第88話 共同墓地の指名依頼



 ◆◇◆◇◆◇



 帝都エルデアスはアークディア帝国の首都なだけあって、国内で最も多くの人口を誇る大都市だ。

 そのため、都市内部にある共同墓地も相応に広大であり、そこには当然数多くの死者が眠っている。

 帝都のような大都市にある共同墓地では、その広大さから管理が完全には行き届いておらず、夜間の墓地の危険性から大抵の場合は冒険者ギルドに依頼が発注されていた。

 だが、この共同墓地の夜間の警邏依頼は所謂塩漬け依頼と呼ばれる不人気の類いの依頼であり、受注する冒険者は殆どいない。


 理由は多々あるが、第一に挙げられる理由が報酬の安さだ。

 行政からの委託なので、依頼を達成すればギルドからの評価は良くなり、昇級までの道のりが近くなるだろう。

 ただし、夜間の墓地という危険性から受注できる冒険者のランクは、一般的にはベテラン扱いされる領域であるBランクからになっており、そのランク帯からすれば報酬はかなり安いため受ける利点が低い。

 受注制限をBランクよりも下にしたいところだが、行政からの依頼を実力も信用も低いような低ランクの者に任せるわけにはいかないため、受注制限の変更は不可能だ。

 加えて、夜間の墓地に出現するスケルトンなどの不浄系魔物アンデッドに対処できるほどの実力が必要なので、やはり変更は不可能。



「ーー高ランクじゃなければ対処できないけど、報酬は安い。行政側だって予算に余裕があるわけじゃないから分からないでもない。規模が小さければ、魔物が増えたり強くなったりする前に自分達だけで処理できるんだろうが……此処は広いからなぁ」


「見渡す限り墓石だらけですね」


「まぁ、共同墓地だしな。薄らとかかっている霧の所為で遠方が見え難いが、それでもかなりの広さだ。流石は首都内唯一の共同墓地だな」



 シェーンヴァルト邸の離れで暮らし始めて十日が経った日の夜。

 月と星明かりを除けば周囲に浮遊させている『光源ライト』の光しか闇を照らす物が存在しない共同墓地に、俺とリーゼロッテはやってきていた。

 帝都に来てからというもの、俺達二人は何の依頼も受けていないため、リーゼロッテのこの国での実績稼ぎがてら共同墓地の夜間警邏依頼を受けた。エリンとカレンは屋敷でお留守番だ。

