第33話 Code Injection
ごく僅かな有利を潰され、戦況は圧倒的な不利へと転げ落ちた。
「
その情報は、彼の放った
敵――
「
零一の表情の陰りを指し、
「…………」
脇腹を踏みつけられた痛みの残影。筋肉疲労から来る酸素の枯渇。
脳の機能が鈍ろうとも、思考を巡らせようという意志が、頭に血を送りこむ。
力で勝てない相手には、策で勝つしか方法はない。
にじり寄る
「
クラス:
一つを対象とし、その足元の地面を割り、地面の亀裂に落ちた対象を
「っ!」
スキル名を聞いた
だが、そこにはアスファルトがあるばかりで、割れる様子はない。
詠唱もなくスキル名を叫んだだけの、零一のハッタリである。
「高名なハッカー様が、ただの時間稼ぎしかできねぇかっ!」
その口で唱えるのは、炎を呼ぶ詠唱。
「底に
接近からの殴打と、無差別範囲攻撃の二択。
暴力の二択を同時に押しつけようとする
暴力への対策として、零一が手首のスマート・リングを口に近づける。
「
『承知いたしました』
合成音声がスマリから流れ、零一は両腕で目を
刹那。
カッ!
閃光が、零一の至近距離で炸裂する。
「がっ!?」
接近してきた
その目くらましに、一か八かの勝機を乗せる。
零一は、
「
零一の囁く声。
至近距離まで近づいた
「どらあっ!」
一瞬前まで零一が居た位置に、
敵の視覚はいずれ回復する。零一が早口で続唱した。
「
唱えるのは、障害物があろうと全てを貫通する――
必殺に全てを賭ける零一に対し、
「――揺れ乱れ
閃光によって中断させられたはずの、
ゴオッ!
可燃物もない地面に、一気に火の手が上がった。
「なっ――!」
――詠唱が中断したとしても、再開すればスキルは行使される。
直感を裏切る事実に驚愕し、零一の口が止まった。
ボウッ!
零一の制服に、炎が着火する。
バッ!
炎から逃れるべく、制服の上着を脱いで捨てる。
延焼への防御策に1アクションを起こし、一瞬の隙が生まれた。
そして、炎の中から――
ドズンッ!
「がっ!?」
視界が回復した
ダンッ!
ガッ!
零一の首に、
「っ……!」
「へっ、ようやく捕まえたぜ」
零一を再度追いこんだ
二の次にしていた自身の炎を消火するべく、唱えるのは初級スキル。
「湧け、生命の源泉。
バシャッ!
虚空から湧いた水をかぶり、
ギュウッ……!
首が絞まる。
「っ!」
零一の手が苦悶に藻掻くと、
「おっと、同じ手は食わない」
「ゲホッ!」
シュルッ……。
咳きこむ零一をよそに、
ギッ。
そのネクタイで零一の手指を縛り、ジェスチャー入力ができないように拘束した。
グッ!
そして、零一のワイシャツの首襟をつかみ、
「脈動の色、
後はスキル名を唱えれば効果が発動する所まで言い終え、
「……これで、お前がスキルを発動するよりも、オレの方が先になる。
これにて、
詠唱の中断と再開の性質を理解した
零一は、危機に緊張していた
「……いい加減に……負けを認めるか……。
俺は、もう逃げない。少し……力を緩めてくれないか……頭が張り裂けて……破裂しそうだ」
零一の
仇敵の情けない声を受け、
「ああ、分かった。足のつく状態で殺すのは、オレの
しかし、零一が逃げないようにしっかりとつかむ。
薄い酸素を吸う零一は、ずっと頭に残っていた疑問を
「……簡単に俺の現在地に至る事はできないはずだ。
ログインしている間、一瞬の例外もなく、常に秘匿処理をしている。どうやって突き止めた?」
問うのは、技術的疑問。
ヴェイン上でしか接触しなかったはずの
「まあ、冥土の土産に教えてやろう。
オマエも分かるとは思うが、ヴェインには様々なセキュリティホールはある。
だが――個人情報にアクセスできるような穴は塞がれている」
「…………」
「ヴェインで現実の位置情報を割り出せないなら、現実世界をハックすればいい。
そこで、オレたち
「……放火魔となり、恐怖を扇動する事のどこがハックだ。
幾らも心があるなら、そんなバカな事は制止すべきだろう」
零一が異を唱えると、
