第130話 忘却からの再会
◆◇◆◇◆◇
本体の方では、皇帝ヴィルヘルムとの謁見に臨むSランク冒険者のフェインの付き添いをしている頃。
分身体その一を動かして向かったのは、ナチュア聖王国から救出した
ユニークスキル【
一部の空間系の能力や魔法でもなければ脱出不可能な異界の中に作られた家屋に近付くと、この家屋の管理用に生み出した女性型の分身体に扉を開けさせた。
ナチュア聖王国から救い出した者は多く、彼らのケアと今後の手配をしている間は異界人達に構っている余裕はないので、救出してすぐに異界人達だけは眠らせておいたのだ。
その異界人の中でも一人だけは今朝方に目覚めるように睡眠効力を調整しておいた。
女性型分身体の手でこの世界に関することを纏めた参考資料を渡しておいたので、暇つぶしにはなっただろう。
そんな彼女に与えた部屋の前に移動し、ドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼する」
部屋の中にいたのは高校生か女子大生ぐらいの外見の女性で、異界人の中でも彼女だけは今日目覚めるように調整していた。
切れ長の目をした知的な雰囲気の美少女で、瞳はレッドスピネルのような鮮やかな赤色で、長い髪は烏羽のような艶のある黒色をしている。
赤色の瞳には微かな警戒心が宿っているが、今の俺の隠密スタイルな衣装を考えれば仕方のないことだ。
「……グリムさん、でしたよね?」
「ああ。覚えていてくれて何よりだ。まぁ、偽名なんだがな」
「そうでしょうね。そんな格好をしていますから……」
「今さら改めて聞くようなことでは無いのかもしれんが、ナチュアを脱出することを選んで後悔は無いかね?」
ナチュア聖王国から救い出した異界人達は、あの国に同時に召喚された者達の四割ほどだ。
あとの六割は、ナチュア聖教に傾倒していたり心根がクズだったりなどの理由で初めから救助対象から外している者や、各々の理由から脱出を拒否した者達なので此処にはいない。
そんなナチュア聖王国に残る彼らだが、聖王都に侵攻しているアンデッド軍との戦いに駆り出されていた。
アンデッド達には今残っている異界人に手加減する必要は無いと追加の指示を出しており、現在までに死亡した異界人からは、自動発動した【
「あのままナチュアに残っていても碌なことにはならなかったでしょうから、脱出したことに後悔はありませんし、グリムさんには感謝しています」
「それなら良かった。君達異界人向けにこの世界についての参考資料を作ってみたんだが、どうだった?」
「ナチュアで教えられていたこととはかなり違いましたね」
「だろうな。君達を洗脳するには他国での一般常識は邪魔だからね」
「……本当に脱出して良かったと思います。グリムさん、改めてお礼申し上げます」
「どういたしまして。その代わりと言ったらなんだが、このアンケートに答えてくれるかい?」
ペンと質問事項が書かれたアンケート用紙を渡す。
そして予め解答が書かれている同じアンケート用紙を裏返してテーブルにおく。
「えっと……?」
「まぁ、深く考えずに全部埋めてみてくれ」
「分かりました」
そこまで大した数ではないので、少女は五分ほどで全てを書き終えた。
「終わりました」
「では答え合わせだ」
裏返していた用紙をひっくり返す。
そこに書かれている内容は、少女が書いた解答と殆ど同じだった。
特に、住んでいた国の名前や、世界または惑星の名前、年号名、最後に通っていた学校の名前などの一部の解答欄が俺が書いた用紙と同じだったこと。
そして、学校に入学した時の年月や生年月日などの個人情報が俺が知ってる情報と同じだったことが重要だ。
「……えっ?」
「あー、この的中率はやっぱり同じ次元か? つまり、キミは俺が知っている
