第7話

 令状を持った天童を先頭に、捜査員たちが続々と捜査本部から出て行く。俺と田村はその最後尾についた。

 中警察署の地下駐車場から地上へと出ると、外の世界が眩しくて一瞬目の前が真っ白になった。

「地上は地獄だな」

 地上はダンテの『神曲』に描かれている煉獄地獄れんごくじごくの様相を呈していた。太陽の強烈なまでの日差しに、行き交う人の目は虚ろで生気がない。恐ろしい光景ではないか。でもこの地獄の業火の中でさえ犯罪は起きるのか。それとも地獄の業火の中だからこそ犯罪は起きるのか。

「どこにいたって地獄さ」

 田村はハンドルを握りながら無表情で答えた。

 思わず、田村の横顔を見つめた。なんだか意味深な言葉だ。生きていることが地獄だとでも言うのか。俺が返答にきゅうしているのを田村が察したのか、「どこにいたって自分と向き合わなければ地獄だってことさ」と言い直した。

「なるほど、至言しげんだな。川上にも言ってやれよ。少しは目が覚めるかもよ」

「俺が言う必要ないだろ」

 それ以上、田村は何も言わなかった。

 川上の住むアパート前に到着すると、天童を含む数人の捜査員たちが戸口の前に立った。俺たちはアパートを取り囲むように下で待機する。

 天童がインターフォンを鳴らした。すぐにドアが開き、中からスウェット姿の長髪の男が出てきた。

 ――間違いない、川上だ。

 面影おもかげは随分と変わっているが、ゼミの教授から借りた写真に写る川上本人だった。

 天童が令状を川上に見せると、彼は表情を強張こわばらせた。そして天童を突き飛ばすと部屋の中へと駆け込んだ。

りない奴だな」

りない男だ」

 俺たちは似たようなセリフを同時に吐き捨てると、しめし合わせるでもなく共にアパートの裏側へと駆け出す。他の捜査員たちも続く中、回り込んだ先に川上を取り押さえる藤堂の姿があった。ベランダから飛び降りたところを捕まえたようだ。

「また逃げるのか」

 藤堂のその言葉に川上は顔をゆがめ、力なくその場に座り込んだ。


 事情聴取は天童班によって行われた。

 自分の人生を狂わせた銀行と中嶋建設、それに何もしてくれなかった大学が悪いんだと川上は言い放った。そして、警察官があの時、声をかけなければこんなことは起きなかったと。

 どこまでも自分に甘い男だ。悪いことなどしていないのだから、あの時、逃げないできちんと対応していれば彼の人生は違っていただろう。

「ほいよ、お疲れ」

 俺は田村の前に淹れたてのコーヒーを置いた。

「アイスがよかったな」

「文句言うなら飲むな」

 俺の伸ばした手をかわし、田村はカップホルダーを口に運ぶ。

「うまい」

「ふふん」

 俺は手にしたカップホルダーを口に運び、味わうようにコーヒーを口に含んだ。

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