第90話 人材確保と先遣隊



 ◆◇◆◇◆◇



「何と言いますか、女性を助ける趣味でもあるのですか?」


「いや、そんなつもりは無いんだが。というか助けた数で言うなら男の方が多いーー」


「……」


「ーーいや、なんでもない。うん」



 予想外にリーゼロッテからの反応が芳しくない。

 銀鉱山解放作戦とかスタンピード時の都市防衛戦とかを思い返しても助けた数は男の方が多いんだがな……。

 まぁ、今の状況証拠的に否定もし難いので、これ以上は言うまい。

 今朝方に軽く報告した時も微妙な反応だったから予想出来たことなんだろうけど、夜になっても変わらないとはな……。

 冷気を漂わせているリーゼロッテから視線を逸らして正面を見ると、美女・美少女の集団が平伏していた。

 うん。凄く異様な光景だ。


 全ては昨晩から未明にかけて行った、ユニークスキル【天地狩る暴食の覇王ワイルドハント】のテストに始まる。

 テストの標的として、国内外の盗賊達を襲撃したのだが、最後に狩りの対象に選んだ盗賊団が問題だった。

 この盗賊団はアークディア帝国の隣国メイザルド王国の大貴族と繋がっており、その大貴族から依頼を受けて犯罪を行う下請けみたいなことをしていた。

 アジトの規模や隠蔽にかけているコストも普通ではなく、多くの人と金が関わっているのが窺える。


 彼らが行っているのは、罪なき人々を無理矢理奴隷にして売買する人身売買業、つまるところその盗賊団は違法奴隷商の一団ということになる。

 以前アルムダ伯からの依頼で潰した違法奴隷商の組織の一部であり、集めた情報を辿った末に少し前に発見した一味だ。

 アークディア帝国の捜査の手からも逃れており、今なお活動を続けている唯一のグループらしい。

 この一味は二ヶ月に一度集めた違法奴隷達を別の場所へ移すようで、今日がちょうどその取引日だったため盗賊団+αを纏めて潰すべく最後の襲撃対象に選んだ。


 違法奴隷商の一味の殲滅は滞りなく終わり、捕まっていた人達も転移でそれぞれの元いた場所などへと送り、後始末も完璧に済ませられたーーなら良かったんだけどなぁ。



「……」


「事情は話しただろ?」


「まぁ、分からないでもないですけど……」



 俺達の目の前で平伏しているのは盗賊団に捕らわれていた女性達だ。

 隷属術や魔導具マジックアイテム〈隷属の首輪〉で違法奴隷にされていた者達の殆どは、既に奴隷状態から解放して元いた場所へと帰っている。

 このアジトで得た戦利品の中から必要な分の物資と金銭を渡して解放したのだが、目の前の彼女達だけは戻ることを望まず此処に残っていた。


 違法奴隷商からすれば彼女達は大事な商品だ。

 そのため乱暴などはされていないのだが、世間一般のイメージからすれば、違法奴隷商や盗賊に捕えられて無事で済んでいるわけがない、という判断になるらしい。

 つまりは純潔を穢されたと噂されるわけだが、中には真偽に関わらずそのような噂をされるだけでも致命的な身の上の者達もいる。

 それが目の前にいる彼女達だ。

 捕えられる前は冒険者だったり行商人だったりと様々なのだが、彼女達は皆貴族出身であるのと一応は家を出ているのが共通している。

 家を出てからも、大なり小なり今でも実家との繋がりがあるため、自分達の不名誉はそのまま実家の不名誉へと繋がり兼ねない。

 縁を切られるだけならまだしも、最悪の場合は家の没落を防ぐために何処ぞの家に嫁がされるかもしれないとのこと。

 捕まったことを黙っていればバレなさそうだが、行方不明になっていた事実は消えないので調べられたら露見するかもしれないらしい。


 実家には戻るに戻れず、元の職場にも様々な理由から戻り難く途方に暮れていたところを、俺が今度立ち上げる商会の部下として拾い上げたというわけだ。

 ある程度話をつけた後は、彼女達には時間を取れる夜まで盗賊団が使っていたアジト内の比較的綺麗な一室で待機してもらっていた。

 軽く見たところ、渡しておいた物資に不足は無かったようだ。



「まるで愛人として囲い込んでいるように見えますね」


「失礼な。ちょうどそれなりの数の人手が欲しかっただけだ」



 別に急ぎで欲しかったわけじゃないから、半分ぐらいは慈善事業で受け入れたんだけどな……愛人という言葉に彼女達が顔を赤らめているのは見なかったことにしよう。



「それで? 彼女達をどのように使うかをお聞きしても?」