やっぱり忘れさせられていたのは、世界の修正力なんだろうな……。
「それってどういうーー」
「それじゃあ最後の答え合わせだ。俺は一体誰でしょうか?」
顔に着けていた
俺の素顔を見た瞬間、彼女の動きが止まった。
「……リオン、くん?」
「お久しぶりです、
「ーーリオンくん!!」
瞠目したまま震える声で俺の名前を呼ぶセレナ先輩は、目尻に涙を浮かべながら俺の胸に飛び込んできた。
◆◇◆◇◆◇
俺が高校生の時に仲の良かった同じ高校の一つ上の先輩だ。
彼女のことを思い出したのは、先日の異界人救出時に分身体で対面した時で、その際に【
[情報修正対象と接触しました]
[現在地が修正対象世界かを確認中……]
[修正対象世界ではないため、情報修正が解除されます]
[修正解除対象:
[【
直後に襲ってきた激しい頭痛と溢れ出す記憶を【苦痛耐性】で乗り切ると、その時は記憶に関しては一先ず横に置いてからセレナ先輩達の救助活動を続行した。
救助活動とダンジョン踏破を終わらせた後。
これまでに得た知識などを参照しながら、熟考と推察を重ねて導き出した答えはこうだ。
高校卒業を間近に控えたある日。
セレナ先輩とその他先輩方はナチュア聖王国に強制召喚されてしまった。
いきなり数十人もの人間が世界から消えた結果、世界のシステムが現在と過去の辻褄を合わせるために、強制召喚された者達が初めから存在しなかったことにした。
親交のあったセレナ先輩のことを忘れていたのは、世界による辻褄合わせーー世界の修正力による仕業だったわけだ。
本体がエクスカリバーの能力によって精神干渉に対して完全防御状態になっていたタイミングだったので、記憶操作などの精神干渉攻撃を受けたとは考えられない。
【情報賢能】による通知もあるので、これが偽りの記憶という可能性は無いだろう。
それに、この世界に来て間もない頃に自作スーツに身を包んだ際に、学生時代に文化祭で俺のスーツ姿を見たセレナ先輩が褒めてくれた時のことを思い出しかけたことがあった。
前の異世界での神殺しなどの濃厚な経験や力によって、世界からの記憶修正を破りかけていたようなので、もしかしたらいずれ自力で解除していたかもしれない。
眷属ゴーレム越しに見た時は何も無かったのは、眷属ゴーレムという余計なフィルター越しだったからだろう。
「ーー廊下を歩いていたらね。通りがかった教室から発せられた光に呑み込まれちゃったの」
「巻き込まれ召喚ですか。当時流行ってた小説でよくありましたね」
「現実にそんなことが起こって、自分が当事者になるなんて夢にも思わなかったわ」
「でしょうね……そろそろ離れません?」
「嫌。撫でるのも止めちゃ駄目よ」
まぁ、今まで心細かっただろうしな。スタイルの良いセレナ先輩とこの状態でいるのは、正直言えば役得だ。
仕方ないので言われる通りに、抱きついたまま離れないセレナ先輩の頭を撫で続ける。
「取り敢えず、先輩が召喚されてから今に至るまでの俺のことを話しますので聞いてください」
「……そういえば少し歳をとった?」
「先輩が思う以上にジジイになったんですよ。先輩はこの世界に来てからどのくらい経ちましたか?」
「えっと、半年は経ってるから……たぶん九ヶ月かな?」
「ふむ。俺よりも一ヶ月ちょっと先に召喚されたわけですか。やっぱり元の世界との時間の流れは異なるみたいですね」
「そうなの?」
「ええ。それじゃあ話しますよ」
それから俺の高校卒業からジジイになって病死してこの世界に転生するまでをダイジェストーー前の異世界に関しては、十年間その世界にいたことと、元の世界に帰還したら時間は経っていなかったことだけを話したーーで語った。
それにしても、俺が第二の人生を送る場所として選ばれた先の世界に、前世で仲の良かった女性が召喚されているのは、果たして本当に偶然なんだろうか?
