第86話 帝都案内 前編



 ◆◇◆◇◆◇



 帝都エルデアスでの滞在先をシルヴィアの実家の離れに移してから一週間が過ぎた。

 今日も今日とて朝から日課の鍛練を行い、火照り汗ばんだ身体をリーゼロッテに拭かれる。

 離れの屋敷付きの使用人は勿論、少し距離がある本邸の使用人達からも視線が向けられているが、そんなことでリーゼロッテの手は止まらない。止めてくれない。

 育った環境の違いなのか、リーゼロッテは使用人から見られようと別に気にならないらしい。

 俺は凄く気になるので、此処に宿泊している間は自分で拭こうとしたのだが、案の定断られた。

 その時のやり取りをシェーンヴァルト家の使用人達に見られていたため、俺がリーゼロッテに無理矢理させているとは思われていないのがせめてもの救いか。

 此処で鍛練を始めた当初にはあった僅かな羞恥心も今では無い。

 脱いでいるのは上半身だけとはいえ、素肌を晒すのは問題かと思いはしたが、恥ずかしい身体というわけでは無いので、何も言われない限りは気にしないことにした。

 一部の者達は人の身体をガン見しているが、今のところ実害は無いので気付かないフリをしておく。


 そんなこんなで朝の鍛練を終わらせて朝食を食べた後は、少しだけリビングで寛いでから出掛ける準備をする。

 今日はマルギットとシルヴィアの二人に、帝都エルデアスを案内してもらう日だ。

 シルヴィアもマルギットもそこまで帝都を網羅しているわけではなく、各々の帝都の名所や貴族向けの店の知識はバラバラだったため、二度手間を防ぐために二人で案内してくれることになった。

 俺の方もゴルドラッヘン商会との二回目の商談などの用事があったのと、二人共に丸一日空いてる日でなければならないという条件から今日に決まった。

 これで俺と二人っきりとかならデート感があるが、向こうは二人だし、こっちは四人なので色っぽい話にはならない。前世の感覚で当てはめるなら観光案内だろうか。



「ーー最初はここだ」


「店構えからして高級そうだな」



 シェーンヴァルト邸で待ち合わせしてから、全員で馬車に乗って貴族街を囲む壁の外へと移動した。

 最初に訪れたのは普通の装身具や、装身具型の魔導具マジックアイテムを売っている店だ。

 店内は煌びやかなジュエリーショップといった内装で、正にザ・高級店な雰囲気をしている。


 貴族街は多くの貴族や使用人達の住まいがある区画だが、その外縁部には一代限りの貴族や豪商達の屋敷が建ち並んでおり、貴族が主な客層の店舗もこのエリアに店を構えている。

