第6話

 翌日から僕は役所管轄の研究所に通い始めた。初日にアイラから紹介された場所だが、これがかなり進んだ施設だった。なんでも国の金でつくられた研究所なので、設備が充実しているのだとか。


 研究室には大勢の研究員が働いていたが、みんな無口だった。僕の存在に気をとめる人もおらず、みんな黙々と仕事をしていた。僕のことをいろいろお世話してくれたのは、ライアン・マーベルという僕と同じくらいの歳の青年だった。


「よろしくお願いしますね!タイセイさん。」


と爽やかな笑顔を振りまく好青年だ。金髪イケメンなのが少し鼻につくが。


 僕に割り当てられたのは無論生物学部門のスペースだった。いろいろな機材で溢れていたが、何の知識もないのでとりあえずは放っておくことにした。


 目下必要なのはまずアイデアである。もう一度おさらいすると、「湿地帯の泥んこの中を駆け抜けられる力強い馬を生み出す」ことが最終目標だ。


 まず考えたのは、ホルンメラン近郊に住む強い脚を持った魔物と掛け合わせるというものである。しかし問題はすぐに浮き彫りになった。


「ここら辺に馬くらい足が速い魔物なんていませんね。」


ライアンくんが言うのだから間違いないだろう。


 脚がそれで強くなること自体は喜ばしい。しかしながら、馬よりずっと足の遅い魔物と配合するということは、生まれてくる子どももそれにつられて足が遅くなってしまうということである。そうなると騎馬の意味はない。


 だけど、机上の空論のまま終わらせるのは良くないということでいくつか試してみようというライアンくんの意見に従ってみた。


 そこで疑問が一つ僕にはあった。僕がハプルを飼っていた時は、小魚で一、二週間ほどで繁殖を繰り返すから品種改良が可能だったのもある。だけど今回は馬だ。生まれてからま満足に騎馬をこなせるまで、少なくとも二年以上はかかるだろう。それだと、完成までに気が遠くなるような時間がかかってしまう。


 どうするつもりかとライアンくんに聞いてみた。彼は一瞬キョトンとした。


「いや、機械使えばいいじゃないですか。」


「機械?」


「ご存じない?それじゃちょっとこっちに来てください。」


 ライアンくんはスペースの中でも一際巨大な装置のもとへ僕を連れて行った。装置は僕の背丈をゆうに越え、というか僕自身がすっぽり収まるほどのガラスのケースが真ん中に備えてあった。


「これは?」


「生物繁殖装置です。元々は野菜とか家畜とか、育てる時間を削減するためにあります。」


 凄まじくハイテクじゃないか!要は遺伝子情報だけあれば成長時間を無視して生物の成体を即時生産することができるマシンなのだ。いや、しかし倫理的にどうなんだろう。野菜はともかく、動物でこれをやると、元の世界では多少叩かれそうなものだが。


 ともかく、これを応用すれば、馬と何かしらの配合を短時間で試していくことが可能になるのである。今回は基本のフォルムを馬にしておくために、馬の母体に他の生物の精子を受精させることにした。





 まず最初に試したのは、ゾウだった。ゾウの力強さに期待しての配合だったのだが、見事に裏目に出てしまった。生まれた仔は馬のパワーのまま、ゾウの太い足を持ってしまったのである。心なしか、鼻もちょっと長くなっていた。


 ようはただただ鈍くなったのだ。もちろん騎馬としては使いようがないので、その子には他の仕事に就職してもらうことにした。


 言うのを忘れていたが、今回の研究で生まれた失敗作(そんな呼び名では失礼だが)はみんな他の仕事に従事してもらう。こちらの都合で生み出しておいて屠殺なんてしたらあまりに道徳に反しているので、そこはアイラに頼んでおいたのだ。




 二番目は、湿地帯の中で捕らえられた人喰いガエルを試してみた。ブヨブヨした青黒い皮膚に覆われた毒々しい巨大なカエルだが、僕たちのねらいはそのパワーと水かきヒレだ。それを馬に持たせたら、湿地帯でもスイスイかきわけて進んでいけるのではないかと考えた。


 しかし、結果は論外だった。パワーとヒレは狙い通りについたものの、僕たちはカエルの性質を忘れていた。しょっちゅう飛び跳ねるのだ。それもかなりの高さをぴょんぴょん跳ねるから、これでは落馬待ったなしだ。よってこれも没にした。