 通常の共同墓地の夜間警邏だったら、決められたルートを見て回り、遭遇したアンデッドを討伐していくだけだが、今回俺達が受けた依頼は少し事情が異なっている。



「そんな広い墓地内にいるアンデッドを殲滅するのは普通なら骨が折れそうですね」


「まぁ、そこまで強いのはいないみたいだぞ。数は多いけどな」


「私達に指名依頼を出すほどまで放置しているとは……国もギルドも怠慢が過ぎるのでは?」


「きっと誰かがやってくれる、ってね。人間なんてそんなもんだよ」


「私個人としては今回の依頼は結構な実績になるようなので、経験値的にも構わないと言えば構わないのですが」


「俺個人としてもアンデッド関連のスキルが手に入るだろうし、報酬額もデカいからむしろ大歓迎なんだがな。あ、こっちの方だ」


「分かりました」



 結論、問題無し。

 今回受けた依頼は、冒険者ギルドを通して国から指名を受けた緊急依頼だ。

 誰も依頼を受けずに放置され続けた結果、数も質も非常に危険なレベルにまで膨れ上がった共同墓地のアンデッド達を殲滅せよ、という依頼内容になる。

 眠い夜間、汚いアンデッド、安い報酬の三拍子揃った共同墓地の警邏依頼は、往々にしてこのような事態を引き起こすそうだ。

 それが分かっていても誰も受けないし、行政側も対策を打てないあたりに、アンデッドは直接戦わずとも厄介な魔物だということが分かる。

 だからといって放置していたら共同墓地外の市民がいるエリアに溢れ出てくる可能性がある。

 共同墓地外の生命反応を感知出来ないように、墓地の境目には生命反応を遮断する結界が張られてはいるが、高位のアンデッドにも必ず通じるというわけではない。

 そしてアンデッドに限らず、魔物には一定エリア内の魔物の数が増えると、高位の魔物が出現しやすくなるという特徴がある。

 そのため、高位のアンデッドが生まれてくる前に予想以上に増えているアンデッド達を殲滅する必要があるわけだ。


 俺とリーゼロッテの現在の戦績には、俺の昇級試験時のオークコロニー内の大量の魔物の殲滅、高位不死者アンデッドである不死の魔導師リッチの討伐といった記録がある。

 冒険者ギルドの帝都本部も当然ながらこれらの記録は把握しており、必要な条件にピッタリな俺達が指名されるのも当然だった。

 仮に俺達じゃなくても、帝都にいる高位冒険者全員に指名依頼をかけるか、国軍や騎士団を動かしても解決出来るだろうが、その時はかなりの被害が出るはずだ。

 それらを動員するよりは、俺達に依頼する方が被害も出ないし結果的に安く済むのは間違いない。

 他にも組織間の折衝など色々理由があるようだが、俺には関係無いのでそのあたりは気にしないでおこう。


 やがて、目的の場所に辿り着いた。

 其処には土の地面があるだけで、石畳の道も途中で途切れている。



「それで、戦場は此処で良いのですか?」


「ああ。共同墓地の墓石を破壊するわけにはいかないからな。まだ墓石が置かれていないこの未使用地が最適だろう」


「確かに周りには何もありませんね。アンデッドはいますけど」


「まぁ、共同墓地の隅々から集めてるからな」



 ただ悠長に話しながら此処まで歩いてきたわけではない。

 魔物を誘引する魔法は幾つかあるが、その一つである『魅惑の波動ルアー・ウェーブ』という創作オリジナル魔法を使用している。

 暗黒属性と空間属性を有するこの魔法は、『魔物を術者の元へと誘なう波動を一定範囲内の空間全体に発する』という効果を持ち、その範囲にこの共同墓地を指定している。

 共同墓地に入って、ある程度進んでから魔法を発動して以降、出現しているアンデッド達がひっきりなしに襲い掛かってきていた。

 だが、俺達を守るように展開している半球状の対物・対魔・対霊の三重結界に阻まれて、アンデッド達はそれ以上は近付いてこれないでいた。

 その結果、俺達の周りには大量のアンデッド達が群がっている状況だ。

 外部からの匂いだけでなく音も遮断しているため結界内部は静かだが、視界にはあまり直視したくない光景が広がっていた。



「今どれくらいですか?」


「んー、七割かな」


「それなら一度綺麗にしませんか?」


「……それもそうだな。これ以上は後続と戦い難いか。『神聖不浄退散セイクリッド・ターンアンデッド』」



 結界の外にいた多種多様なアンデッド達が、足元に展開された魔法陣から発せられた白銀色の光を浴びて灰になっていく。



[スキル【病魔感染】を獲得しました]

[スキル【疫病散布】を獲得しました]

[スキル【感染爆発パンデミック】を獲得しました]

[スキル【病症誘発】を獲得しました]

[スキル【病魔を齎す者】を獲得しました]

[スキル【病の運び手】を獲得しました]

[スキル【寄生】を獲得しました]

[スキル【宿主操従】を獲得しました]

[スキル【亡者の誘い】を獲得しました]

[スキル【精神狂命】を獲得しました]

[スキル【吸血摂取】を獲得しました]

[スキル【生気吸奪エナジードレイン】を獲得しました]

[スキル【生命を貪る者】を獲得しました]



「ハハッ、流石に大量だな! どれもこれもヤバいヤツばかりだ。おっと、外は危険地帯になってるな。このままだと拙いか。『神聖疫病退散セイクリッド・ターンプレイグ』」



 リーゼロッテから慈愛に満ちた眼差しを向けられながらも、大量のスキルを得られたことを喜んでいると、結界の外が病原菌だらけになっているのに気付いた。

 俺は平気だが、リーゼロッテは感染する可能性があったので上級神聖魔法で全て消し去っておく。

 これだけでも滅菌は十分だと思うが、念の為【熾天使の浄光】も発動させてから結界を解除した。



「これで良いかな……お、残りがやっと来たぞ」


「こんなのが育つまで放置するとは……やはり怠慢ですね」


「ふむ。対アンデッド用の魔導具マジックアイテムとか開発したら国に売れそうだな」



 俺達の視線の先には高位一歩手前ぐらいの中位アンデッドを主体とした一団がやってきていた。

 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で確認する限りでは、目の前の一団が共同墓地内にいる最後のアンデッドの集団だ。



