第6話 お嬢様は新入生歓迎会へ行く
新入生歓迎会が近づくにつれ一年生のクラスはその話題で持ちきりだった。
どんな服装で行こう、ドレスは何色にする?
生徒会には皇子と皇女がいるらしいよ。
どんな方々なのかしら…。
期待と少し不安が織り混ざった会話があちこちで聞こえてきた。私もそんな話を聞くとそわそわしてしまう。
「…………うーん、1mm、伸びてる?伸びてない?」
「残念ながら、伸びていませんね」
「うぐぅ…」
思わず自室のベッドに後ろから勢いよく倒れ込む。
すぐに成長しないとはいえ、少しくらい伸びててもいいじゃないかと焦りからすぐ結果を求めてしまう。
思うようにいかない現実に目元が少し熱くなる。
ふと視界に大きなクマのぬいぐるみが目に入った。身体を起こし、意味もなく手を伸ばす。ふわふわの毛並みのクマの頭はとても撫で心地がいい。
この子はカイル様が留学する少し前に、ソフィアと私へと一体ずつプレゼントしてくれたものだ。長く会えなくなるかもしれないからと言って…。
その時の私たちは幼かったからか、ソフィアの方が泣いていたっけ。私はどこへ留学するのかもいまいちピンとこなくてただぼんやりと聞くことしかできなかった。
クマのぬいぐるみを持ち上げて、ダンスをするように軽くステップを踏みくるっと一回転する。よくこうやってソフィアと一緒にお互いダンスのまねっこをしたことがあった。
『お兄様が帰ってきたら驚かせてやるんだから』とその後もソフィアは一生懸命ダンスの練習をしていたことを思い出す。
「一緒に成長したはずなのに、まだ越せないのね」
「そのぬいぐるみですか?」
「うん」
「160cmくらいはありますかね」
「ふふふ…、本当それくらいありそうよね。全然抜かせない……」
そのまま椅子へ腰掛けるとぬいぐるみを抱きしめ顔を埋めた。
「ティアラ様、そんなに落ち込まないでくださいな」
「だって…」
急にポンっと手を叩く音が聞こえ顔を上げると、マリアが両手を合わせてニコッと微笑む。
「こうなると思って、マリアはこんなものを用意したのです!」
◆◆◆
長いホワイトブロンドを緩い上げ編み込みを入れハーフアップにし、ふわふわの薄い生地をふんだんに使ったドレスに身を纏い、耳には揺らめくすずらんのピアスを。
肩を露出したデザインのドレスは胸元に上質な絹で作られた薔薇がついている。首元にはストールを巻き、歩くと羽のように揺らめく。
そしてなにより一番のポイントは靴だ。
マリアが用意してくれたのは7cmほどある白薔薇のヒールだった。
ちょっと履きなれないけれど、いつもより目線が高い。それだけで、私の心は舞い上がりそうだった。
(マリア、ありがとう…)
嬉しすぎて本当にぴょんぴょん跳ねてしまいそうだわ。
「ティアラ」
その声にハッと振り向くと、そこには黒を基調とした服装のよく見慣れた青年が立っていた。
彼の服には金と銀の装飾がつけられ、髪には暗めの青紫のリボンをつけていた。
「あれ…?ちょっと背、伸びたかい?」
小首を傾け顔を覗かれる。ドキッとして思わず反射的に顔を背けてしまった。
いつもと違う姿がとてもかっこよくて目を合わせるのが恥ずかしいくなってしまったのだ。
「とても可愛いね。月夜の妖精といった感じだね」
「…カ、カイル様もすごく素敵です」
顔が火照り、ドキドキしてしまう。
「マリアが、かかとの高いヒールを用意してくれたんです」
「そうか、いつもよりティアラの顔がよく見える。マリアに感謝だね」
「はい」
「そうだ、これ…」
カイル様が取り出したのは小さな紺色の箱だった。
開けると中には小さなダイヤが三連ついたプラチナの指輪が入っていた。それをそっと私の左薬指にはめる。
「実は結構前から大体は作ってはいたんだけど…。間に合ってよかった。今日はこの上に手袋をしよう。普段はネックレスにして身に着けてくれたら嬉しいな。ほら、僕も同じのをつけてる。お揃いだ」
にっこり微笑む顔は規格外の破壊力で、薔薇と星が舞っているかの如く煌めいて見えた。
