COMBINATION

haruka/杏

コンビ誕生

第1話

 ――いつまでも、ここに突っ立っていても仕方がない。

 俺は十度目の深呼吸をし、ドアを開けた。

「失礼します。本日付で捜査一課強行犯捜査係そうさいっかきょうこうはんそうさかかりに配属になりました望月修平もちづきしゅうへいです」

「よし、望月。行くぞ」

 短く髪を刈り上げた中年の男にいきなり声をかけられたかと思うと、次々と捜査員らしき人間が俺の横を抜けて廊下へ出ていった。

 訳が判らず戸惑う俺に、「ついてこい」と俺と同年ほどの男が声をかけてきた。

「え、あの、どこへ……」

「事件だ。俺はあんたとコンビを組むことになった田村。一応、よろしく」

 田村と名乗った男が早口で言った。

「事件?」

「早くしろ」

 田村は足を止めることなく進んでいく。俺は慌てて田村の後を追った。

 階段で地下駐車場まで下りていくと、田村は一度も俺の方を振り返ることなく黒いSUV車に乗り込んだ。

 俺はどうすればいいのか。彼の車に乗り込んでいいのだろうか。それとも、自分の車で彼の後をついて行くべきなのか。わからん。

 エンジンがかかった。慌てて彼の車に走り寄り、運転席の窓を叩くと、「早く乗れ」と田村がにらみながら窓を開けて言った。

「え、あ、はい」

 急いで助手席に回り込み、車に乗り込んだ途端に田村は車を発進させた。俺はシートベルトをかけながら、事件についての説明を待った。

 事件ってどんな事件だ。強盗、傷害、まさか殺人か。初仕事で殺人事件は遠慮したい。でも本部が動くってことは、やはり殺人だろうか。

 まだかまだかと田村からの説明を待ったが、結局、南警察署に着くまでこの能面男のうめんおとこはひと言も話さなかった。こんなしんどいドライブは初めてだ。

「おい」

 さすがに腹が立ち、車から降りようとする田村に声をかけた。だが、田村は俺を無視して車から降りるとスタスタと正面玄関へと歩いていく。

「ちょっと待てよ!」

 急いで車から降りると先を歩く田村の肩を掴んだ。すると彼は俺の手を払いのけ、振り向きざまに、「詳細は今から始まる捜査会議で聞けばいいだろ」と言い放ち、さっさと建物の中へと入っていった。

 俺は呆気あっけにとられながら田村のうしろ姿を見送った。

「なんだ、アイツ……つか、ムカつく!」

 たまらず地団駄じだんだを踏む。

「ハーイ、新人。荒れてるねぇ」

 背後から軽い口調で声をかけられた。振り返ると、男前と美人が立っている。

「あの……」

「篠原班にようこそ。俺たち、君の先輩ね。俺、若林。彼女は」

 若林が隣の美人に手を差し向けると、「里見です」と名乗った。

「あ、よろしくお願いします。望月と言います」

「よろしく。じゃあ、行こうか」

 そう言うと、若林は歩きながら事件の概要を手短に説明し始めた。よかった、まともな先輩がいて。


 予想していた通り、やはり殺人事件だった。しかも犯人は三人の命を奪っている凶悪犯。交番勤務の時にも何度か殺人事件の初動捜査しょどうそうさに加わったことはあったが、あの時とは訳が違う。

本部の刑事として捜査をするという重責じゅうせきに動揺を隠せないでいる俺に若林は、「りきみ過ぎるなよ」と背中を軽く叩いた。

「は、はい」

 上擦うわずった声をあげた俺に、里見がくすりと笑った。

 美人に笑われてしまった。落ち込みかけた時、「誰でも始めは緊張するわよね。私も、若林くんもそうだったから大丈夫よ」と里見が言った。

「あ、りがとうございます」

 緊張の糸がほぐれ、肩の力がスッと抜けた気がした。強張こわばっていた表情も、いつものしまりのない顔に戻っている。美人の威力はいろいろとすごい。

「じゃあ、行こうか」

 若林は奥の講堂を指差し、歩き出した。

 講堂の入口には[連続強盗殺人事件]と書かれた看板がかかげられている。若林たちの後について中に入ると、五十人ほどの捜査員たちが険しい顔をしながら捜査資料に目を通していた。

