9. 神仙界

 その夜、ベットに入った和真は寝つけずにいた。この世界があの金髪の女の子たちによって作られ、運営されている、それをハッカーがインチキして悪用している。それは今まで想像もできなかった世界だった。明日、この正解を彼女に提示して仲間に入れてもらうのだ。

 しかし……。そんな世界の運営側に行って自分は何ができるのだろうか? この世界をメタバースのように縦横無尽に飛び回り、好き放題できる、それは確かに魅力ではあったが、不登校の自分が活躍できるとも思えない。また苦しい思いをして行かなくなってしまう未来しか見えなかった。

「なんかピンとこないなー」

 和真は布団に潜る。

 と、その時、パパのことを思い出した。忘れもしない死ぬ直前、パパは何かを見て固まり、そして転落した。パパは何を見たんだろう? 衛星写真で見てもそこにはただの入り江しかなかった。

「もしかして……、彼女ならそれを調べられる?」

 和真はガバっと起き上がり、その着想に思わず手が震えた。

 この世界がメタバースみたいな構造だったら記録は必ず残しているはず。あの瞬間の入り江の情報だってあるかもしれない。パパが何を見たのか? 知りたくて知りたくて、でもあきらめざるを得なかった本当の理由が分かるかもしれない。

 それは和真にとってコペルニクス的転回だった。メタバースから来た仮想現実空間を追い求めたら過去のトラウマをピンポイントに狙えることになったのだ。

「こ、これだよ……」

 暗闇のベッドの上でギュッとこぶしを握り、あの事件以来止まってしまっていた自分の人生の歯車がギシギシと音を立てながら回りだした音を聞いた。


       ◇


 翌日、和真は名刺の住所を頼りに三田に来ていた。

 そこは瀟洒しょうしゃな高級マンションで、インターホンを押すと奥の特別エレベーターで最上階へ来るように案内される。

 和真は言われるがままに最上階のボタンを押した。

 すると、ガン! という音がして、とんでもない速度で上へと加速し始める。

 うわぁ!

 思わず奥のガラスの壁に手をつく和真。

 急に開ける視界、目の前には赤い東京タワーがそびえている。

「えっ!? どういうこと?」

 エレベーターはガラスのチューブの中をぐんぐんと加速しながら空へとすっ飛んでいく。まるで宇宙エレベーターである。

 唖然あぜんとする和真をしり目にエレベーターはさらに加速しながら空を目指した。

 東京タワーが下に小さくなり、皇居が小さくなっていく。雲を抜けると、関東平野が小さくなって青空が真っ暗になる。宇宙に入ってきたのだ。そして星空が見えてきたころ、シュウゥゥンという音がして加速が止まった。

 するとエレベーター内は無重力となってふわふわと身体が浮かび上がってくる。


「あわわわ! 一体何なんだよ!」

 和真は、いうこと効かずにふわふわ浮いてしまう身体を持て余し、悪態をつく。

 やがて上昇速度がどんどん落ちていき、重力が戻ってきた時だった、チン! と音がしてエレベーターが止まる。

 いよいよついたらしい。和真は大きく息をつく。


 ドアが開くとそこには霧のたちこめた大きな湖の水面が広がっていた。

「はぁ!?」

 和真は予想外の光景に思わず口をあんぐりと開けてしまう。

 水面からは温泉のように湯気が立ち上り、あちこちに大きな岩が突き出している。まるで中国の山水画のような静かで幻想的な世界であり、仙人が住んでいそうである。

 しかし、この先どうしたらいいのだろうか?

「泳げとでもいうの? なんなの?」

 和真は水をすくってみる。

 予想外に冷たい水はどこまでも澄んでいて清涼だった。

 手前は浅瀬なので立つことはできそうである。

 和真は渋い顔をしながらそろそろと足を下したが、なんと、水面の上に立ててしまった。

 えっ?

 まるでガラスの上に立ったかのような不思議な感覚だった。

 しかし、一歩踏み出せば水面には波紋が広がっていくのでやはり水であった。しかしそれでも立ててしまうのだ。

 すると、水中に細かな青い光がまるで夜光虫のようにぼうっと灯った。そして、その光はまるで誘導灯のようにずっと湖の奥の方まで続いていた。

 どうやらこの光の方へ歩けということらしい。

 和真は恐る恐る足を出し、霧の濃い湖の奥へと歩き出す。

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