第52話 薔薇園のその後★★
「カイル様………。唸り声が響いていますよ」
「んー………」
ソファーに腰掛け、小さく喉を鳴らす。机には帝国へ報告する研究結果の書類が数枚並べられていた。だが内容が頭に入らず、その手は止まったままだった。
「………ティアが可愛すぎて辛い」
そうですねーと適当に相槌をしながら、紅茶を差し出す。それを一口、喉に流すがその味さえも曖昧に感じた。
ティアラがあんなに積極的に行動してくるとは思わなかった。表情には出さないようにしたが、甘い香りでくらくらしそうだった。
「はぁ……甘すぎる…」
「それ砂糖入ってませんよ?」
「そっちのことじゃない………」
俺はゆったりと脚を組み、肘をついてそう答える。
……まだこの曖昧な関係のままでいいと思っていた。禁術が解けたとはいえ、自分の手で瞳を覆ってしまっているような状態だ。
下手に手を出してしまえば、本当の記憶と向き合った時、困るのはティアラだろう。
兄のように慕っていた者から急に迫られたら、混乱して嫌悪や恐怖を抱く可能性がないとは言い切れない。
実際軽く押し倒した時、怯えた顔をしていた…。
隣に寄り添うくらいの関係でいいのだろう。覆ったその手を下すまで待っていようと思っていたのだが…。
「そろそろ限界かも……」
「珍しいですね、そんな弱気な発言。…今まで築いてきた信用や信頼を自ら壊すおつもりですか?」
「ふっ…、そうだな。終着点は同じだというのに………もどかしいな」
禁術で操れば簡単に自分のものにできるだろう。
けれど、本当の心が伴わない彼女では駄目なのだ。彼女が自ら望んで俺に頼って、縋って、堕ちてくれなくては意味がない。
「カイル様、せめて精霊石をもう少し身に着けてくださいね。そっちの暴走も危険ですし」
「わかってる……。でも、あまり沢山付けるのは好きじゃないんだよね……」
「ギラギラした遊び人みたいになりますもんね」
「………。なにもいらない……。もうティアだけ置いておきたい」
「拗れてますねぇ」
全くだ。自分でも自覚している。
あの事故で俺の心もどこか欠けてしまったのかもしれない…。
彼女に対する執着心が非常に強い。もう失いたくないからなのだろうが…。
蛇のように渦巻く想いは次第に強い魔力へと変化し年齢と共に増しつつあった。
コランダム国にいた頃はまだマシだった。
気を紛らわせるものが多かった。剣術や魔術、勉学、学べるものはとことん学んで吸収していった。
それらに目を向けていれば精神も安定し魔力も落ち着いていた。だが、最近ではまた徐々に魔力が乱れつつあったのだ。
「早くティアラに魔力を移せたらいいんだけど…」
ティアラに合った水晶は揃った。
けれど、思うように魔力を流し込むことが難しく苦戦していた。ティアラと手を重ねた時はすんなり魔力の色が石へと移ったというのに…。
一人では石が反応しないのだ。これでは流し込めたとしても少量しか移せない。
更にはクレア嬢からの依頼も重なり、日々膨大な魔力を使い続けていたせいか、体力的にもそろそろ限界が来そうだった。
その上ティアラからの接触だ。流石に冷静でいられるか怪しかった。
「あ、ジラルド、学園の長期の休み中にレヴァン領へ行くことになったから…」
ティアラから水精霊祭が行われるから遊びに来てほしいと誘われたのだ。
もとより、その行事は自分も調べたいことがあったので事前にレヴァン伯爵からも知らせは受けていたのだが。
「大丈夫ですか…?」
「何が?」
「カイル様の理性。保ちます?」
「…………」
「しっかり精神統一してくださいよ?」
「…………辛いな…」
◆◆◆
自室で紅茶を飲むが、ぽーっとして甘いとしか感じない。なんだろうこれ。
「お嬢様~~。お砂糖入れすぎです。しっかりなさってくださいな」
「はっ!う、うん………」
なんとか反応はしたが、まだ頬が桃色に染まり目が溶けてしまいそうだった。
マリアにもう一度紅茶を入れ直してもらうも今度は熱くて飲めなかった。
砂糖を三つ入れた甘いミルクティー。これは私が好きな飲み方だった。
カイル様はお酒を少し入れることもあるけれど、基本的に砂糖を入れないストレートだ。砂糖は入れず香りを楽しむのが好きなんだそうだ。
「お顔が赤くなってきましたよ。またカイル様のことを考えてらっしゃるのですか?」
「グフッ!!」
「よかったですね。相当強いお気持ちを頂けたようで。これで安心ですね」
マリアはニコニコしながら、そう話す。
私は真っ赤になりながらも首を縦に何度も振ってみせた。
「でも、そろそろ薄手の制服に皆様切り替えてますし、何度も付けて頂くことは難しくなりますね」
(何度も………。)
かあああっと耳や首まで熱をもつくらい赤くなってしまう。
「いっそのこと唇にして頂いてはいかがですか?」
「………えっ」
