第94話 皇帝との邂逅
◆◇◆◇◆◇
「ーー面を上げよ。ふむ。お主が近頃噂になっている真なる竜殺しか。噂以上に雰囲気のある若者だな。余がアークディア帝国皇帝、ヴィルヘルム・リル・ルーメン・アークディアだ。お主の名も聞かせてくれ」
豪奢な内装の室内でも一際目立つ大きさの寝台の上から声を掛けられた。
顔を伏して跪いた状態から顔を上げ、声を掛けてきた相手へと視線を向ける。
この部屋の主であり、今代のアークディア帝国皇帝であるヴィルヘルム・リル・ルーメン・アークディアは、外見年齢三十代ぐらいの少し痩せ気味の冠魔族の男性だ。
冠魔族の種族特徴である、冠のように側頭部から生え揃った三対の魔角に自然と目が引き寄せられる。
ここに来るまでの回廊にはヴィルヘルムの肖像画があったのだが、その絵姿よりも痩せているのは病とか呪いとか言われている現在の症状が原因なのだろう。
種族も性別も異なるのに、それでも何処となくレティーツィアとの血の繋がりが感じられる整った顔立ちをしている。
髪の色こそ同腹の妹であるレティーツィアと同じ
身体が弱っていてもなお、此方を見つめるその碧色の眼差しには力強さが宿っているのが感じられる。
「ーーリオン・エクスヴェルと申します。皇帝陛下の御尊顔を拝謁する機会を賜り、誠に恐悦至極に存じます。また、Aランク冒険者として名誉男爵位を賜りましたことを、この場を借りて御礼申し上げます」
自己紹介ついでに爵位のお礼を告げておく。
直接受け取ったわけではないが、形式上は国の君主たる皇帝から与えられたことになっているからだ。
名誉男爵位ともなれば、たぶん皇帝自身の許可を得る必要があるから間違ってもいないだろう。
「偉業たる単独での竜殺しは勿論、大規模なオークコロニーの殲滅に、未発見だったミスリル鉱床の発見とそこへの素早い開坑を考えれば当然のことだ。お主が帝国に齎してくれた名声や莫大な富などの功績を考えれば、名誉男爵位だけでは寧ろ少ないぐらいだ。宰相が止めなければ名誉子爵位まではやれたんだがな」
「冒険者になって間もない若者が得るには、利よりも損の方が大きいと判断したまでです。竜とコロニーの討伐だけなら名誉男爵位が妥当ですが、名誉子爵位ではそれら以外の伏された功績があることを国内外に教えるようなものです。ミスリル鉱床の存在を明かすのはまだ時期尚早なのですから」
ベッドの上で上体を起こしているヴィルヘルムの横に立っている宰相が嘆息しながら理由を述べる。たぶん、これはヴィルヘルムに対してではなく俺に対する説明なんだろう。
宰相は魔人族の中でも最も数の多い種族である魔角族の初老の男性だが、文官とは思えないほどに大柄で筋骨隆々な身体をしており、一目で文官と見抜くのは難しい。
「分かってるとも。ああ、遅くなったが、お主も、いやリオンと呼ばせてもらおう。リオンも楽にしていいぞ」
ヴィルヘルムはそう言うが、実際のところはどうなんだろうか。相手が相手だから用心して行動した方がいいだろう。
この場で最も尋ねやすいレティーツィアへと視線を向ける。
入室後、宰相とはベッドを挟んで反対の位置へと移動していたレティーツィアは、幸いにもすぐに此方の視線の意味に気付いてくれた。
「私的な場だから楽にして大丈夫よ。そもそもリオンは治療しに来たんだから、そんなに畏まる必要も無いわ」
「殿下。私的な場とはいえ皇帝陛下の御前なのですが」
「此処にいるのは身内だけだから構わないじゃない」
「間違ってはいませんがエクスヴェル殿は初対面ーー」
「相変わらず宰相は堅いわね。確かに初対面だけど、リオンとはこれから長い付き合いになるんだから些細なことよ」
長い付き合いって何のことだ、と問いたいが状況的に口を開きにくい。
この場にいる最後の一人であるユリアーネに視線を向けるが、ユリアーネはレティーツィアの近くで気配を消していた。
どうやら、先ほどの応接間とは違って皇帝と宰相がいるため、侍女としての職務に徹するみたいだ。
「リオン。言葉通りの意味だから安心してくれ。口調の方も節度さえ守ってくれれば楽にして構わない」
「かしこまりました」
ヴィルヘルムが同じ言葉を重ねたことで宰相も苦言を引っ込めた。
今度こそ跪いた状態から立ち上がると、レティーツィアが手招きしていたので素直に近寄り、彼女の傍らに立った。
「レティから聞いたが、リオンは病でも呪いでも治せるとか?」
「実際にこの目で確認してみないことには断言は出来ませんが、どんな病や呪いであろうと微力を尽くさせていただく所存です」
「ほう、大した自信だな。あと、まだ口調が堅いな。やはり宰相が横で眼を光らせているからかな?」
「どのあたりまで崩して良いかを図りかねておりまして……」
「ふむ。確かに分かりにくいか。まぁ、余は治療を受ける立場だ。口調を気にして治せるものが治せなかったら笑い話にもならない。だから気にしすぎるな」
「はっ。努力致します。では、さっそくですが、治療に取り掛かるために陛下の状態を調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。好きに見てくれ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
相手に気付かれることなく【
相手が国のトップであることを鑑みれば、形だけでも許可を得てから行った方が印象は良いはずだ。
スキルで状態を解析しながら、身体に現れている症状も聞いて情報を集めていく。
「ーーなるほど。大体のことは分かりました。結論から申し上げますと、陛下の身体を蝕んでいるのは病ではなく呪詛です。そして、その呪詛は解呪可能です」
