第94話 秋の剣術大会2


 同時刻闘技場選手控室では出場生徒達が集まっていた。その生徒達をかいくぐるように進むと、奥に自分と同じ顔の弟が自分の剣を念入りに手入れしている姿を見つけた。



「よっ、シオン」


「アスター!来てくれたの?」



 いつもと変わりない落ち着いた表情………に見えるがそんなことはない。



「緊張してるだろ」


「……うん。ちょっとね」



 そう返された言葉にお互い苦笑する。本当は違う。知ってる。本当はすごく緊張している。双子特有の不思議な感覚なのか、たまに感情を共有するときがあるのだ。


 今もそう。だからここまで来たのだ。



「いつも通りでいいんだ」


「わかってる」



 隣に座りシオンの支度をただ眺める。かける言葉はそれだけ。ずっと互いに喜びも痛みも半分ずつ引き受けていたような…そんな仲だった。


 ゆっくりと時間が進む。


 少しずつざわつく心が消えていくのを確認し合うような無言の時間。


 俺はぼんやり時計の針を眺めていた。



「アスターじゃない。どうしたの?応援?」



 見上げるとそこにはフレジアとグレイス先輩が揃っていた。彼らも予選を突破できたらしい。剣術科の生徒は魔術科よりも遥かに多い。半数は事前に振るいにかけなければとてもじゃないが一日では大会は終わらないだろう。



「応援。二人も頑張って。上で見てるよ」


「ええ、ありがとう。頑張るわ」


「はは、フレジアは元気だな」


「違うよ。これは空元気。変にいつもよりテンションが上がってるんだよね」


「ふーん。グレイス先輩は以前よりもなんかフレジアのことよくわかるようになってますね」



 シオンを通して彼らの呼び方も自然と緩いものへと変化していた。ただ、ティアラ嬢に関してだけはカイルさんの目が常に光っているので一生呼び捨てにすることはないだろうけど…。



「それじゃあ、行くわ」


「もう?」


「ああ、平気だろう?」



 すっと立ち上がり、シオンの目の前に拳を突き出す。何をしたいかシオンも気づいたようだ。お互いに拳を合わせる。


 ニッと笑うと苦笑しながらそれに付き合う。受けた拳が少し痛い。こいつまた力が強くなったか?



 控室を後にする頃には、胸のざわつきはだいぶ収まっていた。



(あいつなら大丈夫)



俺はそのまま、クレアやティアラ嬢のいる座席へと戻ることにした。





「テンション高いよね。なーんか隠してる」


「ええっ!!!!そそそんなことないわよ」



 そうは言うが、全くもってバレバレだと、グレイスとシオンは互いに思った。



「いいことでもあったの?」


「え…、あの。実はさっきシノン様…っ、いえ、シノン先輩にブレスレットをもらったの」


「え?でももう諦めるんじゃなかったの?それに呼び方……」


「そ、それは、そうなんだけど…。私も、そうしようと思っていたんだけど!シノン先輩が急に来てくれたの。それで、呼び方もそう呼んでって言われて」



 突然の出来事だったのだろう。すごく浮足立っている彼女にシオンは戸惑うしかなかった。



「でも、クレアからも言われているし、ちゃんとわきまえてるわ」


「一線引くってこと?」


「ええ。これはその…、お友達としてってシノン先輩も言ってたし」


「へぇ~………。お友達、ねぇ?そのお友達がわざわざブレスレット?」



 グレイスはどこか面白くなさそうな顔で棘のある言い方をする。



「っ……。いいでしょ別に!以前研究でいいものができたらくださるって話をされたことがあったのよ。その約束を守ってくれたの。これ、魔法が付与されているんですって。シノン先輩がやっと独自で覚えたものらしいの」


「ふぅん。魔法ってなんの?それに、試合中はつけられないよ」


「それはわかってるわ。ちゃんと外す。魔法は保護魔法だって言ってたわ」



 頬を染めるフレジアに、これはまた惚れたんじゃないのかと不安がよぎる。隣を見ればグレイスもグレイスで如何にも嫌そうな顔をしていた。



(なんだかな………)



 彼らの恋路は綺麗なほど三角形を描いている。シオンはどこか傍観者な目線で彼らを見ていた。



「危険な恋はおすすめしないなぁ。今度は火傷するかもしれないよ?」


「なっ!違うって言ってるじゃない!」



 グレイス先輩の忠告にフレジアは慌てながら否定する。心配を含んだ彼なりの言葉だったのだろう。しかし彼が言うと説得力はあるが彼女にとっては反発しか生まない。余計に拗れた気がする…。



(僕が注意すればよかったのかな…。いや、でも余計にややこしくなるかなぁ)



 兄弟喧嘩でも、よく仲裁役側となっていたシオンは彼らの様子を見ながらそんなことを考えていた。そしてそのやり取りをしている間に貴重な待機時間は刻一刻と終わりを迎えようとしていた。





 闘技場三階、そこに皇帝陛下率いる帝国上層部が集結していた。カイルはロイ副団長の隣に就く。黙って職務に徹していると、皇帝陛下と瞳が重なった。



「カイル、君がここを担当するのだな。頼もしい限りだ。よろしく頼む」


「……はい」



 カイルは短く返事をすると、皇帝陛下は優しく微笑まれた。後ろに父フォルティス侯爵も連なっていた。父もまた上位宮廷魔術師としてこの場に参加する身だった。目で挨拶すると彼らはそのまま座席の方へと移動していく。だがその様子に少しだけ疑問を感じる。



「…………」



 陛下はあのように誰にでも笑うような方だっただろうか。


 それは漠然とした違和感だった。遠くなる彼らの後ろ姿を目で追うがそれ以上は何も読み取ることはできなかった。思考を巡らせていると、なにやらまた違う気配が感じられる。


 その視線を辿るとそこにはリリアナ皇女が立っていた。彼女は硬直し瞳は腫れぼったく熱を帯び、どこか期待するような眼差しを向けていた。





***************



・帝国は軍服!…と思ったのですが、軍服だと帝国軍。軍隊になってしまう。でも騎士団にしたい。名称と組織図調べて結局騎士団にしました…。調べるとちょっと違うみたいですね。




・帝国騎士団→100人以上の兵を率いる。闘技場の各階にいるのは騎士団所属の小隊です。学園内にも兵は配備されてます。




・生徒の隊→数十人規模の生徒で構成。騎士団に比べ人数が少なく闘技場を警備の為、隊編成となってます。


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