「『氷結騎士フロストナイト』」



 リーゼロッテが二メートル大の氷の騎士を複数体生み出していく。

 接触した対象を氷結させる力を持っているので、アンデッド達にも有効的だ。



「『氷鏡結晶ミラー・クリスタル』『陽光閃輝シャイニング・レイ』」



 アンデッド達の上空に展開された魔法陣から眩い閃光が放たれた。

 地上に向かって放たれた閃光はアンデッド達に直撃するだけでなく、アンデッド達を囲い込むように形成された幾つもの巨大な氷鏡結晶にも直撃し、その光をアンデッド達へと反射した。

 下方を除いた全方位から放たれる閃光の嵐にアンデッド達は絶叫をあげている。

 氷鏡結晶で囲まれた包囲網の内側は、さながら真昼間の如く明るく照らされており、聖光属性が弱点であるアンデッドにとってはまさに地獄だろう。


 それでも流石は中位アンデッドと言うべきか。

 身体の一部を崩壊させながらも、低位アンデッドには無い知性によって周りの氷鏡結晶を壊して包囲を脱しようとしている。

 だが、氷鏡結晶の背後から現れた氷結騎士が、近付いてきたアンデッドをその氷の剣で真っ二つに両断した。

 斬り口から瞬く間に肉体が凍り付いていき、ものの数秒で氷像と化した。

 その氷像も吹き荒れる閃光によって砕け散り、宙に舞った氷像の破片が閃光を更に乱反射させる。

 破片は数瞬後には閃光によって蒸発させられたが、その間だけ増えた光線によってアンデッド達は更にダメージを受けていた。



「……嬲られ、いや、炙られてるな」


「周りの地形が変わっても良いならすぐに終わるんですけどね」


「接近戦で斬ってきても良いんだぞ?」


「汚いので遠慮します」


「だよなー」



 リーゼロッテの意見に同意しつつ、【光爆魔弾】を使って指先から光弾を放つ。

 光弾は氷鏡結晶同士の間から包囲網の内部へと入ると、狙い撃ったアンデッドに着弾して爆発した。

 近場の氷鏡結晶を震えさせるほどの光弾の爆発は、直撃したアンデッドは勿論、周囲のアンデッド達の数体を蒸発させた。



「……リオン。鏡が壊れるので、もっと中央でやってください」


「悪い悪い。次はちゃんと狙うよ」



 【超狙撃】【予見】【空間把握センス・エリア】の力も使って光弾を連射する。

 包囲網内はそれなりの広さがあるが、小さくても人間サイズのアンデッド達が数十体と集まっているため、その中央で光弾が爆発すると良い感じで多数にダメージを与えることが出来た。

 【聖光属性超強化】によって強化された光弾の威力はかなりのもので、一発放つ度に必ず一体は倒すことが出来ている。



「まぁ、俺が神聖魔法を使えばすぐに終わるんだけどな」


「私のレベル上げも兼ねてるので駄目です」


「分かってるよ。良い狩場だから、出来ればエリンとカレンもレベル上げに連れてきたかったな」


「私達個人への指名依頼ですから仕方ありません。カレンはアンデッドと戦わずに済んで嬉しそうでしたけどね」


「……何事も経験だから、機会があればカレンにもアンデッドと戦わせよう」


「鬼畜ですね。イイと思います」


「だろ? お、もう終わったみたいだぞ」


「あ、本当ですね。結局包囲網は抜けて来ませんでしたか」



 リーゼロッテが閃光の熱で融解が進んだ氷鏡結晶を解除すると、そこには僅かばかりの肉片と大量の灰の山があるのみだった。



[スキル【呪炎の刃】を獲得しました]

[スキル【呪瘴の傷】を獲得しました]

[スキル【再生阻害】を獲得しました]

[スキル【常闇の戦衣】を獲得しました]

[スキル【分裂】を獲得しました]

