第24話

 外に響く爆発音の場所を検知する。王都上空、南の4区だ。まずいな。王城から一番離れている場所だ。そこに凄まじい魔力を感じる。俺と同じ、もしくは以上か!


「エヴァ嬢!コス嬢を任せる。直ちに避難しろ!城内は王に任せた。私は出る!」

 エヴァ嬢が心得たとばかりにコス嬢の手を取る。不安そうな麗の瞳が目に映る。

 

(大丈夫、今度は戻ってくるから)


[アス様のことは私に任せるが良い。貴殿は貴殿のやるべき事をしろ]

 ウルティモの気遣いを受け、腰のヴィアラッテアの存在を確認し、俺は窓から空へ飛ぶ。

 俺の名前を呼ぶ、愛しい人の声を聞きながら。




◇◇◇◇◇◇◇◇




「おや、思ったより早かったね」

 南の4区の上空に到着した俺に声をかける男。こいつが爆発音を起こした者の様だ。自分を圧倒する魔力に、身震いがする。


「一応確認しよう。アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ王太子で間違いないかな?まぁ、ヴィアラッテアを持っているんだ。間違い様がないけれど・ね」

 酷薄な笑みを浮かべる男には余裕がある。嫌な感じだ。

 

 青の様な碧の様な不思議な髪色。血の様に赤い瞳。生まれながらの王者の様な風格に、気圧される自分を感じる。ゾッとする様な美しい顔に残虐な悪魔の微笑み。魅入られたが最後、八つ裂きにされそうだ。

 深い闇の様な黒色の衣類を身に纏い、燃え盛るマグマの様に赤いマントを翻す。

 腰には自身の髪色と同じ鞘の剣。

 

「アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ王太子だ。貴様が先程の爆発を起こしたと、思って良いか?」

 彼の威圧に負けない様に、自身の威圧も強める。ヴィアラッテアはまだ抜かない。


「そうだよ。我ながら絶妙な力加減だと思うよ。ヒトが作った結界は脆弱だ。触れれば壊れてしまう。優しく、優しく壊れない様に攻撃をしてあげたんだよ?僕は優しいからね」

 愛おしい物を見る様に王都を観る。だが、その視線には狂気が含まれている。


「敵対行為を隠さず見せると言う事は、貴様は敵だな?名を名乗れ。不敬だぞ?」

 ヴィアラッテアを抜く。剣先は男の正面だ。剣を向けられても、男の表情は変わらない。


「そうだね。名乗りを受けて返さないのは失礼だ。では名乗ろう」

 笑みを湛えたまま男は剣を抜く。ヴィアラッテアに似た美しい白銀の刃。

「セヴェーロ・ヴェリタ・デルヴェッキオ。君達には魔王と名乗った方が良いのかな?」


 やつの名乗りと同時に、空いっぱいに火の玉が現れる。青い空が夕焼けの様に赤く染まる。魔法の展開を感じさせない強力な魔力に、なぜか覚えがある。


(すごい数だ!これだけの量の火の魔法を一人で発動させるとは⁉︎)


「まずは小手調べだよ。失望させないでくれ」

 セヴェーロが剣を振り下ろすと同時に、火の玉がミサイルの様に降ってくる。向かう先は、俺ではなく王都⁉︎


 咄嗟に王都全体に結界を張る、と同時に魔法陣を起動させる。

「他人を攻撃するとは、度量が知れるな?数に頼るのは器が知れると言うことだ」

 言葉と同時にセヴェーロの頭上に落雷を落とす。辺り一体に雷鳴が轟き、閃光が迸る。


 攻撃は防護結界に阻まれたようだ。セヴェーロの余裕な笑みは崩れない。


「僕を挑発して自分に攻撃を向けさせる気だね?良い教育を受けた様だ。だが闘いについては、井の中の蛙だね。実に稚拙だ」

 セヴェーロの背後に自身より大きい氷柱が現れ、再び空を埋め尽くす。極端に尖ったそれが殺意の高さを物語る。


(なんて魔力だ!)