私の心臓はもうキャパオーバーだ。
そのままボンっと音が鳴るかのように顔が真っ赤になってしまい、くらっと倒れそうになったのだが、すかさずスッとキャッチされる。
どこまでも完璧な人だ。全く敵わない。
◆
会場に着くとそこにはすでに沢山の人が集まっていた。
当初はソフィアも一緒に行こうと誘っていたのだが、『私は草花を愛でる会』の健康茶を前もって振舞ったりするから一緒に行けないのよ~。ホント、残念ダワ~』と言われてしまった。
きっと気を使ってくれたのだろう。クレア達も似たような形で楽しんでねと言われてしまった。
(今度また別の機会にお洒落なお菓子を持って遊びに行こうかな…)
一歩一歩前へ進んでいくと周りの人々がこちらをチラチラと見てくるような視線を感じる。
皆カイル様を見てときめいているのかしら。
私もさっきそうだったし…。
でもそんな素敵な人の隣に自分が立って大丈夫かな。今日はほんのりとだけど化粧もしてきたけども。変じゃないかな、浮いてないかな…。
不安からカイル様の手をぎゅっと握りしめてしまう。
カイル様はそんな私の機微に気づいてくれたのか『大丈夫だよ』というように微笑んで見せた。
…ドキンっっ!
カイル様…その笑顔は逆効果です…。
「ティアラ、あっちの奥へ行こう」
「は…はい」
若干ふらつきながら歩くと、右奥にソフィアが見えたので手を振ろうとしたのだが、よく見ると丁度新入生の令息達にお茶を振舞っているところのようだった。
照れながらソフィアに差し出されたお茶を飲むや否や、一人また一人と不自然な動きをして片膝をついていく。
もしかして、あれがソフィアが言っていた『健康茶』なのだろうか。
あ、でも一人立ち上がってもう一杯もらっている。なんという強者だ。
「あそこにいるのソフィアだね。でも今行ったら巻き込まれそうだね…」
「はい」
「残念だけど遠くから挨拶するだけにしようか」
全然残念そうな顔をしていないカイル様が、ソフィアに手を振って挨拶する。
気づいたソフィアが嬉しそうに手を振っている。
私も小さく手を振るが、先程の強者がまたも執拗に声を掛けようとしている。
「大丈夫かな…」
「あれくらいだったら大丈夫だよ。たぶん助けに行っても逆に怒られちゃうと思うよ」
「え?」
「まぁ、僕たちフォルティス家の人間はそれなりそういう事に慣れてるから平気だよ」
少しその場で様子を見ていると、さっきの強者は顔を青くして去っていく。
ソフィアはニコニコしながら何事もなかったかのようにその後も他の令嬢たちと楽しそうに談笑し始めてしまった。
「ソフィアすごい」
「ね?」
こくこくと頷くと、カイル様は私の頭を優しく撫でて肩に手を置いた。
◆
少しすると中央に人だかりができてきた。奥には生徒会のメンバーが集まっている。
「新入生諸君、入学してからもうすぐ一ヵ月になるが、学園生活には慣れてきただろうか。少しでも学園の素晴らしさに触れてもらえたらと思いさまざまに余興を用意したので存分に楽しんでほしい…」
生徒会のメンバーの中心で演説する青年が見えた。
「あの人が生徒会会長で第四皇子のクリス皇子殿下だよ。その隣にいる髪の長い金髪の子が二年生の第五皇女のリリアナ皇女殿下だ」
顔を傾けて小声でカイル様が教えてくれる。
彼らは金髪碧眼で端正な顔立ちをしていて、王族なだけあって高貴な気品に溢れているように見えた。
「こんな間近で拝見するのは初めてです。……綺麗な方々ですね」
「ああ…。でも無闇に近づいてはいけないよ。綺麗な薔薇ほど棘があるってよく言うだろう?全くもってその言葉通りのような人達だからね。何も信じない方がいい」
「……」
― 何も信じない…? ―
どういう事だろう。
聞き返したかったがここで詳しく聞くのはあまりよくないだろう。
少し考えている間に生徒会の挨拶が終わり、それぞれが思い思いに散らばっていった。
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