第35話 純白の百合のクレア
コーディエライト先生の研究室には、様々な精霊石や、試験管やフラスコが所狭しと置かれていた。
そして奥にはグリンベリル卿が研究資材を机の上に広げ先生の到着を待っている状態のようだった。
「先生、資料は揃えておきましたよ。それから試作の水晶の――」
先生が部屋に入るなりグリンベリル卿は、淡々と説明していく。横に目をやると棚には沢山の古い書物や鉱物が乱雑に並べられていた。
それを一つ一つ見ていると研究材料と一緒にルビーが同化するように並んでいるのが目に入り思わず声を上げてしまった。
「えっ!ルビー?!どうしてそんなところに挟まってるのよ」
びっくりして思わず口が開いてしまった。
ルビーは大きなあくびを一つすると可愛い声でみゃーと小さく鳴いてみせた。
「ああ、ルビー。いないと思ったらまたここにいたのか」
「まさかいつもなのですか?」
「そこはルビーのお気に入りなんだよ。さっき戻って来て悠々と眠ってましたよ。と、先生こちらの令嬢は?」
「ああ、クレア・レイアード君だ。彼女は珍しい光属性の鑑定の瞳の特殊能力を持っているんだ。ほら、この間話しただろう、あの件だ。シノンも協力してやってほしい」
「ああ、なるほど……わかりました。クレア・レイアード嬢よろしく。確か以前フレジア嬢と一緒にいた子だよね?僕のことはシノンでいいよ」
「は、はい。その節はありがとうございました。ではシノン先輩よろしくお願いします。私もクレアで構いませんので」
私はペコリとお辞儀をした。
「おお、君たちは知り合いだったのか?これは都合がいい。では早速だが――」
そこからはもう怒涛の展開であった。私はただひたすら先生やグリンベリル卿が実験する結果を記録したり、ぐちゃぐちゃだった書物を綺麗に整理したりとなぜか補助業務の手伝いをさせられていた。
「君、本当にすごいな。あんなにごちゃごちゃだったのに短時間でこんなに片づいちゃうなんて…」
「いえ。というか、私こんなことしに来たんじゃないんですけど?先生……!そろそろお話よろしいですか!」
「……ん?なんだったかな」
「え…」
「えええええっ!先生!!!ご自分でおっしゃっていたじゃないですか。ここで黒い靄についてのことを教えてくださるって言ってたじゃないですかっ!」
「…………」
先生は顎に手を当て数秒考えるしぐさをしてハッと口を開けた。
「………ああ!そうだ。そうだったな。研究途中のものがあったもんでな。つい夢中になってしまったよ。すまないな」
先生は悪びれた様子もなくそう言い笑ってきた。
(え?もしかして忘れられてた?なんか無駄にいいように使われていた…?)
シノン先輩を見るとよくあることなんだよと少し呆れ顔で苦笑いされた。
「……うむ。君が言っていた黒い霧についてなんだが」
やっと本題に入り、先生は研究していたものを中断しズシッと深く椅子に腰掛けた。
「あれは帝国魔法管轄の闇属性の禁術魔法だろう。その中でも操作系か毒系の魔法だ」
「禁術魔法…」
この帝国では、魔法が使える者はほとんどの場合、貴族の出の者が多い。血筋の濃い者同士の結婚でより強力な魔力を持った子供が産まれる確率が高いためだ。
そしてその中でも特に魔力量の多い優秀な者達は帝都に集められ学園で教育を受けるようになっている。
そこでの実力が認められれば学園からの推薦で宮廷魔術師や帝都内の魔術師などエリート職に就くことができる。
宮廷魔術師とはその名の通り、帝国の中枢を担う役職であり、皇帝からの信頼も厚い。そんな彼らには様々な特権が与えられる。
また魔力の多い者からは特殊魔法を使えるようになる者も多い。しかしその中には禁術魔法という部類のもの大魔法があった。
それを管理しているのは皇家直轄の帝国魔法機関であり、禁術魔法に関しては、皇帝陛下を筆頭に魔法が使える皇族と上位宮廷魔術師、それから限られた一部の上級貴族しかその詳細を知らないと言われている。
「禁術魔法については、扱える者が極端に少ない。魔法を使う場合は陛下の許可も必要になる」
「………」
