第99話 フレジアVSグレイス


 フレジアが素早く剣を振るう。それを刃で受け止めるも二段目が間髪入れずグレイスを襲う。彼女が得意とするニ段突きだ。


 急所を的確に狙うその攻撃は並の相手なら一撃で倒せる威力がある。しかし、グレイスはそれを受け流すと反撃の一閃を放つ。



「くっ!!」



 咄嵯に飛び退き体勢を立て直し構える。何度も一緒に特訓したせいか相手の動きはある程度読める。長期戦は不利だと判断しフレジアは先に仕掛けた。


 スッと剣を持ち変え照準を合わせるように刃先を真っ直ぐグレイスに向ける。彼女の周りの空気が張りつめていく。その異変にグレイスも気づき表情を引き締めた。



「行くわよ!」



 言葉と同時にフレジアは地を蹴り連撃を放った。



「ぐああっっ!!!!」



 光速の刃が百花繚乱の如く乱れ舞う。凄まじい速度の連撃にグレイスも受け流しきれず、数発の打撃を受け後退させられていく。気づけば数歩後ろは場外の線。その線を越えても負けとみなされる。



「このまま押し切るっ!」



 フレジアは渾身の力を籠め剣を振りかぶった。



キィィン―――



 激しい金属音が鳴り響く。高らかに打ち上げられた剣は弧を描き場外へと突き刺さる。だがそれはフレジアの剣だった。



「え……?」



 一瞬何が起こったのか理解できなかった。目の前は地面。フレジアはいつの間にかグレイスに抑え込まれていた。



「勝負あり!勝者、グレイス・ジディス!」



 審判の声が響き渡る。それを聞き、ハッとする。



「うそ……っ…」



 信じられずその場に座り込んでしまう。


 大技を出したその時、グレイスはただ守りに徹していたわけではなかったのだ。一瞬の隙を見極め光速剣を刃で受け流すと同時に、もう片方の手でフレジアの右手を封じる。そして自分の体でフレジアを抑制し、その剣さえも絡め取るように空へと引き離したのだ。



(一瞬、だった……)



 放心する彼女を気遣うようにグレイスは手を差し伸べたが、フレジアは俯いたまま動かない。悔しさが先立ち彼の勝利を素直に喜べなかったからだ。そんな彼女にグレイスは困った顔を見せる。



「ごめ………」


「謝らないで。……私の…負けよ」



 自分で立ち上がり、背を向けたままそう告げる。



「あー…ほ、ほらっ!今のはたまたまだ!!俺、首元が苦手でさぁ。咄嗟に動けちゃっただけというか、いつもだったらあんな大技一発でやられちゃうだろう?…だから…その、まぐれというか」



 慰めようと適当な言葉を並べるもそれは逆に彼女を惨めな気持ちにさせるだけでしかない。グレイスもそれはわかっていたが他にいい言葉が見つからなかった。



「どんな理由があったとしても関係ないわ。負けは負けよ」


「…………っ!」



 言葉に詰まる。空回りしてばかりだった。


 グレイスは戦いの最中、この戦いの結末についてずっと考えていた。普通に勝てばフレジアのプライドを傷つけてしまう。だが、自分が簡単に負ければそれはそれで怒られてしまう。



 『彼女を納得させる勝負とは一体なんなのか』



 難問すぎて、いい考えなんて浮かばなかった。というか、彼女の大技が来た時点で、そんな余裕は全く無くなっていた。だが、何か言わねば。彼は直感的にそう思った。



「フレジア、その…君の剣技は本当に凄まじかった。急所もすごくいい場所を突いてたし。速さと正確さ、それに威力だって申し分ない。俺の剣は守りの戦い方に慣れてたからさ」


「………」


「打たれ強くないと君の練習についていけないだろう?俺が強くなれたのは沢山君の攻撃を受けてきたからで……その、俺だけの力じゃなくて…」



 ………情けない。これではただの感想だ。多くの女を魅了させてきた男が、好きな女の前では全く気の利いた言葉を掛けられないなんて。グレイスがそう自分を責めていると、クスッと小さく笑う声が聞こえてきた。



「……フレジア?」


「勝ったのはあなたよ?それなのにどうしてそんなことばかりいうのよ」



  彼女は少し呆れたような、優しい微笑みをこちらに向ける。見慣れたその表情にグレイスはホッと胸を撫で下ろす。よくわからないが何かが彼女の心に響いたようだ。



「本気で勝負するように言ったのは私よ。あなたは真面目にそれに答えてくれたわ。結果はその…」



 負けちゃったけど………。


 そこは言えなかった。冷静を保ってはいるがグレイスが気にしたように、私はプライドが高い。本当はとてつもなく悔しい。黙ってしまうとじわりと涙が溢れそうになった。



「フレジア…ごめんっ、泣かせるつもりは」



ーーーーートンッ



 フレジアの拳がグレイスの胸を打つ。



「『ごめん』はいらないって言ったはずよ。もっと堂々として」


「……あ、あぁ。…そうだな」


「それに……」


「…ん?」


「私に勝ったからって、次の対戦ですぐ負けようだなんて考えてたら許さないっ」


 キッと睨まれ、グレイスの肩が大きく揺れる。



「はははっ…。しないよ」



(…読まれてた………)



