23. パラレルワールドの幼女

「ヨーシ! しばらくメンテだからどっか別の星に行って美味いもんでも食うぞ!」

 レヴィアは上機嫌に和真の背中をバンバンと叩いた。

「べ、別の星? ゲルツは?」

「メンテに入った地球では何もできんよ。決戦はメンテ後じゃ。メンテしてない星に視察がてら乗り込むぞ」

「は、はぁ……」

 別の星というのは言わばパラレルワールドなのだろう。一体どんなところなのだろうか?

 和真は期待と不安でミィをギュッと抱きしめた。


         ◇


 気が付くと和真は澄み通った青空に浮かんでいた。

 目の前にはドーンと冠雪した富士山があり、足元には湖が広がっている。芦ノ湖……だろうか?

 しかし、湖畔には何の建物もなく、ただ、森が広がっているだけだった。なるほど、パラレルワールドの箱根にはまだ人の手が入っていないらしい。

 振り返ると伊豆半島、そして相模湾がゆったりと弓なりに湘南の方へと砂浜をつなぎ、遠くには江の島が見える。


「えーっと、あの辺りじゃったかな?」

 レヴィアは和真の手を引いてツーっと稜線へと降りていく。

「どこ行くんですか?」

「部下の家じゃ」

「え? いきなり行っていいんですか?」

「抜き打ちの視察じゃ。ちゃんとやってるかどうかたまには見てやらんと」

 和真はパワハラっぽいレヴィアの行動に不安を感じた。


       ◇


 稜線近くの見晴らしのきく森の中にポツンとモダンな家が見えてきた。ガラスと木材で作られた立方体の建物には道路もなく、ただ静かに富士山と芦ノ湖を見渡せる位置にたたずんでいた。

 レヴィアは庭にシュタッと着地すると、玄関の呼び鈴を押した。

 トタトタトタと足音が聞こえ、ガチャリ、とドアが開く。そして、ひょこっと可愛い幼女が顔を見せた。

「おや、タニアちゃん、お姉さんのこと覚えとるか?」

 レヴィアはしゃがんでニコッと笑いかける。

 タニアは眉にしわを寄せると、そのままドアをガチャっと閉じた。

「……」

 無表情になるレヴィア。気まずい時間が流れる。


「あー! レヴィア様! いらっしゃるなら一言おっしゃって下されば!」

 そう言いながら二階のベランダからアラサーの男性が飛び降りてくる。彼がレヴィアの部下のユータだった。


「タニアは何? 我のこと嫌いなの?」

 渋い顔をしてジト目でユータを見るレヴィア。

「い、いや、そんなことないですよ。あの子は人見知りが激しくって」

 冷や汗を流すユータ。

「ふーん、で、どうなの最近?」

「立ち話もなんですので、お茶でも入れます。どうぞどうぞ」

 ユータはそう言って一行を応接間に招いた。


       ◇


「えーと、こちらがこの星の人口の推移で、これが文化指数です」

 ユータは空中にグラフを表示させながら活動報告をする。

「なんじゃ、全然伸びとらんじゃないか!」

 レヴィアは不満をぶつける。タニアに嫌われたのがよほどショックだったらしい。

「い、いや、去年流行り病がありましてですね……」

 いやな静けさが流れた。

 レヴィアはしばらく腕を組んで考え、

「あー、あれだ。魔物と魔法そろそろ止めてみんか?」

 そう言うと、レヴィアはコーヒーを一口すすった。

「えっ!? 止めちゃう……んですか? 魔法なくしたら相当混乱しますよ?」

「魔法は便利すぎて文明が発達しないって論文が出とるぞ。後で送っとく」

「は、はぁ……」

 ユータは暗い顔でうつむいた。


 ガチャリ。ドアが開いてユータの奥さんが焼いたばかりのクッキーを持ってやってくる。

「お口に合うかわかりませんが……」

「おぉ、ドロシー。いきなり来て悪いな。クッキーもええんじゃが、エールはないか?」

 いきなり酒を要求するレヴィア。

「え? エール……ですか?」

 ドロシーは戸惑い、ユータを見る。

 ユータはニヤッと笑い、うなずくと、

「持ってきます!」

 と、急いで部屋を出ていった。

「あ! にゃんこ!」

 ドアの向こうで様子をうかがっていたタニアがミィに駆け寄る。

「へ!?」

 和真の膝の上で丸くなっていたミィは、いきなりの幼女の接近に対応が遅れ、そのままタニアに捕まってしまう。

「にゃんこ! にゃんこ!」

 タニアはミィを引きずり下ろすと抱きかかえ、興奮しながらぶんぶんと振り回す。

「ちょ、ちょっと待つにゃ! うわぁぁぁ!」

 ミィはタニアにもみくちゃにされ、目をぐるぐる回し、タニアは嬉しくて『きゃはぁ!』と歓声を上げた。

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