「以前よりお嬢様も積極的になってきましたし、ある程度カイル様との距離に慣れてきたのではないですか?」
「……………」
「慣れてくると今度は、それ以上を望む気持ちが芽生えてきたりするものです。お嬢様もそろそろそういう時期に差し掛かってきたんでしょうかね…」
マリアの言う通りだ。
刺激はとても強くて慌ててしまうが、カイル様を独占したいという気持ちが芽生えてしまった。
最初は傍にいられればそれで胸がいっぱいで満足だった。
それなのに、いつの間にか手を繋ぐことが嬉しくなり、抱き着いたときの安心感や、手を絡めた時の特別感が嬉しくて堪らなくなっていった…。
「好きな人に触れたいと思うことは普通なの…?」
「ふふふ、そうですね。自然なことですよ」
「そう……なんだ」
◆
ベッドに潜り布団を被るも、気づけば無意識の内にカイル様につけられた跡にそっと触れていた。
暗くてはっきりとは見えないが、あの時の感触はまだ鮮明に記憶に残っている。思い出すだけで口元が緩んでしまう。
その場所にそっと触れるようなキスをする。
愛しい人を思い出し、またすぐ会いたいと思ってしまった。
今頃、カイル様は何をしているのかな………。
もう眠っているのかしら。
そんなことばかり考えてしまう。本当に重症だ。
(いつか、これ以上を望む日が来るのかな………)
少し怖いけれど、先にも進みたい。
そんな勇気がほしくなってしまうほど、私はカイル様を特別に思っている。
ううん、大好きなんだ………。
◆◆◆
長い雨の日が終わり、半袖のブラウスに袖を通す頃、私の腕にはすっかりカイル様の跡はなくなってしまっていた。
真っ白になってしまった腕が少し寂しく感じる。
けれど、久しぶりにランチの時間を一緒に過ごせることになったのだ。
ソフィアはニコニコ顔で「せっかくなんだし二人でサンドイッチでも持ってお外で食べたら?」と二人での時間を譲ってくれた。
「その制服姿も涼し気で可愛いね」
隣に座ったカイル様が優しく微笑んだ。
褒められるとそれだけでまたぽわぽわした気持ちが膨らむ。頬を染め、つい目線が泳いでしまう。
今日のカイル様はいつも以上にキラキラしているように見えた。
…いや、実際に服の装飾が多いせいでもあるのだが。耳元にはいつものピアスの他にゆらゆらと揺らめく金のピアスが見えた。
「カイル様もキラキラしてて、いつも以上に輝いていますね」
「……う、うん」
あれ?褒めたつもりだったのだけど、言い方間違えたかな…?
「いつものフォーマルも好きですが、今の格好も素敵ですよ?大人の魅力が増してドキドキします」
そう付け加えるとカイル様は私の頬をそっと触ってありがとうと呟かれた。
その表情は妖艶で大人の色気を含んだようにも見えて少し落ち着かない。
「ティアラのほっぺたは温かくて柔らかいな」
「ふぐぅ……あふぉばないで遊ばないでくだはい」
「ふふふ、焼き立てのパンみたいだ。食べてもいい?」
「駄目です!パンはこっち〜〜っ!」
むぐっとカイル様の口に本物のサンドイッチパンを咥えさせる。
「んっ!?」
驚いた顔をされたけどそのまま口に押し込んだ。
「……どうですか?」
「……美味しいよ」
さっきのお返しだとばかりに少し意地悪な顔をしてふふんと笑うと、カイル様はそのまま残りの部分も綺麗に平らげていく。
そして、私の指についていたソースまでぺろりと舐めてしまったのだ。
「ふふっ……ご馳走様」
「ふあぁぁっ………」
「終わり?もう一個ほしいんだけど」
「も、…もう終わりです……」
カイル様はまだまだ余裕そうだったが、私は二個目をあげるほど強い心はなかった。
「消えちゃったね、跡」
「え?」
手首をそっと優しく撫でる。
「またつけようか?」
「あ、あぁ…あぅ………」
そのまま口元に運ばれ触れるだけのキスをされた。
「半袖だから、跡はつけられないね」
残念そうに手を放すと、何もなかったかのように次のサンドイッチに手を伸ばしていた。
私は期待半分、戸惑い半分といった状態で意識しすぎて体が硬直してしまった。
「うぐぅ………、カイルおにいさまぁ……」
本当に…。なんて心臓に悪い人なのかしら……。
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挿絵、または参考絵として
(よかったら覗いて頂けたら嬉しいです)
★カイルとティアラ
https://kakuyomu.jp/users/tomomo256/news/16817139554573680593
★カイルのピアス
https://kakuyomu.jp/users/tomomo256/news/16817139554574053739
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