ま、答えは出ないし、既に過ぎたことだし、知ったところで自己満足以外に得るモノも無いので、どうでもいいか。
「じゃあ、今のリオンくんは私よりも約五十年分の人生経験があるのね?」
「そんなところですね」
「どの世界でも一度も結婚しなかったの?」
「結婚願望は特にありませんでしたから」
「ふーん……結婚をする気はあるの?」
「いずれは。でも暫くは独身のまま第二の人生を楽しみたいところです」
「文字通りの第二の人生か……そのあたりの感覚は私はまだ分からないなぁ」
「生まれた世界とは違う世界ですが、まだ十代の先輩の人生はこれからですよ。まぁ、そういう色々な経験の果てに異世界召喚許すまじの精神でナチュア聖王国を滅ぼしてる最中なわけです。あ、先輩、今話したこととかが外部に漏れたらマズイので、守秘義務を遵守させる契約書にサインをお願いします」
【
「そういう抜け目ないところはリオンくんらしいわね。うーん、リオンくんはサインして欲しいの?」
「はい」
「じゃあ、セレナって呼んでくれたらいいわよ」
「セレナ」
「……えっと、今後も、って意味よ?」
「今後も?」
まるで今後も呼び続ける機会があるかのような物言いだ。
「……もしかして、私をこのまま放り出すつもりだった、とか?」
「放り出すという言い方に語弊はありますが、どこか治安の良いところにある程度の支援付きで送り出そうとは考えていましたね」
「……」
ガーン、とショックを受けたかのような表情から察するに、どうやら俺について来るつもりだったらしい。
これは、連れて行かない理由について説明をした方が良さそうだな。
「知っての通り、この世界は比較的平和だった元の世界とは違って、魔物や人同士の争いなどによって簡単に人が死ぬような、人の命が軽い世界です。俺自身も敵ならば老若男女問わず討つ方針ですし、これまでにも多数の命を奪ってきました。そしてそれは、これからもこの世界で生きていくために変えるつもりはありません。俺について来たら、元の世界の価値観や倫理観から外れた血生臭くて物騒なところを見ることになるでしょう。だから、先輩を連れて行くわけにはいきませんよ」
「……私ね。この世界に来て一ヶ月が経った頃に初めて実戦を経験したの。その時に初めて命を奪ったわ」
「そうなんですか?」
「ええ。ナチュアの騎士達に連れて行かれた先で遭遇した盗賊だったんだけど……今思い返せば本当に盗賊だったかも怪しいんだけどね」
確かに。召喚した異界人達に実戦経験を積ませるため、
「騎士達も手助けするつもりは無かったから、殺さなければ殺されるところだった。だからその時に決めたの。この世界に適応して生きていく覚悟を。ナチュアが元の世界に戻れる手段を用意しているとは思っていなかったのもあるんだけどね」
「なるほど……」
取り敢えずアレだな。今も聖王都含めた各都市で蔓延中の、ナチュア聖教の信者のみを苦しめる呪病の効力を強めるようにしておくか。
「だから、リオンくんの気持ちは嬉しいけど、価値観などの違いに関しては、もう心の整理がついてるから大丈夫よ。それに、せっかく再会出来たリオンくんと離れ離れになる方が私は嫌かな?」
上目遣いで困った表情を浮かべたままそんなことを言ってくるセレナ先輩。
そういえば、この人って小悪魔的なところがあったっけか。
「まぁ、そこまで言うならいいですよ」
「本当っ!?」
「本当ですよ。でも、ナチュア聖王国がクズ国家とはいえ、一つの国を滅ぼすことを実行するような男ですよ。他にも色々暗躍してますし、そんな男について行っていいんですか?」
「相手は悪人だけなんでしょう?」
「はい。ですが、巡り巡って悪人じゃない人にも影響は出るでしょうね」
「悪人だけ倒して全てが丸く収まることが無いことぐらい理解しているわ。リオンくんは無差別に破壊を撒き散らすんじゃなくて、理性と分別を持って悪を討ってるんでしょう? そんなリオンくんを私は忌避しないわよ」
「……先輩」
「なぁに?」
「抱いていいですか?」
「っ!? ゴホッ、ケホッ!」
俺の発言を聞いて咽せだしたセレナ先輩の背中を摩る。
その場凌ぎの虚勢では無いことは【審判の瞳】と【看破の魔眼】で分かってるし、そこまで心構えが出来ているなら連れて行っても大丈夫かな。
「こ、心の準備がいるから、ちょ、ちょっと待ってて!」
「……一応言っておきますが、抱くと言っても抱き締めるという意味ですよ」
「……」
「先輩は何を想像したのでしょうかね?」
俺の言葉を聞いたセレナ先輩は、羞恥から顔を赤く染めると俺の胸板を叩いた。
「忘れていたわ……リオンくんが意地悪な後輩だってことを!」
「俺も半世紀ぶりに先輩の弄り甲斐のある可愛らしい姿を見れて満足ですよ」
「名前で呼びなさい!」
「先輩呼びが言いやすいので、そのうちですかねー」
ま、内心でぐらいは名前で呼ぶか。
俺の胸板を叩き続ける、どことなく嬉しそうな様子のセレナからの抗議を受け流しながら、今後の予定を修正するのだった。
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