第48話 依頼

 「伯爵様・・・その馬鹿を静かにさせて貰えませんか、俺は目立つのが大嫌いなんですよ。ギルドの中で貴族に呼び止められるだけでも注目を浴びるのに、思いっきり喚かれて迷惑です」


 〈なっ・・・貴様ぁぁぁ〉


 「黙っておれ、エディ殿の言葉が聞こえなかったのか。ギルマス殿、申し訳ないが会議室をお借りしたい」


 俺の話を聞いてないね、この糞親爺も。


 「エディ、話だけは聞け」


 ギルマスに襟首掴まれ会議室に連行されて、伯爵様と向かい合う。


 「ザクセン伯爵殿、私から説明させてもらいます。実はなエディ」


 「ギルマス先に言っておきますが、俺はブロンズの一級ですよ」


 「判っている、取り敢えず話を聞け」


 二月程前からフルン周辺の森にグルーサモンキーが姿を現す様になり、その結果冒険者パーティー5組が襲われ犠牲になった。

 幸いグルーサモンキーは地上での動きが落ちるので、木の無いところでは何とか対応出来るが、其れは襲われた時の話だ。

 頭上の木から降る様に襲い掛かってくるグルーサモンキーに、少数の冒険者パーティーでは対応出来ない。


 動きが落ちるとはいえ其れは樹上に比べての話で、現在確認されている群れは50頭前後の大集団だ。

 襲い掛かって来るのを躱し地上で闘おうにも、次から次に降ってくるグルーサモンキーには対応出来ない。

 伯爵様も領地にその様に危険な野獣が住みついては、住民の安全を保証出来ない。


 そこでギルドと話し合った結果、伯爵様の軍と冒険者ギルドが強制依頼で集めた冒険者達との合同で、対応する事になった。

 然し問題が一つ、群れを監視出来る人間がいない。


 ギルマスが俺の顔を見ながら意味深に頷く。


 「王都での騒ぎは冒険者ギルドに近かった為、多くの者が君の実力を目にする事になった」


 「つい先日、お前がフルンに向かったとの話が伝わってきたので、待っていたのさ」


 「都合良く伝わってきたのね」


 「そう皮肉を言うな。お前は王国にとって貴重な人材であり、尚且つ危険人物らしいからな。しかし一応所属は冒険者ギルドだ領民ではない、お前の首に鈴をつける事も出来ない。出来るのは依頼する事だけだ」


 《どうすれば良い》


 《捜索と監視だけなら、後々の事も在るし受けた方が良いと思うな。転移魔法も知れ渡ってしまったし》


 《少数なら討伐も出来るかも知れないが、50頭前後ってとても手に負えない数だからな。条件付きで受けるからサポート宜しく》


 クロウと相談しているのを、真剣に考えていると勘違いしてじっと見つめているギルマスと伯爵様に、条件を付ける事にした。


 「人間相手なら兎も角、野獣相手の戦闘経験が殆ど無いので、捜索と索敵に監視だけなら受けても良いが条件が在る」


 「内容にも依るが聞こう」


 「先ずギルマス以外の者からの命令に従わない、これは伯爵様や其の部下からの命令や地位に依る如何なる強制も無しだ。つまり俺に如何なる要求もするなって事だ。依頼内容は捜索と索敵に監視のみで、期日をはっきり決めてくれ」


