転移無双・猫又と歩む冒険者生活

暇野無学

第1話 最悪の目覚め

 「やっ、止めてくれ。お願いだ、悪かった!」

 

 「駄目だ、母さんと妹に何をしたのか忘れたのか。俺もお前に散々殴られて、危うく死ぬところだったぞ。お前には死んで貰う。奴も直ぐにお前の後を追わせてやるよ」

 

 「しっ、子爵様の命令でやった事だ! 私は嫌だって断ったのに」

 

 「それにしては、楽しそうに殴ってくれたよな。お前は鞭の握りを、人を殴るのに最適な型にしていると散々自慢にしていたそうじゃないか。俺はお前ほど熱心じゃないが、お前を殺すために結構手間を掛けたんだぜ。残念なのは、お前が自慢していた鞭の握りで殴り殺せない事だな。代わりに朝までかけて、ゆっくり死なせてやるよ」

 

 猿轡をして後ろ手に縛り、ロープを首に掛ける。

 ムグムグ言いながら首を振り頭を下げて泣いているが、今更だな。

 ロープを梁に通して奴を立たせると、爪先立ちになるまでロープを引き絞り固定する。

 

 「俺は、お前と違って優しいからな、朝まで頑張れば助かる可能性を残しておいでやるよ」

 

 その太った身体で爪先立ち、朝まで耐えられるのならな。

 

 * * * * * * *


 頭が痛い、身体中が痛い。

 どうなっているんだ、薄暗い部屋で目が覚めたが見覚えのない天井。

 

 此処は何処、私はだあれ?

 うん、未だおちゃらける余裕はあるな。

 

 えーと何故身体が痛いのか・・・あんのー、中2病の糞野郎が、何時も止めろって言ってるのに、又冗談混じりに突き飛ばしやがった。

 今回も〈ドーン〉なんて言いながら、歩道も無い交差点の手前で止まった俺を後から突き飛ばしやがった。

 

 タイミングバッチリで、おばちゃん運転のミニバンが目の前にあったよ。

 おばちゃんと目と目が合って〈えっ〉て声が聞こえたように感じた時には〈ドーン〉って音と共に天地が回転していたのを覚えてる。

 

 病院にしては余りにもみすぼらしいし、明かりも無く何か臭う。

 痛む身体で寝返りを打つと、出来の悪い木のテーブルと陶器のカップに水差しが目に入った。

 それと・・・ランプ・・・だよな、これって。

 改めて周囲を見回すと、粗末な木のベッドが並んでいる。

 

 「何じゃこりゃー」

 

 「エディ、起きたの、エディ」

 

 緑の髪に赤い瞳、ラノベ定番の中世ヨーロッパ風な衣装に大きなエプロンの少女。

 嘘だろう交通事故に遭ったらいきなりコスプレって、身体の痛みも忘れてマジマジと少女を見てしまった。

 

 「エディ、大丈夫」

 

 「だれ?」

 

 「ん、エディ痛くない? 派手に殴られたからね」

 

 「此処は何処、病院じゃ無いよな。身体が痛いので救急車呼んで」

 

 「エディ、何訳の判らないこと言ってんのよ。何処が痛いの」

 

 駄目だ身体中が痛いし悪寒がする。頭の痛みを何とかして・・・

 

 次に目覚めた時は真っ暗だった。

 歯の根も合わないって、これかって思いながらカチカチとなる歯の音が頭に響き、震えが止まらなかった。

 誰かの冷たい手が額に当たるのを感じながら、又意識が遠のいていく。

 

 夢を見ていた、母さんと妹が馬車に轢かれて死んだ。

 領主様の馬車は通りですれ違う人を鞭打ったり、わざと馬車を寄せて来て怪我をさせたりと、評判の悪い御者と領主だった。

 その領主の馬車に母さんと妹が轢かれた。

 倒れている母さんと妹を、御者が笞打つのを笑って見ていた領主様は、動かなくなった二人を放置して行ってしまったそうだ。

 

 傷だらけ血でどす黒く汚れた二人が運ばれてきた時には既に死んでいた。

 12才の俺には何にも出来なかった。

 

 街の世話役が母さんと妹の埋葬の手続きをしてくれて、葬儀が終わったら知らない所に連れて行かれた。

 その時に「お前を養ってくれる人もいないので、教会の孤児院に行ってもらう。後の片付けはやっておくので心配するな」と言われた。

 何の事か解らなかったが、家財道具全て売り払い懐に入れたらしい。

 

 らしいてのは後から聞いた話しで、親切そうにしながら金に汚い世話役のいつもの手口だそうだ。

 そんな事を教えられても、俺にはどうする事も出来なかった。

 

 14才の春に、孤児院の食費稼ぎに道路の溝掃除の最中、子爵様の馬車が通りかかった。

 噂の御者が馬車の進路を僅かにずらして俺の方に寄せて来たとき、傷だらけで血に汚れた母さんと妹の姿を思い出した。

 

 ニヤニヤ笑いながら馬車が当たる様に寄せて来る男を見て、一瞬で怒りが爆発した。

 溝掃除の道具を男に投げつけ、止まった馬車の御者席に駆け寄ったが、蹴られて倒れたところを鞭の握りで散々叩かれ気が遠くなっていった。


 * * * * * * *


 そんな夢を見ていたが、目覚めた時に身体中の痛みで夢ではなく現実に起きた事だと判った。

 夢で殴られた所と同じ所が痛むのだと理解した。

 