「ぐっ……!」
「礼儀を弁えろよ、
それで、だ。田舎を荒らしてどうするって話だが――役場のシステムを乗っ取る為に必要な手順だったのさ」
「知ってるだろ? オレたちの足元には、インプラントと通信できる端末が設置されている」
今や日本全国、電柱や道路には通信端末が埋めこまれている。
日本国民の
急病人が発生した際の自動救急発信、犯罪者の捜索などに使用される。
その通信端末には、幾重ものセキュリティが施されている。
今もなお、通信端末のセキュリティが破られたという報告はない。
「火の手を上げて、災害を演じてやれば――役場は安否確認の送受信機能を起動させる。
オレは役場に待機しておいて、
そして、機に乗じて――オレは役人の目の前にエサを突きつけてやったんだ」
通信端末それ自体をハッキングするのは現時点で不可能。
だが――通信元には、つけ入る隙がある。
災害発生時、役場は通信端末を操作する送受信サーバを起動させる。
役人が起動用のパスキーをかざしてサーバを起動させ、アラートを出す手順になっている。
そのサーバ起動と、アラート発信の間に――
騒ぎに乗じて、サーバの近くに一枚の紙が置かれた。
「災害発生対応用コード」と書かれた、二次元コードである。
役人は
その結果、
「誰もこの
まあ、緩い役人が扱うものだからだろうな。致命的な情報は漏洩しないようになっていた。
せいぜい読み取れたのは、全住民の位置情報と健康状態、IDトークンくらいだ」
「……IDトークンと位置情報を突き合わせば、田質町内に存在するヴェインプレイヤーと、現在地を割り出せるという事か」
「ご名答」
ハッカー間で、情報のすり合わせが完了する。
IDトークンは、インプラントから発行される識別子の一つである。
インプラントと連携する外部サービスに渡される、個人毎に一意の、ランダムな文字列からなる識別子。
この識別子はアクセストークンとは異なり、全てのサービスにおいて共通の識別子となる。
この識別子だけを入手しただけでは、個人を特定するには至らない。
役場の情報と照合してようやく――ヴェインから入手したIDトークンは、田質町内限定で位置情報を割り出せるのだ。
これで、零一の疑問の一つが解消される。
残った疑問はあと一つ。
「……あの日、自分はヴェインでお前に
いつ、どうやって、あの一戦から復帰できた?」
零一の質問に、
「別に、どうという事はない。
オマエにヴェイン上で殺された際、人がいなくなったのを見計らって
実に単純な解決方法だ。
それを聞き、零一が深くうなずいた。
「分かった……それだけ訊き出せば充分だ……」
「ようやく満足か? それなら――死なない程度に半殺しにしてやるよ!」
逆光の夕陽で赤く染まる拳を見て、零一が渾身の気力で叫んだ。
「
詠唱のないはずのスキル名。
それもまたハッタリだと指摘しようとほくそ笑む
彼の思惑を裏切る切っ先が、零一の足元から顕現する。
ギギギギギギンッ!
「ッ!?」
クラス:
地面から巨大な氷柱を何個も生成して相手を貫く。
「がっ……!」
体の部位のいくつかを貫通され、痛みに喘ぐ
「……っ!」
心臓や大動脈のある致命的な部位を避け、氷は幾つも生成されていく。
氷に吊るされて宙に浮く
「クソッ――
既に詠唱を唱え終えていた炎の範囲攻撃を起動させるが、最上級スキルには敵わない。
巨大な氷柱群は、灼熱の炎を浴びてもわずかしか溶けず、厳然と
「チートかッ!? まさか現実世界でもチートを――」
詠唱なしでのスキルの行使。
あり得ないはずの事態に
『……いい
俺は、もう逃げない。少し……力を緩めてくれないか……頭が
――
『……簡
ログインしている間、一
――
『……放火魔
幾
――となり、
『……あの
現界蝕者は、ヴェインで戦闘不能になる事で
――
零一の言葉には、
「……鼠を角に追い込んでも、まだ狩りは終わってないぞ、
逆転勝利した零一は、
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