 もしかしたら前回の大会で手を抜いていたことを彼女は見抜いていたのかもしれない。



「絶対しないで。それに、あなたがどれだけ強いのかきっちり分かった方が私も納得できる。あなたという存在を認められると思うの」



 正しい順位がわかれば彼の強さを潔く認められる………そう思ったのだ。



「………フレジア。認めるって、本当に?!」


「ん?…………ちゃんと聞いていたの?」


「もちろんっ!大会で本気出したら、俺のこと好きになってくれるってことだろう?」


「言ってない!!どうしたらそうなるのよ!強・さ・を・認・め・る・って言ったのよ!」


「同じ意味だよ!」


「違うわ。全然っ、違うわ!!!」


(なななんなのかしら、この人……)



 ちょっと真面目なことを言ったかと見直したフレジアだったが、やっぱり前言撤回だ。



「わかった!じゃあ、もし十位以内に入れたら何か一つ言うこと聞いてくれるかい?」



 キラキラとした笑顔でグレイスがふざけたお願いを言ってくる。



「なっ、何を言っているの!?そんなこと聞くわけないでしょう!」


「え~、ご褒美があった方が俺もっと真面目になれると思うんだけどな~」


「なくても皆真面目にやっているわ。あなたもそうしてっ」


「えぇ~~。俺気分屋だからすぐやる気なくなっちゃうんだよなぁ。これじゃあ気持ちが上がらなくて次すぐ負けちゃうかもしれないなぁ~」


 

 チラチラッとおねだりするような甘い顔で誘ってくる態度にイラッとするも、これはいつものパターンだと瞬時に悟る。断ってもあの手この手で擦り寄ってねじ伏せられる。……周りを固められる。それだ!!!

 

(ふんっ。いつもやられっぱなしの私じゃないわよ)


「……わかったわ」


「え!!本当っ!!」


「そうね、五位内だったら考えてもいいわ」


「えぇぇ……。それはちょっと……厳しいなぁ」


「あら?できないならいいですけど。私も期待してませんし?」


「いや、やるっ!!やらせてもらいますっ!!」



 やる気満々な彼を横目で見ながらフレジアは半ば呆れ大きなため息を一つ吐くと控室へと歩き出すことにした。 





「フレジア………」



観戦席から私は二人の対決を手に汗握りながら見守っていた。



「フレジア、いいところまでいったのにすごい大逆転だったわね。悔しいけど、大会終わったら先輩のファンがまた湧きそう」


「確かに。最後のかっこよかったもんな。てか、また揉めてない?」


「はぁ、きっとまたグレイス先輩が余計な言ったんじゃない?もっと真面目になればいいのに」


「真面目?」



 クレアとアスター様の会話に混ざって質問する。



「そうよ。フレジアはキチッ!シャキッ!っとしたタイプがきっと好きなのよ。でもグレイス先輩ったらいつもふにゃふにゃして変化球ばっかりなんだもの」


「…え?………うん?」



 なんだか擬音語が多いわ…クレア。



「確かに。誠実とか努力とか好きそうだもんな」


「そう、それ!それが言いたかったの。グレイス先輩は最初のイメージが悪かったから口説き文句な言動は逆効果なのよ。もっと本心から語らないとフレジアには響かないわ」



 手を組みクレアは熱弁する。



「クレアはジディス卿のこと応援しているの?」


「応援というか…。私、シノン先輩と話すこともあるじゃない?だから、そこの三角関係を見ているとすごくうずうずしちゃうというか」


「ああ、そうだな」



 何か思い当たる点があったのかアスター様は含み笑いをしている。



「ちょっと笑わないで。私、毎回必死なんだから」


「…ははっ、悪い。この前クレアが目を泳がせてた時のこと思い出しちゃって……」



 肩を震わせ笑うアスター様とむくれるクレア。いつの間にかまた仲良くなっているようだった。



「あっ、シオン様」


「本当だ!次は三年生となのね」


「ああ、でもこのままいけば十位内は確実だ。よしっ!頑張れ、シオン!」



 シオン様が場内に見えると一年生からのエールが一段と大きく聞こえてきた。


 ここまで勝ち進んだ一年生はもうシオン様だけだった。大会は盛り上がりを見せ、いよいよ後半戦に突入しようとしていた。








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