「クレア君が見たものはとてつもなく異例なものだ。なぜならば、その禁術魔法を扱える者はこの帝国では王族と限られた数名の上位宮廷魔術師しかいないからだ。かける対象はだいたいの場合相当な重罪人といえる。本来ならばそのような者は一生牢獄の中にいるだろう。…クレア君は本当にそんな人を見たというのか…?」
問いかけられ思わずドキッとする。
それと同時に以前自分が喋ってしまったことを後悔した。
濁して言ったつもりだったが、そもそも質問できる内容ですらなかったということか...。
「いやぁ……その……」
どうしよう…。言ってもいいのだろうか。
迷ってしまい、思わずシノン先輩と目が合った。
「話せる範囲でいいと思うよ…。先生は君を帝国に突き出すようなことはされない…。ですよね、先生?」
「ああ……。そうだな」
「も~、先生…、雰囲気が独特だから尋問してるみたいで怖いんですよ。あまり睨まないでくださいっていつも言ってるじゃないですか」
「むぅ……そうだったか?」
シノン先輩のおかげで少し緊張がほぐれた気がする。私は小さく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「じ、実は……数年前にレイアード領に第二皇子が訪れたことがあったのです。領地のルーン川付近には鉄鋼の採れるリマ鉱山があったので視察を兼ねて来られたそうです。殿下は領民にも気さくに話しかけてくださるようなとても心優しい方でした。でも首にその靄が掛かってて…」
「第二皇子といえば、今病で臥せっているはずでは?」
「はい。でも私が領地でお見かけした時の殿下は健康で全くそのような方には見えませんでした。だから、変に本人に黒い靄のことを言えなくて…」
ただでさえ、自分のこの能力のことで領民から変な顔をされていたのだ。それに相手は帝国の皇子だ。軽々しくそんなこと言うなんてとてもじゃないができなかった。
「ふむ……なるほど。となると遅効性のものだな。徐々に効果が出るんだ」
「でも、第二皇子が重罪を犯したなんて思えません」
「確かに…。第二皇子が重罪を犯すようなことをしていればもっと公にされるはず。しかしそれがないということは陛下の許可なく魔法を使った可能性もある…?」
「あまり探りたくはないのだが…。禁術魔法が使えるのは皇帝陛下と、第三皇子、第四皇子、宮廷魔術師の三人…合計六人だ。更に毒や操作系の禁術が使えるのは第三、第四皇子、そして上位宮廷魔術師のフォルティス侯爵に絞られる」
「第四皇子って、クリス皇子殿下ですか!それに…」
思わずそこで口ごもる。フォルティス侯爵って、ティアラの婚約者様のお父様ってこと…?
「君も知っていると思うが、この国の第一皇子は亡くなり、第二皇子は病に臥せっている。継承的に有利なのは第三皇子と第四皇子だろう。クレア君が見た禁術魔法のことを考えると継承権争いも否定はできないだろう」
「もしそうだとしたら…かなり大事じゃないですか」
「ああ、そうだな」
どうしよう、まさかあの方がそんなことになっているだなんて……。
「あの…。どうにかできないんですか?助けられないんですか?!」
第二皇子は私のこの能力について助言をしてくれた人だった。自分の力を否定せず、是非帝都で学んでほしいと。必要ならばいつでも手を貸そうとも言っていた…。
私は皇子の言葉に後押しされ帝都まで来る勇気を頂いた。
そしていつかこんな自分でもお役に立てるのならば、……願わくば宮廷魔術師となって皇子の為に支えたいとも思っていた。
「……残念ながら、…いや…すべては君次第か?」
「どういうことですか?!!!」
「方法は二つだ。禁術魔法をかけた者を探し、魔法を解除させる。それか光属性の浄化魔法を覚えるかだ…」
「先生、でももしできるようになったとしても、どうやって接触するんですか」
シノン先輩が、難しそうな顔をして尋ねてきた。
「うむ。……そこについても考えねばならん」
「……つまりはまだノープラン」
「「「………………………」」」
「先生そこ大事なところっ!!!」
私は思わず先生に突っ込んでしまった。
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