 だが何故そんな夢を見て身体が痛むのか、解らなかった。

 痛む身体を抱えて悶々とする日々が続いたが、体の痛みも治まり自由に動ける様になった頃には状況を理解した。

 異世界転生、ラノベで読んだ、友達に突き飛ばされて死ぬ事が現実に起きている。

 あの糞馬鹿野郎に突き飛ばされ、ミニバンに跳ねられて死んだのだろう。

 輪廻の輪に入らず、この世界で死にかけのエディって奴の身体に入った様だ。

 推測だが本来子供に生まれる筈が、死にかけたエディをアイリが蘇生させた。

 その結果、生まれる子供に憑依する筈の俺の魂が、エディの身体に取り込まれたのだと思う。

 こんな馬鹿な考えになったのは、アイリが生活魔法を使い動けない俺の身体を綺麗にしてくれたのを見た時だ。

 それと治癒魔法を使い、僅かずつだが確実に俺の怪我を治してくれた。

 俺はアイリを質問責めにして、生活魔法の事を聞いた時には呆れられた。

 

 「あんたは生活魔法を使えるじゃん。まさか、頭を殴られて忘れたの」

 

 戸惑う俺を見てアイリはビックリしていた。

 本当に知らないのだと分かったとき、色々質問されたが何も答えられず、殴られたショックで何もかも忘れたのだと思われた様だ。

 何せ自分の名前や年齢はおろか、生い立ちすら答えられなかったからだ。

 いや、朧気ながらもエディとしての記憶はあるのだが、実感がわかない。

 テレビか小説の物語の様で、まともに答えるのが恥ずかしかったのだ。

 

 アイリが最初に教えてくれたのは生活魔法だった。

 毎朝何も覚えていない俺に、生活魔法をかけて綺麗にするのが面倒だったからだろう。

 クリーン、ウォーター、ライト、フレイムを教えられて、教えられとおりにやると綺麗になるし水も出る。

 俺って魔法使いじゃんって喜んだが、生活魔法は魔法使いの範疇に入らないらしい。

 だが、生活魔法が使える者は、授けの儀で魔法を授かる事が出来ると教えてくれた。

 生活魔法が使えない者は、そもそも魔法の素養が無いので魔法は授からない。

 そう聞いて期待した。

 中2病の、あの糞馬鹿野郎はなんて言ってたかな。

 確か魔法はイメージだ! とか魔力を纏って身体強化すれば能力アップ・・・だったかな。

 そうだ、身体強化ボディーアタックなんてほざきながら、よく突き飛ばされた。


 思い出しても腹が立つ、あの時殴り飛ばしてでも止めさせるべきだったな。

 俺がこの世界に居るって事は、日本では死んだのだろう。

 文野圭吾享年22才、中2病の馬鹿に突き飛ばされて死亡とは情けない死に方だ。

 

 彼奴は魔力を練るとか、魔力操作で全身に魔力を流すって言っていたな。

 魔力切れを起こす事で魔力を増やすとも言ってたが、生活魔法で魔力切れなんて起こるのかな。

 

 試しにウォーター、ウォーター、ウォーターと唱えて、延々と水を出し続けたが、途中で阿呆らしくなり止めた。

 全然疲れなかったので無理みたいだ。

 一回コップ一杯の水をいくら出し続けても、大して魔力を使っている様には思えない。

 

 というか魔力操作って魔力は何処に・・・あの馬鹿はなんて言ってたかな。

 よく椅子の上で座禅をして、丹田に力を集めるだったかな。

 丹田、炭田、たんでんちゃーん、何処かなぁーっと。

 臍下丹田呼吸法なんてあったから、臍の下あたりかな。

 

 無い・・・いくら探してもなーんにも感じない、臍を中心に何か無いかと無心に探す。

 10日目にやっとこれかなと思われるものを、臍の奥少し上に見つけた。

 薄っすらと小さなモヤッとした感じの・・・感覚かな。

 

 これを練るって、こねくり回す方法なんて知らないし、聞いたのは練るって事だけで具体的な事を聞いた覚えが無い。

 まぁ中2病患者の妄想と思って、聞き流していたからなぁ。

 魔法の存在する世界が本当に在るなんて、ハリポタファンなら泣いて喜びそう。

 こねくり回すのは諦めて、魔力操作なるものを試してみる。

 

 魔力を体内に循環させるんだったよな、奴いわく魔法のイメージを固めて注力する。

 ・・・何を注力するんだよ、馬鹿! 散々考えて水の流れをイメージして先ず渦巻きから。

 渦巻きうずまきウズマキ、蚊取り線香は渦巻きだが動いてない、後は洗濯機の泡がくるくる回るイメージしか思い浮かばないが出来ている。

 鳴門の渦潮を思い出したのでイメージを広げてみたら、ちょっと気分が悪くなった、船酔いかな。

 

 慣れてきたので、輪を広げる為と体内を巡らせる練習の為に、掌を合わせて輪を作りぐるぐる循環させる練習だ。

 目を閉じて無心に魔力を循環させる。

 散々聞かされた中二病の寝言も、少しは役に立つ様だった。

 

 これが娯楽のないこの世界で、暇なときの日課になった。

 後々これが役に立つとは思いもしなかったが、ボロボロの身体でやることもない俺の、暇つぶしにはピッタリだったのだ。


 エディ、何やってんの?

 アイリの声が聞こえたと思ったら、腕を叩かれ合わせた掌が外れた。

 

 〈あっ、ぁぁぁーぁ〉

 

 「何気持ちの悪い声を出してるのよ」


 あっという間に力が抜けていく。

 変な声が出たので、アイリが可哀想な子を見る目で俺を見ている。

 身体が怠い、さっきの感覚が魔力が抜けていく感覚なのだろう。

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