 ギルマスが素早くザクセン伯爵に目を走らせると、伯爵様が鷹揚に頷いている。

 少しは話の分かる貴族の様だが油断は禁物。

 背後の騎士の不満顔を見ると、部下がどう出るか知れたものでない。


 「私に異存は無い」


 「もう一つ追加ですね。伯爵様の部下の方が私を敵にした場合安全は保証しませんが宜しいでしょうか」


 後ろに控える護衛の顔を見ながら告げると、振り返って護衛を見、溜め息を吐きながら頷いて了解した。

 ギルマスからの依頼はフルンの街を中心に、移動距離一日分の街道と森の捜索に見付けた時の報告だ。

 但し街道は冒険者パーティー数組を雇って監視させているので、森が中心の捜索になる。

 出来れば索敵情報も欲しいって、当然見ただけでは群れかどうか判らないから確かめるが、欲張りだね。


 最近冒険者が見た現場周辺を中心に捜索する事になる。

 期間は20日で一日銀貨2枚の報酬と決まった。


 翌日から報告の在った場所を中心に捜索を始めたが、グルーサモンキーの生態は余り知られてなく、樹上生活で殆ど地上に降りないが凶暴。

 食性は雑食で人や動物も襲って食い荒らす・・・襲われた冒険者の事を思うとぞっとする。

 地上を探すのは無駄って事で、気配察知も全周に加え樹上も見ながら森を進む。

 出会う野獣と闘う気が無いので、出会えば木の枝に避難してやり過ごす。


 捜索を開始して5日目に偶然見付けたが、狩りをしている所で獲物の悲鳴を聞き確認にきて、グルーサモンキーの狩りだと気づいた。

 獲物はオーク三頭、樹上から降る様に襲い掛かり、爪と牙の連続攻撃にオークが為す術も無く倒されるのを見て震えがきた。

 倒したオークに喰いつき引きちぎり喰らう様は、背筋が凍る様な饗宴だ。

 巨木の先端部から見下ろしていて気づいたが、倒したオークを奪い合って喰らう群れとは別に周囲を警戒する少数がいる。

 群れの中心から外れ木々に紛れてひっそりと気配を消し動かない。

 グルーサモンキーに気づいたのはクロウの鼻だ。


 《臭いぞ、初めて嗅ぐ匂いだが木々の間から匂ってくるな》


 《木々の間からって、群れは下でお食事中だぞ。それ以外にもいるって事か?》


 《エディは木の天辺辺りにいて、何時でも逃げられる態勢でいろ。俺はちょっくら偵察に行ってくる》


 そう言ってクロウが消え、程なくして帰って来たが毛が逆立っている。


 《駄目だ、俺の美意識に合わない。見張りの奴を見付けたが、オークの頭を齧りながら上がって来たのを見たら気分が悪くなった。見張りは若い個体の様だったが、上がってきた奴は二回りほど大きかったぞ》


 《オーク三頭では群れの腹は膨れないよな》


 《多分直ぐに移動すると思う》


 相談の上移動について行き隙あらば見本に一頭確保する事にした。

 群れの移動が始まったが、見事な移動方法だった。

 木々の枝から枝へ飛び、離れた枝にはしなる枝の反動を利用して自らを高みに跳ばし放物線を描いて目的の枝に飛びつく。

 日本猿の跳躍をテレビで見た事が有るが、グルーサモンキーは大の大人ほどの大きさがある。

 それが枝から枝へと移動するのだが速度も速く静か、走って逃げるのは難しそうだ。


 目的地が在る様でそれが何処か直ぐに判った。

 ビッグボアの親子だ、20メートル前後の高さから飛び降り爪の一撃で行動の自由を奪うと後は雨霰とグルーサモンキーが降り注ぎ襲い掛かる。


 《おいエディ良い考えがある、俺が呼んだら直ぐに来てマジックポーチに仕舞って元の枝に戻れよ》


 《どうする気だ》


 《良いから、呼んだら直ぐに来いよ》


 そう言って消えたと思ったら、ビッグボアの上に現れた。

 倒したビッグボアにむしゃぶりついていたグルーサモンキーがビックリしてフリーズしている。

 瞬間フラッシュを浴びせグルーサモンキーの視界を奪うと、一頭の口の中にフレイムの火球を捩じ込む。

 異変を感じて集まって来るグルーサモンキーに、連続してフラッシュを浴びせ視界を奪っていく。


 《おーしエディ来てくれ》


 即座にクロウの隣にジャンプし、指定されたグルーサモンキーとビッグボアをマジックポーチに入れ、元の枝にジャンプする。


 《いやー目が見えないと判っていても恐いねー》


 《俺なんか小さすぎて奴等の興味の対象外だからな》


 少し離れた場所に一際大きな個体がいるのを発見、其奴で試したい事が有るのでクロウにバックアップを頼みジャンプする。

 突如目の前に人間が現れビックリするグルーサモンキーにフラッシュを浴びせ、すかさず首の頸動脈を斬り付ける。

 剛毛で刃が通り難く殆ど斬れない、一度突き刺し刃を滑らせると一気に血が噴き出して倒れる。


 素早く其奴を掴んで元の枝にジャンプし、死んでいるのを確認してマジックホーチに入れると逃げ出す。

 クロウに掴まり、500メートルジャンプを数回繰り返して貰うと落ち着いた。


 《恐いって言いながら、良くやるよ》


 《フレイムの火球攻撃は冒険者には無理だろう。刃物で殺せる事を確認したかったのさ。あの大きさで動きが速いとなると問題だな》


 報告の為にフルンの街に向かうが歩いて行かねばならない。

 ジャンプで移動すると、冒険者の足でどの程度の距離か判らないから面倒だ。

 7日目にフルンに帰り着くと冒険者ギルドに直行し、ギルマスに面会を求める。

 ギルマスは直ぐに降りてきて開口一番〈おうご苦労見付けたか〉と大声で聞いてくる。

 その声で食堂や依頼票を見ていた冒険者達が集まってくる。

 

 「街の西の森、7~8時間の距離で谷の手前に居たのが2日前です」


 「近いな、数はどの程度だ」


 「ざっと数えて60以上の群れです」


 〈本当かよ、そんな群れを見付けて良く無傷で帰って来られたな〉

 〈俺、グルーサモンキーって見た事無いんだが、どんな奴だ〉

 〈そりゃー猿だよ〉


 先に無傷で帰って来られたと言った男が自分の無知を晒す。

 失笑が漏れ揶揄する声が聞こえる。


 〈知ったかぶりか。万年ブロンズは気楽で良いよな〉

 〈然し良く一人で行くよ。度胸があるのか恐い物知らずか〉


 「でギルマス見本を二体手に入れたので、持って来ましたがどうします」


 「持っているのか? 見せてくれ。シルバーランク以上の奴でも、見た事が無い奴も多いんだ」


 解体場に行きグルーサモンキー二体を並べ、その隣にビッグボアを置くと一層騒がしくなる。

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