第27話 お嬢様と演奏会
薄い素材の生地を上品に何枚も重ね、繊細なレースと美しい金の刺繍が施された淡いピンクパールのドレスを纏い、鏡の前に座る。
胸元にはカイル様から頂いた指輪が窓から差し込む朝日を浴びて輝いていた。ネックレスのチェーンを服の中にしまう際に、いつものように指先でそっと撫でる。
そして願掛けするかのように、両手で包み込み瞳を閉じた。
― 上手に歌えますように ―
「お嬢様、そんなに緊張されなくてもきっとうまくできますよ」
髪を綺麗に編みこまれ、ところどころに花を添え整えていたマリアが励ましてくれた。
さ、できましたよと声を掛けられると、私は背筋をピンっと伸ばし立ち上がり全体の仕上がりをチェックした。
「マリア、私、子供っぽくない?着せられているって感じじゃないかしら?」
鏡の前で裾を持ってくるっと回ると、薄い生地を何枚も使ったドレスが波を打つように軽やかに舞った。
このドレスはお父様が贈ってくれたものだった。
お父様は演奏会のことが本当に嬉しかったようで、その熱意があの蜂蜜飴になり、そして今度はこのドレスが贈られてきたのだ。
「そんなことありませんよ。とてもよくお似合いです」
マリアの言葉にほっとして笑顔になる。
「ありがとう。マリアにそう言ってもらえたらちょっと元気が出てきた…」
そわそわする気持ちを落ち着かせるように深くゆっくりと息を吐く。
数日前、リズレイアさんたちとの一件後、フォルテ先生の行動は早かった。リズレイアさんたちのことを調べると、彼女たちは練習など全くせず、時には生徒会の者たちを囲んでのお茶会に参加する日もあったようだ。
フォルテ先生はその事実を学園長に伝えた。そして、学園全体に、一年生の部はティアラ・レヴァンのみの出席とし、二人は諸事情により欠席とだけ公表することとなった。
私は一人で歌うことになったのだが、フォルテ先生もそこに関してもフォローにまわってくださり、当日までの数日、授業を調整し先生とのマンツーマンでの練習も組み込んでくれた。
そして、いよいよ当日。
今日は朝から夕方頃まで忙しい。演奏会は午前中、その後は生徒会主催のガーデンパーティーが用意されている。
「お嬢様、会場の控室は西の演奏会場から北の演奏会場に変更されたそうですので、場所を間違えないよう気をつけてくださいね。」
「うん、北ね。練習で行ったことあるから大丈夫よ。それじゃあ行ってきます」
マリアと別れて、私は演奏会に歌や楽器演奏に選ばれた生徒が集まる控え室へと向かった。
◆
会場の控え室に着くも、部屋にはまだ誰も到着しておらず、どうやら私が一番乗りだったようだ。
椅子に座って他の生徒達が来るのを待つことにしようと部屋の奥へ進むと『カチッ』と扉の外から音がした。
「え…?」
慌てて扉を開けようとするがびくともしなかった。どうやら外側から鍵を掛けられてしまったようだ。
だが、鍵は両側から掛けられるはずだ。急いで開ける…が、硬くて動かない。
「なっ、どうして…?」
「フ…フフ……アハハハッ。そんなことをしても無駄ですわよ?ここの会場は鍵が古くて、施錠できても開錠は少しコツがいるんですって。あなたにはきっと無理だと思いますわ」
「なっ…!その声は…フェルマーナさん?どうしてこんなことするんです?」
「あら?そんなこと言われなくてもわかるでしょう?目障りなのよ…。あなた一人が目立つなんて許せない…。演奏会が終わるまでそこにいればいいんだわ」
それだけ言うと、足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「ちょっと待って……!ここから出して!」
いくら叫んでも返事はなく、次第に焦りと不安が増していく。窓はあるが、私の背丈では届かない。
「……どうしよう」
時計を見ると、演奏会が始まるまであと数十分といったところだった。きっと学園のほとんどの人が西の演奏会場に集まっているころだろう。こちらを通る人などほとんどいないだろう…。
◆◇◆
フェルマーナは東から西へと続く渡り廊下を歩いていた。手には先ほどの鍵を持って…。
「フェルマーナ……本当にやるの?」
「もちろんですわ。ティアラさんも簡単に引っかかってくれたことですし。フフ…、私達が偽の手紙を送っていたことにも気づかなかったなんて、…笑ってしまいますわ」
「……でも、何かあったら…どうするの?」
「リズレイア、いまさら何をおっしゃっているの?あなただってあの子が煩わしいって言っていたじゃない。それに演奏会が終わったらちゃんと鍵も開けてあげますし。私だってそこまで意地悪じゃないわ?」
フフフッと意地悪そうな笑みを浮かべるフェルマーナとは対照的にリズレイアはどこか後ろめたさがあるような表情をしていた。
「そうね……ごめんなさい、フェルマーナ」
「いいわ。それより早くいきましょう?」
二人が立ち去ろうとしたその時、後ろの方から人の足音が聞こえてきた。振り向くとそこにいたのは演奏会に備え正装されたクリス皇子だった。
◆◇
演奏会の時間になっても、舞台上は暗いまま、一向に始まる気配がなかった。
「どうしたのかしら……。もう予定の時間になっているのに」
ソフィアは首を傾げ、辺りを見回す。すると突然会場内の照明がゆっくりと落とされていった。
「……ん?ようやく始まるんじゃないか?」
ソフィアの隣に座ったアルベルトが呟いたその時、スポットライトが舞台上に灯された。そこには白い上品なブラウスと黒いスカートを着たフォルテ先生が立っていた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。――」
フォルテ先生が全体挨拶をするが、どこか少し落ち着きのない様子だった。
そして最後に「プログラムは一部変更され行われます」とだけ付け足して、演奏会が始まった。先生と交代して舞台に立ったのは二人の少女だった。
「ねぇ、一番目って、一年生だったわよね?…ティアラはどうしたのかしら…」
ソフィアは戸惑いながらアルベルトに問いかける。
「確か、あの子たち、元は欠席だった子だろう?お知らせにあった…」
「そうよね。なんで歌ってるの……?」
疑問を抱き動揺していると、すっとカイルは立ち上がる。
「お兄様?」
「少し、席を外すよ。確かめて来る」
そういうとカイルは颯爽とホール奥の関係者用の控え室の方へと向かっていった。
中へ入ると、先生方が数人何か相談しているようだった。その中にフォルテ先生を見つける。
「すみません、フォルテ先生、何かあったんですか?ティアラは今どこにいるんですか?」
そう尋ねると、先生は困ったように眉を下げた。
「あ、あなたはティアラさんの…」
どうやら、ティアラは朝からここに来ていなかったようだ。
フェルマーナ達がティアラはここに来る途中体調を崩したので寮に戻らせたのだと。そして、その穴埋めとして自分たちが舞台に立つと言われたそうだ。
時間が限られていたので仕方なく歌うことを許したそうなのだが、先生も二人の言動を信じるにはためらいがあったそうだ。
「では今ティアラは自室にいるということですか?」
「ええ、彼女たちが言うにはそうなるけれど。私も今彼女の侍女に確認を取っている最中なんです」
フォルテ先生は演奏会の主催関係の職員としてこの場から動くことは困難な立場にあった。本当ならば自分で確認したかったと悔しそうな表情を見せる。
「失礼します。ティアラお嬢様の侍女のマリアと申します。ティアラ様はっ…?!今どちらに?!」
息を上げ、慌ただしく入ってきたのは先ほど話題に出ていた侍女のマリアだった。
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