「分かった。でもその前に、いい加減顔を上げたらどうだ?」


「ーーよろしいのですか?」


「ああ。というか、そもそも何で平伏してたんだ?」


「私達を庇護してくださったグリム様への感謝を示させて頂いたのと……私達が其方の方のご不興を買ったようですので、先ずは謝罪をと考えた次第です」



 全員が顔を上げると、額の中央にある結晶石が特徴的な種族である輝晶人族の美女が此方の疑問に対して答えてくれた。

 なお、グリムというのは俺のことだ。

 仮面フォースアイを被っている時用に考えていた偽名で、正確には〈仮面を被る者グリームニル〉なので略してグリムだ。



「確かに此処に来た時から、私不機嫌です感が凄かったもんな……」


「私は悪くありません」


「うんまぁ、悪くはないかな。でも怒気と冷気は抑えようか。荒事に慣れてないのもいるんだからさ」


「……分かりました」



 リーゼロッテを嗜めたことで室内に満ちていた圧迫感が消え去る。

 彼女達がホッと胸を撫で下ろす様子を見て、もっと早く言ってやるべきだったと反省した。



「では君達に頼むことを改めて伝えておこうと思う。っと、その前に俺の正体を明かしておくか」


「明かしても良いんですか?」


「今のうちに正体を明かしておかないと色々不都合があるからな。全員【熾天契約】で契約済みだし、彼女達から俺の正体や能力が外部に流出することは無いはずだ」



 【千変万化】を解除してから仮面を外す。

 彼女達から妙に熱い視線を向けられる中、俺に続いてリーゼロッテも複製して貸していた仮面フォースアイを外した。

 リーゼロッテの素顔を見た瞬間、彼女達の顔が若干強張ったが、すぐに持ち直した。



「Aランク冒険者のリオン・エクスヴェルだ。一応名誉男爵位を持っている。リオンでもエクスヴェルでも好きに呼んでくれ」


「同じくAランク冒険者のリーゼロッテ・ユグドラシア名誉騎士爵です。リオンとはパーティーを組んでいます。私も呼び方はご自由にどうぞ」


「さて、見ての通り今回のような事態には正体を隠して活動している。契約スキルで縛られているから言うまでも無いことだが、俺達の能力や不利になるような情報は吹聴しないように」


「「「分かりました」」」


「それじゃあ、改めて告げるが、君達にはアークディア帝国の神迷宮都市にて、市場調査やダンジョンの情報など広範囲に渡っての情報収集などを行なってもらう」



 そう。これこそが彼女達を部下として引き取った理由だ。

 帝都エルデアスでの用事があるため、俺達自身が神迷宮都市に向かうのはまだ先だ。

 その間、彼女達には神迷宮都市へ俺の商会の先遣隊として向かってもらい、情報収集をメインに活動してもらうことにした。

 神迷宮都市では自宅などの拠点を購入する予定なので、その候補の選出や下見も行わせる。

 他にも、気晴らしと金稼ぎを兼ねて色々と商売を行うことも考えているので、それらを実践するにあたっての市場調査や諸々の手配も頼んでおく。

 こういった能動的な情報収集や下準備は、フギンムニンやラタトスクといった眷属ゴーレム達には不可能だ。

 そのため、ある意味自由が効く彼女達の存在は結構有り難かったりする。



「ちょうど明日帝都エルデアスの商業ギルドにて商会登録を行うから、正式な雇用は明日からになる」



 今のところは前職絡みの職務に就いてもらうが、場合によってはそれぞれの特技や才能を活かして貰うのも良いかもしれない。



「取り敢えず知り合いとか身内に無事を伝える場合の内容だが……君達は元々俺とは知り合いで、俺に恩があるので商会を作ったら働く約束をしていた。俺が商会を作ったと連絡を受けて馳せ参じ、そのまま商会で働いている。一時、連絡がつかなかったのは、盗賊や魔物との戦いで怪我を負って療養していたから……とか、そんな感じの背景でいいだろう」


「ざっくりしていますね」


「こういうのは大雑把な方が自由が効くからな。細かいところは各々で考えてもらう。俺に被害が及ばないなら好きにしてくれ。何か問題はあるか?」


「問題ありません、リオン様」


「それは良かった。それじゃあ、全体を纏めるのはヒルダに任せよう」


「はい! お任せください、リオン様」

 


 先ほどから代表して答えていた輝晶人のヒルダを正式にリーダーに任じた。

 派手な美貌をした妙齢の美女であり、そのムーンストーンのような色合いの銀灰色の眼は妙にやる気に満ち溢れている。捕まる前も商人だったからだろうか?