 

 王都の結界を更に上乗せする。あの攻撃に耐えるために、何重にすれば良いのか。


「無駄が多いね。どうやら君に足りないのは経験値だ」

 セヴェーロの合図で氷柱が王都へ迫る。次々に降る氷柱で結界が砕けたガラスの様な音を立てて割れていく。更に追加しようと魔法を起動させた時、頭上に影が降りた。


 ◇◇◇◇◇◇




「お久しぶりですね。エヴァンジェリーナ・サヴィーニ様」

 ドレスを優雅に摘み、私に向かってカーテシーをする女を目の前にして動揺する自分を発見する。


「相変わらず、礼儀を覚えないのね。位が下のものから話しかけてはいけないと何度も注意したはずでしょう?本当に呆れるわね。でもわたくしは心が広いから許して差し上げるわ」


 空間からいつもの扇子を出そうとするが、繋がらない。魔法を封じられている様だ。頭に来る!あの扇子に攻撃魔法を仕込んでいるのに。 


「貴女はなんとお呼びすれば良いのかしら?ラウラ・アイマーロ男爵令嬢ではないのよね?」

 動揺を見せない様に、やや高慢な態度で話しをする。私の後ろには麗がいる。怯んでは、いけない。


 咲夜が外に飛んで出てすぐ、応接間から避難しようとした時に、この女は空間を割くようにして現れた。

 ふわふわしたピンクゴールド色の髪を持つ女は、かって見たことのない表情を顔に浮かべる。かわいいと言われていた大きな黄緑の目に浮かぶのは、無関心で冷ややかな色。


「わたくしの事はラウラとお呼びくださいませ。これから誠心誠意お使えしますわ」

 右手を胸に置き、艶やかに笑って見せながら、深くお辞儀をする。ちゃんとできたのね。今まで散々注意しても、やらなかったくせに!その変わりように感心するわ。


「貴女様をお連れするのに、その小娘は邪魔ですね」

 笑みが一転し冷酷な表情へとかわり、私の背中で震える麗を見る。


 まずい!まだ麗は過去のトラウマを克服していない。

 麗の肩を掴み、更に私の後ろに隠す。私の息子の大事な人だ。誰に代えても守らなきゃいけない。


「連れて行く?どちらへ?わたくしの居場所はこの城。アダルベルト様の隣ですわ」


「あの様な脆弱な男は、エヴァンジェリーナ様に相応しくございません」


「あら?まるで他に良い人がいるかの様な言い方ね。ではなぜ、わたくしは貴女とアダルベルト様を奪い合う必要があったのかしら?」


「さぁ、わたくしは命令に従っただけですから」


「まるで主人がいるかの様の言い方ね。自ら迎えに来れない様な臆病者にわたくしはもったいないわ」


「その程度の誘導で主人の名を出すほど、わたくしは愚かではありませんのよ?エヴァンジェリーナ様」


 自信のある笑みは崩れない。この女がついこの間まで男の一喜一憂に表情を変えて、男共に媚びていたのかと思うと自分の記憶を疑いたくなる。


「時間稼ぎはもうお終いですか?終わりの様でしたら、わたくしとご一緒しましょう」

 更に企みまで曝露される。分かっている上でここに残るとは図々しい。


「扉の前に兵がいたはずだけど、どうしたのかしら?」

「あの程度の羽虫。気になさる事はございませんよ」

 そうか。おかしいと思ったけど、もうやられているのね。


「強者の風情ね。卒業パーティーの後にアダルベルト様に負けた割には」

「あら木端のくせに記憶を取り戻したと言うのですか?思ったよりも根性があると言う事ですね。芋虫くらいには格上げしましょうか」

「その芋虫に負けた女がよく言うわ」

「その女にすら勝てないのが、ここの兵士ですわ。エヴァンジェリーナ様」

 

 彼女の言葉と同時に扉が乱暴な音を立てて開く。

「お父様!!」


「エヴァ!無事か⁉︎」

 父が兵士を引き連れ姿を現した。正面にいるラウラを捉えて真っ先に魔法陣を展開させる。

「貴様、ラウラ・アイマーロ!!」

 父の魔力は王に続いて多い。私は安堵の笑みが浮かぶ。

 だがラウラの笑みは崩れない。待ってあげていたと言わんばかりに目が見開く。狂気の目だ!


「お父様!!」

 声を上げた時には遅かった。ラウラの前方に魔法陣が出現し、そこから無数の氷の刃が放出される。放出された鋭い刃が、幾重にも張られた結界を紙のように切り裂き、父や兵に突き刺さる。お父様の腹の部分に刺さった氷の刃は背中まで達している!


 咄嗟に回復の魔法陣を展開する。だが手を伸ばした先にある魔法陣は起動しなかった。

「手を離せ!ラウラ‼︎」

「我先に助け様とする姿。さすがです。エヴァンジェリーナ様。ですが今は無理です」

 体に何かが乗ったかの様に重くなり、目の前が暗くなる。ダメだ!今、気絶してしまっては誰一人助けれない!助ける事ができない!

 ここが踏ん張りどころだと奥歯を噛み締めるが、全身麻酔のような強制的な眠りに抗うことができない。


 悔しい……。なぜ、この程度の力しかないのか……。


 抗えない眠りの中、最後に聞こえたのは麗ちゃんの声……。





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