[スキル【一体化】を獲得しました]

[スキル【暴虐の霧】を獲得しました]

[スキル【瘴気操作ミアズマ・コントロール】を獲得しました]

[スキル【生命惑わす囁き】を獲得しました]

[スキル【精神重圧】を獲得しました]



「終わりましたね」


「ああ、これであとはーー」



 背後から急速に接近してくる敵に向かって、振り向き様に聖剣デュランダルを鞘から抜き放った。

 襲い掛かってきたのは〈剣魔霊ソードスピリット〉という人型の高位霊体系魔物で、この手のタイプの魔物はただ斬り付けるだけではそう簡単に滅びはしない。

 だが、凡ゆる物を斬り断つ〈割断〉の力を持つ聖剣である〈不滅なる幻葬の聖剣デュランダル〉は、例え一撃であろうともソードスピリットを消滅させるほどの威力を発揮する。

 その一撃を邂逅の一瞬に十回見舞った。

 実体の剣を振り上げた状態で固まったソードスピリットは、その直後に十の斬痕が刻まれるとバラバラになって消滅した。



「ーー今のが最後だな」



[スキル【剣気煌斬オーラ・スラッシュ】を獲得しました]

[スキル【千刃斬禍】を獲得しました]

[スキル【空間殺法】を獲得しました]

[スキル【魂狩の刃】を獲得しました]

[スキル【命滅の刃】を獲得しました]

[スキル【戦技熟達】を獲得しました]

[スキル【戦技早熟】を獲得しました]

[スキル【修羅】を獲得しました]


[経験値が規定値に達しました]

[スキル【心眼】を習得しました]


[特殊条件〈刹那の一刃〉〈超越多斬オーバーキル〉などが達成されました]

[スキル【斬殺空間】を取得しました]



 ここで戦闘を開始して以降、ずっと一定の距離を保って此方の様子を伺っていたのには気付いていたが、ソードスピリットは何故か他の魔物がいる時には仕掛けて来なかった。

 この一体だけ高位のアンデッドだったわけだが、その本体はこの実体の剣だ。



「ふむ、ボロボロだな」


「さっきの霊体の憑代ですか?」


「ああ。聖剣で浄化されているから、今はただの剣だな」


「……私には剣の目利きは出来ませんが、何となく凄い剣のような気がしますね」


「分かるか? 劣化が激しくて分かり難いが、どうやら伝説レジェンド級みたいだ」


「……共同墓地の魔物が何故そんな物を?」


「さぁ? 遺体と共に埋葬した者が知らなかったのか、或いは遺言だから一緒に埋めたのか。死してなお憑代にして彷徨うぐらいだし、何かしら未練があったのかもな」



 そういや、消滅する間際の顔が満足そうな表情だった気がしないでもない。ま、そう見えただけかもしれないけど。

 剣の劣化具合からして結構昔の人物っぽいけど、ちゃんと成仏してくれたならそれで良い。

 デュランダルがあるから使うか分からないが、あとで【復元自在】で元の姿に戻してやろう。

 【無限宝庫】に予期せぬ戦利品を収納すると、共同墓地の出入り口へと足を向ける。



「ま、取り敢えず依頼は終わったから帰ろうか」


「まだギルド職員による確認作業が残ってますよ」


「……そうだったな。ま、予定よりは早く終わったから今日中には帰れるか」


「そうですね。制限ありで戦ったわりには早く終わりました」


「やはり初めに魔物を集めたのが良かったな」


「纏めて攻撃出来たから効率は良かったですね。おかげでレベルが上がりました」


「レベル八十か。Sランクの最低レベルには到達したな」


「リオンはどうでしたか?」


「上がらなかったよ。十レベルごとに必要経験値が一気に増えるからなぁ」


「帝都の近くには良い狩場がありませんからね……」


「神迷宮都市に行くまでにはレベル九十になりたいところだ」



 何となくだが、レベル九十になったら何かしら変化が起こる気がするんだよな。

 んー、闇組織の連中でも狩ってレベルを上げるか。いや、帝都内は色々都合が悪いか。

 やるなら帝都から離れた地の悪党でも狩った方が俺だとバレないよな……帰ったら殺生簿でも作るか。




 

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