鬼への嫁入り 1

「小夜と申します」


 両手をそっと畳に置き、深々と頭を下げる彼女の前には、腕を組み、まるで興味がないと言わんばかりにそっぽを向く男がいた。


「イサナギ様、奥様になるお方ですので、どうかご挨拶だけでも」

 小夜の隣に座っていた付き人が声をかける。


イサナギは流し目で小夜を見ると、またそっぽを向いてしまった。


「知らん」


「イサナギ様……」

 付き人が次の言葉を発するよりも先に冷たい声が聞こえる。


「顔を上げろ」

 小夜は静かに顔を上げると、イサナギに目を移した。

 彼の額には、2本の立派な角があった。


 こちらを見ないまま、イサナギは言葉を続ける。

「そやつを部屋へ案内しておけ」


「……かしこまりました」

 付き人はイサナギの言葉に応えると、スッと立ち、小夜に声をかける。

「小夜様、ご案内いたします」


 小夜はこれから夫になるイサナギの態度に不安になるも、もう一度頭を下げる。

「不束者ですが、よろしくお願いいたします」


 その言葉に返事はない。


「小夜様……」

 付き人に声をかけられ、小夜は静かに立ち上がる。


 部屋を後にする際、もう一度イサナギのことを見てみるも、彼の視線の先に小夜はいなかった。


 部屋へ案内してもらっている途中、中庭が見える廊下へと出た。中庭を見た小夜は自分の目を疑った。今は桜が咲き誇る春。にもかかわらず、庭には真っ白な雪が降っていた。


「驚かれましたか?」

 ふふっと笑い、付き人が小夜に声をかける。

「この雪はイサナギ様の鬼力です。地位の高い鬼には鬼力というものがあり、それぞれ使える能力があるのです。イサナギ様は雪を操れます。ちなみにあのような立派な角を持っているのは地位の高い鬼だけなのです。ですので私はこのように……」

 そう言うと付き人は前髪をスッと上げて見せた。そこには、ちょこんと可愛らしい角が生えていた。


「そう、なんですね……」

 足を止め、雪を眺める小夜に付き人が問いかける。

「やはり、鬼は怖いですか?」

 小夜は首を横に振る。

「いいえ。雪、綺麗ですね」


 それを聞いた付き人はほっとして言葉を続ける。

「そのお言葉、きっとイサナギ様が聞いたらお喜びになりますよ。先程はあのような感じでしたが、心はとてもお優しく真っ直ぐな方なのです」

 付き人は微笑み、改めて小夜を部屋へと案内する。


「小夜様のお部屋はこちらになります」

 そこには豪華な襖があった。薄藍色と綺麗な銀色で模様が描かれている。

 付き人が襖を開けると、広い部屋に可愛らしい座卓と座布団、お化粧台、お裁縫道具など必要そうなものは一式揃っているようだった。


「こちらはイサナギ様のお申しつけで私共がご用意いたしました」

 にこにこと説明をする付き人の言葉に小夜は驚く。

「イサナギ様が……?」

「はい! イサナギ様は小夜様のことをちゃんと思ってくださっているのですよ」

 先程の態度と今目の前に広がっている光景が一致せず、小夜は困惑する。


 そんな小夜の様子を微笑みながら見ていた付き人は腰を下ろし、小夜に頭を下げる。

「申し遅れました、私、小夜様の付き人になります天と申します。よろしくお願いいたします」


 天の言葉に小夜は慌てて腰を下ろし頭を下げる。

「天さん。改めまして小夜と申します。よろしくお願いいたします」


 その様子に今度は天が慌てる。

「小夜様! イサナギ様の奥方様になられる方が私のような使用人に頭を下げてはなりません! 名前も天とお呼びください!」

「ですが……」

 小夜が言葉を続けるより先に天が口を開く。

「私がイサナギ様に怒られてしまいます!」

 それを聞いた小夜は戸惑いながらも頷いた。

「わかりました……」


 小夜の言葉にほっとした天は話を続ける。

「では、明日が祝言となりますので、小夜様のお支度は私がさせていただきます。この後は湯あみと夕餉がありますので、また後程お迎えに参ります。それまでは屋敷の中を見て回っても大丈夫ですので。それでは、失礼いたします」


 ぱたんと襖が閉まると、緊張が解けたように体の力が抜けた。

 少し横になりたい気持ちもあったが、寝てしまいそうなので天に言われた通り屋敷の中を少し歩いてみることにした。


 廊下へ出て改めて見てみると、とても広いお屋敷であることが分かる。天についてきただけなので、自分がどこからこの部屋へ来たのかもわからないほどだ。

 少し廊下を歩いていると、あの中庭が見える場所へと出た。真っ白な雪がしんしんと降る中庭は、やはり綺麗だった。


「あ……」

 中庭に人影がある。雪が降っていてよく見えないが、目を凝らすとその人の姿を捉えることができた。

 肩にかかるくらいの長さの髪は薄い藍色をしており、雪の積もる松の木を眺める瞳は琥珀のような色をしていた。藍色の着物に羽織を着たその人は腕を組んでいた。

 

先程会った時はあまりよく見えなかったが、小夜はその人が誰なのかすぐに分かった。


「イサナギ様……」

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