 それからヒルダを補佐する者と非戦闘員達の警護を行う者達を纏めるリーダーを決めた。

 雇い入れる彼女達は貴族出身なわけだが、助け出した後に軽く話した感じでは、多少個性的な者もいるものの特に問題は無さそうだ。

 大半は下級貴族の出なうえに家を出て生活していたため、その実態は平民と大した違いはない。

 それでも下級貴族の出だからこそ、実家のために嫁がされる未来が現実味を帯びていたわけなんだが……儘ならないものだ。



「それにしても、これだけ容姿が整ったのが集まっていたら目立ちそうですね」


「こればかりは仕方ないさ」



 助け出した時と比べれば三分の一以下にまで減ったんだから、これでもマシな方だ。



「当面の資金として個々人に支度金を渡しておく。代表者であるヒルダには先遣隊としての活動資金も渡しておくので、【異空間収納庫アイテムボックス】にでも入れておいてくれ」


「かしこまりました」


「支度金は一人当たり金貨五枚あれば充分だろう。道中の町や神迷宮都市で好きに使ってくれ」



 数少ない上級貴族の出であるヒルダも含めて全員が硬直した。

 もしかして渡しすぎたか? ま、あっても困る物じゃないし別に構わないだろう。



「商会の先遣隊としての活動資金は、んー、金貨三百枚分あればいいか」


「お、多すぎますっ」


「そうか? 寝泊まりする宿はセキュリティがちゃんとしている場所にする必要があるし、この人数の安全を買えることを考えたら、そこまで多すぎるってことはないさ。使い方はヒルダに任せるよ。まぁ、必要経費なんだから気にするな」



 出来る女感があるヒルダが目の前の大金に動揺しているが、ここのアジトの襲撃だけでも金貨五百枚近く手に入れている。

 その後に襲撃した違法奴隷商と繋がりのあった大貴族の屋敷からは総額でその十数倍もの金銀財宝を頂戴したため、三百枚程度は大した出費ではないのだ。


 ちなみに、件の大貴族には新規スキルの実験台になっていただいた。

 【病瘴齎す災厄の死騎者ペイルライダー】で生成したのは他者への感染力を持たない病であるため、それを投与された大貴族は今現在も苦しんでいる最中だ。

 設定通りの日数と状態で苦しみ死ぬのかどうかの実験なので、その過程は諜報ゴーレムであるラタトスクに記録させている。



「先に渡した分とは別に追加の物資を用意した。この魔法の鞄マジックバッグに入れておいたので確認しておいてくれ。馬車と馬も表に用意してるから、そろそろ外に出ようか」



 全員を引き連れてアジトの外に出た。

 そこに繋いでいた馬達は全て今回の戦利品だ。帆馬車も三台あれば全員乗れるだろう。

 アジト内の宝物庫や武器庫などの倉庫に彼女達の装備や私物が残ってるなら全て返却している。戦闘員達の装備で足りない部分に関しては、これまで得てきた戦利品から適当に見繕った。



「それじゃあ今から転移させるぞ」


「はい。神迷宮都市でリオン様が快適にお過ごしできるよう一同尽力致します!」


「まぁうん、気持ちは嬉しいが気負いすぎるなよ」


「はい!」


「じゃあ、気をつけてな」



 『集団長距離転移マス・テレポーテーション』の魔法陣が展開され、手を振り返していた彼女達の姿が掻き消えた。

 これから彼女達は幾つかの町を経由してから神迷宮都市へと向かうことになっている。

 直接向かわないのは、ある程度の足跡が無いと不自然だからだ。

 一応ちょくちょく【千里眼】で様子は確認するし、【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップ上でも一人一人マーキングしているので大丈夫だろう。

 転移先も夜の野外だが、日が落ちたばかりでまだ門が空いている町の近くに送ったので、ちゃんと宿で寝れるはずだ。



「やっと行きましたか」


「ちゃんと仲良くしろよ」


「分かっています。ただし、一番は私です。それだけは譲れません」


「何の話だ……?」



 リーゼロッテの謎の発言が気になりつつも、盗賊団アジト跡地を丸ごとニーズヘッグに喰わせて処理してから帝都へと帰還した。




 

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