「おおっ! 本当か?」
「はい。呪詛系統魔法や技能について詳しくないので、どのような手段を用いて陛下に呪いを掛けたかまでは分かりませんが、私の持っている解呪手段で解決できる程度の力です」
「その解呪手段で陛下に害が及ぶ可能性は?」
「問題ありません、宰相閣下。呪詛を構成する術式には、解呪しようとしたら解呪する術者を攻撃する反撃術式などがありますが、呪詛自体の隠蔽術式や強化術式に比べれば大したことはありませんので」
「リオンは大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、レティーツィア殿下。この呪詛は私を呪うには力不足なので」
この程度の呪詛だと、俺の魔力の前では擦り潰されて勝手に消滅するからな。それに反撃術式が発動する前に祓えるだろうから問題無い。
解析したところ、この呪詛は暗黒属性の呪詛系極大魔法を基本としている。
その極大魔法を儀式魔法など様々な手段を用いて強化しているようで、本来の極大魔法よりも多少厄介な代物になっていた。
呪詛系は興味無かったので手は出していないが、前の異世界とこの世界でも知識だけは集めていたからな。
あと確認するのは解呪方法だな。
「陛下はこの呪詛を解呪するだけをお望みでしょうか? それとも、この呪詛を掛けた相手の処分もお望みでしょうか?」
「……何処にいるか分かるのか?」
「何処にいるかは分かりません。ですが、分からなくても処分は出来ます。呪いはその性質上、呪いを持続させるために基本的に術者とは
「呪い返し……余も聞いたことはある。呪う側と解呪する側で力量にかなりの差がないと成立しなかったはずだ」
「その通りです」
「皇城勤めの治療魔法使いや教会の者達でも解決出来ない呪詛を構築できるほどの力量を持つ相手だが……リオンには可能だと?」
「解呪のみに比べれば多少大変ですが、可能です。呪い返しで返された呪いで即死しない場合も考えて反撃術式を追加して送りますので、処分はほぼ確実かと。如何なさいますか?」
「……そのまま生かしておくと、余以外にもその呪詛に侵される者が出るだろう。そのことを考えれば是非も無い。リオンよ、術者を処分せよ」
「かしこまりました。それでは、さっそく取り掛かりますので陛下はそのまま横になられてください」
「うむ」
解析中にユニークスキル【
あとは反撃術式に関しては逆探知した先の場所次第だな。
術者が市街地にいるタイミングだったら、無関係な人達まで巻き込んでしまう。
それは望むことではないので、都合の良い場所にいることを願うばかりだ。
「呪詛の全体像を確認させていただきます」
ヴィルヘルムに触れて呪詛に間接的に接触する。
そこから【
ふむ、なるほど。予想通りの国ではあるが、術者は予想外の相手だったな。これは戦利品的にも確実に潰さなければ!
運の良いことに今いる場所に一般人はいないようだ。パスを通して送れる最大に殺傷性の高いやつにするか。
「では、始めます。ーー『
ヴィルヘルムが横たわる寝台を中心に巨大な魔法陣が展開され、部屋の中を白銀色の神聖な光が眩く照らす。
【聖光無効】の副次効果で強烈な光に視界が潰されることなく状況を確認する。
【聖光属性超強化】によって大幅に効力が増した神聖魔法は、呪詛を間違いなく祓った。
強烈な光から慌てて逃げる
それが……今、届いた。
【千里眼】で映し出された視界の先にいた術者が突然苦しみだすと、その次の瞬間に術者を基点に発動した戦術級魔法『
反撃術式により顕現した地獄の炎は周りにいた者達をも呑み込んでいき、その悉くを焼き尽くしていった。
[スキル【短距離転移】を獲得しました]
[スキル【悪魔の囁き】を獲得しました]
[スキル【精神誘導】を獲得しました]
[スキル【人体理解】を獲得しました]
[スキル【人体改造】を獲得しました]
[スキル【技巧の指先】を獲得しました]
[スキル【狂異の閃き】を獲得しました]
[スキル【呪詛攻撃強化】を獲得しました]
[スキル【無慈悲なる刃】を獲得しました]
[スキル【護衛の心得】を獲得しました]
[ジョブスキル【
[ジョブスキル【
[ジョブスキル【
[ジョブスキル【
[ジョブスキル【
[経験値が規定値に達しました]
[ジョブスキル【
とある国の暗部に所属しているSランク冒険者とその警護部隊からスキルや装備品などを蒐集した。
このSランク冒険者は研究者タイプだからか、手に入ったスキルやアイテムなどの戦利品は主に非戦闘系のモノばかりだ。
Sランク冒険者を倒してもレベルが上がらなかったのは残念だが、国を跨ぐほどの距離があっても相手を認識していれば問題なく【
手に入ったスキルとアイテムの確認は後で行うとしよう。
思考を加速させた状態から現実に戻る。神聖魔法を発動してから大体五秒ほど経過したようだ。
ちょうど神聖魔法の光が収まったので、まだ目を閉じたままのヴィルヘルムの状態を確認しておく……うん、問題無いな。
解呪の際の手ごたえから判断するに、【聖光属性超強化】が無かったらもう一ランク上の神聖魔法を使う必要があっただろう。
あと十秒もすれば消費した分の魔力は回復出来るので、総評としては楽な仕事だった。
室内から廊下に漏れた光のせいで部屋の外にいる警備の騎士や、天井裏などにいる護衛達の気配が騒がしい。
それらへの対処は宰相とかに任せて、闘病(呪?)生活で衰弱しているヴィルヘルムの容体を回復させるための準備でもしておくとしよう。
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