009. In The Escape
「あれ、あの時の……!」
「あぁ……!」
地景たちを地中に轢き吊りこまんと、悪魔たちがその指先をこちらに伸ばす。いつか、家族を失った絶望に打ちひしがられていた地景をさらに追い詰めた二つ目の厄災――それが、すんでのところまで迫って来ていた。
「みんな、よく聞いてくれ!このモールには、避難するためのシェルターが存在する!俺がその準備をするから、それまでみんなは奴らを引き付けて逃げ回ってくれ!」
奴らから逃げながら、暁が一つの提案を投げかける。奴らの実力は愚か、何を仕掛けてくるかも分からない。もしかしたら、天使たちのように弓矢という名の凶器を忍ばせているかもしれない。到底、容易くこなすことの出来る提案ではなかった。
「どうする、地景?」
「ここは、やるしかないだろ……!」
労力は計り知れない。しかし、耐え凌いだ先に与えられる安寧を考えれば、今はその提案に乗るしか他に道はなかった。拳を握り、地景は暁に返答をする。
「分かった、そっちは任せた!みんな、俺に着いてきてくれ!」
「あぁ、頼もしいぞ、地景くん!」
そういうと、地景は他の生存者たちを連れて走り始めた。狙い通り、悪魔たちも逃走者たちの後を追っていく。それを見た暁も、身を翻しシェルターの準備に取り掛かる。こうして、地景たちの命がけの逃走劇が始まったのであった。
◆ ◆ ◆
どう足掻いても、得体が知れない。空を黄金に染め、純白に空を舞う彼らが天使だとするならば、地景たちを執拗に追うこいつらは悪魔とでもいうべきか。深海よりも暗い、一点の光の差し込む余地もない禍々しい漆黒を纏う奴らは、一体何者なのだろうか。天使たちと同じ、脅威であることは間違いない。しかし、奴らの様相から天使たちとの関連性を一切想像することが出来ない。いつか、地景を襲った悪魔たちを、天使が綺麗に狙い撃ちし、加えて地景には見向きもしなかったことも、奴らの謎を深める一つの要因である。
「今は何も考えずに、逃げろ!」
逃走劇が幕を開けてからおよそ5分。地景たちは、3階にあるフードコートに逃げ込もうとしていた。既に、体力の限界により、地に引きずり込まれた者も数名いる。
「これ以上誰も捕まるな!全力で逃げろ!」
「つっても、これいつまで続くんだよ!地下シェルターの準備はいつ終わるんだ!?」
「地景、何か考えはあるの?」
「あいつら、数はそんなに多くないし、動きも俺たちよりは断然鈍い!椅子やテーブルで入り組んだところに逃げ込めば、少しは余裕が生まれるんじゃないか!?」
「天才だ、地景!」
「でも、そんなに上手くいくの!?」
「少しでも時間が稼げればいい、行くぞ!」
地景たちと悪魔共の距離は、大きく離れることはないが、逆に大きく縮まることもない。故に、地景たちの方が足が速い上に、機動力も勝っているように見える。入り組んだところに逃げ込み、奴らの動きを少しでも封じることが出来れば、身体的にも精神的にも余裕が生まれる。
「着いた!みんな、出来る限り散り散りに逃げろ!」
地景がそう支持すると、それまで固まっていた生存者たちは蜘蛛の子を散らすように、疎らに逃げ始める。それにつられ、同じく固まっていた悪魔たちもそれぞれの生存者たちを追うようにばらけていく。
「よっしゃ!あいつら、上手く身動きが取れてないぞ!」
「良かった、上手くいった!」
「みんな、この隙に少しでも遠くに逃げるぞ!」
「聖那、俺は暁さんの所に行って、様子を見てくる」
「地景一人で大丈夫?」
「あぁ。翔也、おじさん、聖那と恵さんのことお願いします」
「おうよ、任せとけ!」
「分かった。気を付けるんだよ、地景くん」
「はい……!」
そう言うと地景は、一階で地下シェルターを準備している暁の元へと走っていくのだった。
◆ ◆ ◆
モール一階――二階に上がるためのエスカレーター、そのうちの一つの裏側には、秘密の扉が隠されている。普段は人の目に触れないようになっているそこで、地下シェルターへ向かうためのエレベーターの準備をしている暁を発見し、地景が駆け寄る。
「暁さん、後どのくらいで準備できますか?」
「もう動かせるようにはしてある。食料も積んでおいたから、あとは君たちが乗るだけだ」
「分かりました。みんなに、こっちに来るよう連絡します」
「みんなは、無事か?」
「……数人は、あいつらの餌食に……」
「そうか……。だが、君が生き残っていてくれて何よりだ。皆でこの困難、必ず乗り越えよう!」
「はい……!」
暁の言葉には、人をその気にさせるだけの説得力と熱意が込められている。地景を含め、多くの生存者たちが彼の言葉によって士気を高めてきた。力強く見つめ合う、地景と暁。だがその時、鋭い悲鳴がモール内に響き渡り、二人の鼓膜を刺激した。
「どうした……!?」
「この声、聖那……?」
「行ってあげてくれ。俺は準備を続けてる」
「分かりました。問題なければ、みんなを連れてきます!」
「あぁ、任せた!」
悪い予感に震える心を何とか抑え、地景は再び、悲鳴があった三階のフードコートへと走るのだった。
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