第6話 キスをしよう

 ディーナは『ウェルスオリジナル』を作ろうと在庫を確かめる。

 勿論、ウェルスの為に作る矢だが、彼が兵士団に入ってからはちゃんとお金を取っている。結構な余裕もある様で、コンポジットボウの分の金も順調に返してくれているし、生活費も入れてくれるようになった。ディーナ達の生活も、黒字が続いている。

 カパっと矢羽根入れを開けると、羽がふわりと舞い上がった。この店で、一番大きい羽だ。


「グリフォンの羽が足りないなぁ。じーちゃーん! おい、じーちゃーん!」

「聞こえとるがな。なんじゃ」

「あたし、グリフォン狩りに行って来るよ。二、三日留守にするかも」

「わしが行く。お前がいなくなると、ウェルスがうるさいからのう」

「え、うるさいって、どんな風にだ?」

「無言でわしを責める」

「あっはは、そりゃうるさいね!」


 ヴィダルは自身の弓具を手に取り、狩りの準備を始めた。


「じーちゃん、無理するなよ」

「誰に言っとるか。ああ、わしが戻るまで集金はするなよ」

「分かってるよ。いってらっしゃい!」

「ウェルスによろしくの。じゃあ、行って来る」


 ヴィダルを見送った後、ディーナは作りかけていた弓の製作に戻った。

 ヴィダルは、矢の配達をさせてくれても、ディーナに集金を命じた事は一度もない。それが何故だか、ディーナには分からなかった。


 日が暮れる頃、店の扉が開いた。ディーナはその人物を笑顔で迎える。


「おかえり! ウェルス!」


 ディーナが跳ねる様にウェルスに飛びつくと、ウェルスは笑ってディーナの額にキスをした。それが習慣になっている。


「今日は早く終わったから、野ウサギを狩って来た」

「わお! じゃあ今日は野ウサギのシチューにしようよ!」

「いいな」


 ウェルスはウサギを捌き、ディーナは野菜を切る。味付けは全てウェルスに任せた。長く奴隷でいたため、まともな物を口にしてこなかったディーナの味付けは、大味過ぎるのだ。

 その点、ウェルスの味付けは繊細で美味しい。少し薄味だけども、素材を生かした健康的な味付けだ。


「おっし、完成! 早く食べよ!」

「ヴィダルさんは……」

「じーちゃんは狩りに行ったから、しばらく戻んないよ。はい、どーぞ!」


 ディーナは器にシチューをよそい、ウェルスに手渡した。

 そしてディーナも自身の器にもよそい、シチューを口に入れる。


「んー~~っ、ウェルスのシチュー、最高! 幸せ~っ! 幸せ過ぎるから、ちゅーしちゃえっ」


 そう言ってディーナはシチューを味わいながら、ウェルスの唇に自身の唇を当てた。

 ウェルスもディーナがキスをしやすいように、少しかがんでくれている。

 自分でそうしておきながら、照れた様にディーナは笑った。


「えへへ。じーちゃんがいないと、いつでもキス出来ちゃうねっ」

「そうだな」

「へぇー……ウェルスもじーちゃんに気を使ってたのか?」

「流石にヴィダルさんが横で寝ている所で、ディーナに手は出せない」

「そっかー、じゃぁ今日はじゃんじゃん手を出していいからね! ジャンッジャンッ!!」

「分かった」


 ディーナは楽しそうにケラケラと笑っている。それを見て、ウェルスもつられるように笑うのだった。


 ディーナはヴィダルがいないのをいいことに、五分置きにウェルスにキスし、彼もそれに応えた。

 シチューを食べながらキスし、食器を洗いながらキスし、部屋を片しながらキスし、語り合いながらキスし、布団を敷きながらキスをした。

 そして布団に入ると、ディーナは深い息を吐く。


「あーあ……もう寝る時間かぁ。楽しい時間はあっと言う間に過ぎちゃうね。夜更かしするわけにもいかないし」

「私は大丈夫だ」

「そういうわけにいかないだろ? 明日も仕事があんだから。おやすみ。また明日ね、ウェルス」


 最後にちゅっとキスをすると、ディーナは布団に潜り込んだ。


「……ディーナ」


 しかしウェルスの声がし、目を開ける。彼はディーナの布団にそっと入って来ていた。


「ウェルス?」

「一緒に寝よう」


 なるほど、とディーナは思う。


「その手があったか! いいよ、一緒に寝……」


 全てを言い切る前に、強く抱き寄せられた。その手の動きが、いつものウェルスとは違った。そこでようやく、ディーナは察する。


「待っ………ウェ、ルスッ」


 ディーナの言葉に、ウェルスは動きを止めた。


「嫌か?」

「嫌なわけないよ! ウェルスなら、良いに決まってるじゃないか! でも……」

「でも?」


 ディーナはウェルスから顔を背けた。言いたくない事だが、言っておかなければ。知っていてもらわなければという思いから、口を開く。


「ごめん!……あたし、初めてじゃないんだ! 奴隷の時、無理矢……っ」


 ウェルスの唇に塞がれ、次の言葉は飲み込まれた。もう一度言おうと試みるも、執拗なキスを繰り返され、言葉にならない。


 言わなくて良いって事かな……。


 ウェルスからもたらされる初めての深いキスを味わいながら、ディーナはウェルスの優しさに身を委ねた。

 まるで全てを分かってくれていそうなウェルス。

 ディーナも彼の全てを知りたいと思った。

 ウェルスを幸せにしてあげたいと思った。

 そしてそれが出来るのは、世界中で自分だけだと思った。


 二人は互いの幸せのために、体をあずけあった。





 ヴィダルが帰って来た時、彼は二人の変化に気付いた。

 ウェルスとディーナ。どこか落ち着いた雰囲気が出来上がっている。

 ウェルスを好きになって、はしゃいでいただけのディーナが、大人の女性になっている。


「ようやくか」


 ヴィダルの呟きに、ウェルスの耳はピクリと動いた。


「……すみません」

「ぐはは! 謝るでない! むしろ、お礼を言いたいくらいじゃよ。『好きになったみたいだ』、なーんて阿呆な告白しとったディーナがのうー」

「……ちょっと、じーちゃん……」


 聞き捨てならない言葉が耳に入り、ディーナはヴィダルを睨みつける。


「あの時、聞いてたのかよ!!」

「お前の声がでかいからじゃい。しばらく中に入れんで、凍え死ぬかと思うたわ」

「み、み、み、見たのか?!」

「わしが凍えとるというのに、熱い抱擁を交わしとったのう」

「ジジイーーーー!! 気配消して見てんじゃないッツ!!」

「がははははっ」


 大人になったと思った孫娘だったが、あまり変わりはないと分かって、ヴィダルは笑っていた。

 ウェルスは怒るディーナをも愛おしそうに、優しい目を向けた。

 ディーナはそんな二人と過ごせる時間が、とてもとても──幸せだった。

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