第6話 〇〇〇の歌
「~~~~♪ ~~♪」
……鼻歌、か?
それにしても、すげー綺麗な歌だ。上手い。上手すぎる。思わず聞き惚れてしまうほどに。
ちょっとだけ。もうちょっとだけ聞かせてほしい。
目を閉じて鼻歌に集中する。
まるで劇場のコンサートみたいだ。
そして、歌詞のパートに入ると──。
「カーレェー、カーレェー♪ カーレェーはかーらいーよカーレーエー♪ ラーイスととーもだーちらーんらーんらーん♪」
「ぶふぉ!?」
ちょ、おまっ、なんつー歌を歌ってんだ!
空気が変な場所は入ったわ!
思わぬオリジナルソング(カレーの歌・作詞作曲 雪宮氷花)に咳き込んでいると、歌が止んだ。
どうやら俺の咳が雪宮の方にも聞こえていたらしい。
根性でなんとか咳を抑えると、また雪宮は歌い出した。
いや、どんだけテンション上がってるんだ。聞いてるこっちが恥ずかしいわ。
「おにくっさん♪ にんじんさん♪ じゃーがいーもさん♪ たーまねーぎさん♪ ぐっつぐっつにっこんっでふんふんふーん♪」
ああああああああああああああああああああああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいいいいいいいいいい!!!!
やめて、本当にやめて!
でも俺からやめてって言うと聞いてたことに言及されてまた変態扱いされる!
お願い気付いて! 俺の咳が聞こえてたなら、自分の声も聞こえてるってわかるだろ!? どんだけ周りが見えてないんだ!
こ、これ以上聞いてたら、俺の方がおかしくなる。精神衛生上、無視するに限る。
壁から離れてソファーに座ると、手を合わせて。
「いただきます」
「いただきまーす♪」
と、雪宮の方からも挨拶が聞こえてきた。どうやら同じタイミングで食べ始めるらしい。
無視すると言った手前、聞くのは忍びないが……はたして雪宮の口に合うか?
若干の緊張を感じ、思わず背筋を伸ばすと……。
「……おいしい……」
微かにだが、そんな言葉が聞こえてきた。
ほっ。よかった、雪宮の口に合ったか。
緊張が解け、俺も自分のカレーに手を付ける。
確かに美味い。だけどやっぱり自分でスパイスから作った方が美味いな。今の生活が落ち着いたら、ちゃんとしたものを作ろう。
「すご。え、美味しい。すごく美味しい。八ツ橋くんすごい。……絶対本人には言ってあげないけど」
なんでだよ。言えよ、それくらい。
あと聞こえてるから、そんなツンデレ発言しなくてもいいぞ。
ちょっと恥ずかしくなって頬を掻く。
と、胸の奥に温かい何かを感じた。
誰かにおいしいって言ってもらえるの、いつぶりだろうか。
なんかむず痒い。恥ずかしいとは違う。
……嬉しい、のかも。
挨拶とか、感想とか、ちょっとしたことで言い合うとか……なんか、凄く新鮮だ。
勿論学校って単位では日常的にある。俺も淳也がいるし、生徒会の仲間もいる。
だけどそれが私生活ってなると、今まで俺の人生から抜け落ちてきたと言っていいほど、少ない。
誰かと同じ時を共有する喜び。
そんなことを感じつつ、カレーを口に運んだ。
◆◆◆
「悪くなかったわ。及第点ってところね」
「いきなり辛辣かよ」
翌日の放課後。家で料理をしていると、突然やってきた雪宮にこんなことを言われた。
昨日カレーの歌(作詞作曲・雪宮氷花)歌ってたじゃん。ノリノリだったじゃん。
全く、素直じゃない奴め。
「でも、お前も結構喜んでたろ。あのリアクション見たら、わかるって」
「だ、誰も喜んでないわ。別に手作りのカレーとか、炊き立てのご飯とか。全く喜んでないわよ」
「いや無理がある」
「……無理なんてしてないわ」
がっつり目を逸らしてんじゃん。
もう目の奥が食欲で支配されてるんだけど。わかりやすすぎるぞ、雪宮。
こいつの生活を考えると、気持ちはわからんでもないが。
「ところで、今日はなんの用で?」
「……タッパー、返しに来たわ」
「お、そうか」
さすがにタッパーは綺麗に洗われていた。
多分、油を落とすためにめちゃめちゃ洗剤使ったんだろうな……今度、お湯使えば簡単に落とせること教えてやろう。
と、雪宮の鼻がぴくぴくと動き、視線が俺の部屋の中へ注がれた。
「ん? ああ、今日はステーキとポテトサラダにしたんだ。肉が半額になってたから」
「すて……ぽて……」
――ぐぎゅるるるるるるるるる~……。
……わかりやすいお腹だ。
ちょっとほっこりして雪宮を見ていると、ふいっと顔を逸らされた。
「私じゃないわよ」
「何も言ってねーよ。ったく……実はそう来ると思って、雪宮の分も用意したんだ。……食うか?」
「……………………………………………いらないわ」
「間」
それ全然否定になってないから。
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