 次はオークを試した。オークは多少の知性があるらしく、色々と苦労した。僕としては初めて目にする毛むくじゃらのオークに大変興奮したのだが、それをよそにライアンくんは淡々と作業を続けた。


 さて、生まれた子供だが、いい具合に大きく、均整がとれた体をしており、それでいて所々にはオークから受け継いだと思われる力強さがあった。これは初めて期待が持てると、僕とライアンくんはウキウキしながらその仔を町壁の外の湿地帯まで連れて行った。


 手の空いている兵士に協力してもらい、馬具まで装着してさっそく試験走行をしてもらった。


 ところが、そう上手くはいかなかった。重すぎたのである。勢いよく駆けていったのはいいが、湿地に入ってすぐにズブズブと沈みだし、全く進めなくなってしまった。脚が4本とも沈んでしまった馬上で兵士が困った顔でこちらに振り返ったので、そこで止めにして彼と馬を助けた。




 さて、どうしたものか。重すぎたら今度は沈んでいってしまうことが分かった。こんなことではもしも大型馬をホルンメランに持ち込んだとしても、到底騎馬として使用できるようにはならない。求められる条件は、軽くて力の強い馬なのである。


 かなり無茶な課題を目の前に、心が折れそうである。軽さと力強さは、そもそも両立することができるのだろうか?


 軽くて力強い……軽くて力強い……あ!そうだ。


「ライアンくん。ホルンメランにシャコはいるかい?」


 唐突な提案にライアンくんはかなり戸惑ったようだが、彼にはすぐに意図が通じた。


「海が周りにないので普通のシャコはいませんが……」


「普通じゃないやつならいるのかい?」


「いるにはいるんですが……」


どこか煮え切らない様子だったのが気になるが、今はすぐにでも試したいことがある。


「いるならそこに連れて行ってくれ!」


 連れて行かれたのは、ホルンメランから南に少し行ったところにある洞窟だった。


「この中の湖の畔に住んでいますよ。」


と、説明してくれたライアンくんは表情が曇っていた。そこも気になるが、それよりも気になったのは護衛の軍人が五人ほどついてきたことだ。


 五人は、ホルンメランを出る前にライアンくんが連れてきた。いずれも若い軍人で、そのリーダーから挨拶を受けた。

リーダーはスタッド・ノックル少尉というらしい。


 僕たち七人は洞窟の中に入っていったわけだが、ノックル少尉たち軍人を前に、僕とライアンくんを後ろにという並びだった。しかしどうしてシャコ一匹を捕まえるためにここまでするのだろうか。


 確かにシャコは危険ではある。元いた世界でも、シャコに指を砕かれたという話を聞いたことがある。しかし軍人を連れてくるほどだろうか?大人二人で注意して捕獲すれば特段心配することはないように思えるが。


 途中魔物から身を守るための護衛かとも思ったが、そもそも湿地帯に好んで住む魔物などはほとんどおらず、唯一凶暴な先の人喰いガエルは夜行性なので、そこの心配もないはずだ。


 しかし僕以外の六人は先程からずっと緊張しっぱなしだ。そして、やけにゆっくりと進んでいく。


 暗い細道をしばらく進むと、急に広い空間に出た。わずかに天井の隙間から入り込んだ光を水面が反射させていたので、湖にたどり着いたことが分かった。


 湖は思っていたよりもずっと大きいものだった。湖の底は淡く翡翠色で、綺麗だった。洞窟の中だというのに木が生えていたのは不思議だった。


 となりのライアンくんはまだ浮かない顔をしていた。

「タイセイさん、あなたが言い出したことですから、覚悟してくださいね。」


何を大げさなことをと思ったが、ライアンくんはいたって真剣な表情だ。彼は持ったきた袋から巨大な肉塊を取り出した。


「それ、何の肉?」


「豚ですよ。ヤツの好物なんです。」


にしてもでかい肉だ。業務用スーパーで売られていそうなサイズ。


 ライアンくんはそれを水面に放った。それを見た軍人たちはなおさら緊張感を高めた。


「構えろ!来るぞ!」


 一体何が来るんだと首を傾げたその瞬間だった。水面が弾けて飛沫がこちらまで飛んできた。すごい音がしたものだから、驚いてしまい何が起きたのかすぐには分からなかった。


 水飛沫が全て地に落ちて再び静かになったとき、目の前には、頭だけで人一人の大きさはあるほどの巨大シャコがいきり立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る