外れ私を指名したからです。愛を囁くことも抱きついた覚えもありません。ああ、ちょうど帝国騎士団長達が今日も事件の後処理で学園に来ているので正確な事実確認をすることも可能ですが?」


「え…、あ……」


「その様子ですと学園の避難場所で騒ぎを起こしたこともお忘れの様ですね?『こんなところにはいられない。今すぐ皇城に帰りたいから全兵を動かせ』と取り乱していたではありませんか」



 カイル様や追加援助の部隊の会場到着が遅れたのはその様な背景も関係していたからだった。淡々と事実を述べるカイル様に対しリリアナ皇女の顔はどんどんひきつっていく。



「そういえば、避難場所で皇女殿下が大きな声を張り上げていましたわね」


「まぁ、それ、わたくしも聞きましたわ」


「全兵を撤退させてしまったら学園の警備はどうなさるおつもりだったのかしら?」



 などと、女生徒内からもヒソヒソと声が漏れ始める。



「そ、そのようなことも言ったような言わなかったような?細かいことは記憶にございませんわ?!!」


「ふふ、そうですか。まだ体調が優れないようですね。真実を受け入れられないのでしたら仕方ありません。ご令嬢の皆さんにも良き証言者となってもらうしかありませんね」


「………え…?」



 その長い指を私の髪に絡ませ一房掬い上げキスを落とすと挑発的な目でリリアナ皇女を見下げる。



「殿下、私が愛の定義で傍に置くのは婚約者であるティアラのみです。私の心を預ける者も愛しいティアラ・レヴァン、ただ一人だけだ」



(に、二回も言った………)



「その目と耳によく焼き付けて頂きたいものですね」



 カイル様はそういうなり私の顔を引き寄せ頬に口付ける。わわわ、見せつけるって、そういうことだったの?はわああああ、カイルおにいさま!??



「きゃーーーーー!!!ストップ!ストップ!!もうけっこうですわっ!!!」



 リリアナ皇女殿下は赤くなったりあおくなったりと表情を忙しくさせる。



「わっ、わたくし気分が悪くなってしまいましたわ!!!皆さん、行きましょう!!」



 そういうなり悪態をつきながら皇女御一行様は嵐のように去っていった。



「…やれやれ、厄介な人だ。ティアラも巻き込んですまな……、ティアラ?」



 ぷしゅー……



「わっ、ティア、大丈夫…!?」


「う……は…、…ちょっと、あつくて……」


「え!?もしかして熱出たっ?!」


「ち、ちが……」



 さっきカイルおにいさまがすごい発言をしたからです…。


 公開告白を受けた私は爆発してそのまま蒸発してしまいそうなくらいのぼせていた。体が硬直して、頭はクラクラ。



「う、うごけ、ない………」



 カクッと力なく項垂れる私にカイル様は慌てて何度も呼びかけたが完全にのびてしまった。



 これがイケメンの破壊力…。お、恐るべし…。



***********


・令嬢ものではお馴染みの公開処刑ですが、リリアナ様撃退法を考えていたらなぜか公開告白になってしまいました…。

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