 ピリピリと張り詰めた空気に、再び顔が強張こわばる。

「望月っ」

 いきなり肩を掴まれてギョッとする俺に、「班長の篠原だ。初日から大変だろうが、しっかり頑張れよ」と刑事部に入った時に声をかけてきた男がニヤリと笑いかけてきた。

「は、はいっ」

 また声が上擦うわずる。

「じゃあ、席は田村の隣な」

 篠原は田村を指すと、俺たち捜査員と向かい合う形で置かれている席へと戻っていった。俺は項垂うなだれながら、捜査資料に目を通していた田村の横の席に腰かけた。

 案の定、何の反応もない。考えるのも面倒なので俺はすぐに机の上に置かれていた捜査資料を手に取る。緊張で手が震える。

 本部の人間として捜査に加わる以上、足手まといにだけはなりたくない。俺は捜査資料を掴む手に力を込めた。

 事件は、一ヵ月前から同様の手口で三件起きていた。

 犯人は深夜に独り暮らしの老人宅に押し入り、住人を殺害後、現金を奪って逃走していた。所轄署しょかつしょによってすぐさま初動捜査しょどうそうさが行われたが、犯人の目撃情報はおろか、被害者間の繋がりも見つけることができず、捜査は難航なんこうした。そして本日、捜査本部の設置となったのだ。

 被害者の唯一の共通点は、当日、銀行で現金を下ろしているということだった。ただし、金額も利用した銀行もバラバラで、金額は三件合わせても二十万程度。

 当初、所轄署は犯人逮捕は時間の問題だとたかくくっていた。銀行には防犯カメラがあるからだ。けれど銀行や付近の防犯ビデオを回収したが、三件の銀行の防犯ビデオに共通する人物はおろか、不審な動きを見せる人物も映ってはいなかった。

 焦る捜査員たちの姿が目に浮かぶ。俺は所轄署の捜査員たちの報告を聞きながら、資料に視線を戻した。

 犯人について判っているのは、右利きであることだけ。犯人は持参した刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフで被害者を刺殺していた。そして司法解剖の結果、それが判った。

だが、この世の中に右利きの人間――ちなみに俺も右利きだ――がどれほどいるか。俺は、周りに気付かれないように小さく溜め息をついた。


 俺と田村は地取捜査じどりそうさ――被害者宅の周辺を聞き込む班――をすることになり、田村の車で三番目の被害者宅へと向かう。車中、チラチラと田村の方に視線を送ったが、ヤツはひと言も発することなく車は現場に到着した。

 しんどい。まだ捜査もしていないのに、車中にいた十分ほどでかなりの神経をすり減らしてしまった。

 俺は先を歩く田村の背中を見つめながら、大きな溜め息をついた。

 古い民家が立ち並ぶ、閑静かんせいな住宅街。この辺りは、ほとんどの家が子供が独立している年配者夫婦の家庭で、就寝時間もかなり早いようだった。しかも昼の時点でこの人通りの少なさ。深夜なんてほとんど人なんて歩いていないだろう。

 俺は、不気味なほど静かにたたずんでいる主を失った家を見つめる。その周りには黄色い規制線が張られている。部外者の侵入をはばむ為というより、この家の中で起こった惨劇を忘れさせない為に張られているように感じた。

「なんだかれない事件だな」

「何が?」

 田村は手帳を見ながら、聞き込みの済んだ家にチェックを入れている。

「だって五万円で殺されちゃうんだぜ。しかも老人狙って強盗するのも卑怯だろ? 近所の人たちも被害者との交流がほとんどなくてさ――独りきりで生活して、誰にも知られず殺されちゃうなんて、悲しいよな」

 もしヘルパーの人が見つけていなかったら、発見ももっと遅れていただろう。そうなっていたら、亡くなってもなお独りきりでいなければいけなかったのだ。哀しすぎるじゃないか。

 田村が立ち止まって、俺をじっと見つめた。

「お前、刑事に向いてないな」

 そう言うと、スタスタ歩いて聞き込み先の家のインターホンを鳴らした。

 呆気あっけに取られた俺は、その場に立ち尽くす。

 なんだ今の。バカにされたのか。ふつふつと怒りが込み上げる。

 ――初対面のコイツの失礼な態度にも俺は我慢した。一緒に行動することになったにもかかわらず、なんの配慮もなく協調性に欠けるコイツの性格にも俺はなんとか我慢してきた。世の中いろんな人がいるんだな、とそんなに広くない心を薄く広く伸ばして俺は許した。

 なのに、なんだその言い草は。

 俺は田村はにらみつける。

 ――絶対、コイツに俺を認めさせてやる。

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