 これらの店は、貴族以外だと貴族と付き合いのある商人や、永代の貴族からの紹介が無ければ入店出来ないというところも珍しくない。

 初めに訪れたこの店もそういった店であり、高位貴族の御令嬢二人による案内という、この上ない入店許可証があるので普通に入れた。

 一代限りの貴族である名誉貴族なら入店できるのが殆どだが、中には最下位である名誉騎士爵程度では入店を渋る店もあるらしい。

 俺の爵位は名誉騎士爵位から二段階上の名誉男爵位なので、俺がいるだけでも入店が可能だ。

 マルギットが教えてくれたが、冒険者における名誉男爵位は、それだけで名誉騎士爵から二段階も陞爵されるほどの実績を上げて、それを国に認められたという証明になる。

 名誉騎士爵からは滅多に上がれるものではないので、実際の爵位以上の価値があるとのこと。

 そのため、その辺の男爵位の永代貴族と名誉男爵位の冒険者である俺ならば、店側は余程の情弱でも無い限りは俺の方を優先するんだとか。中々シビアだな。



「貴族街に近い店なだけあって、大通り沿いにあった店とは置いてある魔導具の値段も桁が違うな」


「あっちは平民も利用するからな。安全面やリスクなどを考慮すると、あまり高価な物は置けないんだろう」



 まぁ、大通りに面していても此処に負けないほどにセキュリティに力を入れている店もあったから、あるところにはあるんだけどな。



「人が増えればそれだけ犯罪も起きやすいもんな」


「そういうことだな。あ、これなんか良いんじゃないか?」


「んー、装着するだけでいつでも障壁を発生させられるのか。この障壁の強度は?」



 各々が思い思いに魔導具を見ている中、俺はシルヴィアが指し示した腕環型魔導具の詳細を店員に尋ねた。



「下級の攻撃魔法である『魔法の矢マジック・アロー』を十発防ぐほどの強度がございます」


「それはどのくらいの力量の魔法使いの魔法を想定していますか?」


「冒険者で言えばBランク下位ぐらいのレベルですね」


「それぐらいか。リオンの魔法だったらどのくらい耐えるかな?」


「『魔法の矢』なら一発ぐらいじゃないか? 良くて二発かな」



 俺の答えに店員の顔が若干引き攣っているが、これは事実だ。



「もう少し強度があれば候補に上がるんだけどな。なぁ、シルヴィア。この指環良いと思わないか?」


「へぇ、魔法強化の指環か」


「魔法効力の強化以外にも、魔法行使の際の魔力消費を軽減する効果もございます」


「魔力消費もか。それは凄いけど、値段が凄いな」


「シルヴィアはこのデザインってどう思う?」


「シンプルだけど品があって良いと思うぞ。性能を抜きにしても、このデザインだけでも装身具としての価値があるな」


「そうか。じゃあ、これは今日のお礼にシルヴィアにプレゼントするよ。あ、店員さん。これ購入します」


「えっ」


「お買い上げありがとうございます! お支払い方法は如何なさいますか?」


「今この場で現金一括払いで」


「かしこまりました。引き渡しは纏めてお会計時でよろしいでしょうか?」


「ええ、それで構いません」


「かしこまりました」



 他の店員がガラスケースに入れられている指環を下げるのを見ていると、シルヴィアにグイッと袖を引かれた。



「おい、リオン。あれ相当高いぞ。そんな高価な物を貰うほどのことをしてないんだが⁉︎」


「まぁまぁ。お礼ってのは贈る側からの気持ちなんだから、気にせず受け取ってくれ。あれ、シルヴィアに似合うと思ってたんだよ。性能も良いし、シルヴィアも気に入ったようだから、お礼にちょうど良いだろ? まぁ、嫌なら仕方ないが……」


「そ、そんなことはない!」


「それなら良かった。じゃあ、受け取ってくれ」


「……はぁ、分かったよ。ありがとう、リオン。嬉しいよ」


「どういたしまして」



 シルヴィアが納得してくれたようなので、気を取り直して他の魔導具を見て回る。

 途中マルギットが何かを熱心に見ていたので近寄る。



「マルギットは何を見てるんだ?」


「これよ」


「これは、身体能力と毒耐性の強化効果がある腕環か」


「ええ。身体能力だけでなく毒耐性も強化されるのは良いな、と思ってね」


「なるほど。デザインもマルギットに似合いそうだな」


「私もこのデザイン好きよ。でも遺物レリック級だから値段がね……」



 値段は……シルヴィアに買った指環と然程変わらないか。

 店内に並ぶ品の中でも有数の高額商品だし、遺物級中位ならこんなものだろう。

 この腕環もさっきの指環と同様に、サイズが自動で装着者に合わせられるようなので、サイズを気にする必要は無さそうだ。



「ふむ。じゃあ、マルギットへのお礼の品はこれにしよう」


「お礼?」


「そっ。店員さん、これも購入で」


「お買い上げありがとうございます! 此方も先程と同じで構いませんか?」


「ええ、同じで」


「かしこまりました」



 俺が店員と購入のやり取りをしている間に、マルギットはシルヴィアから事の次第を聞いていた。



「……一つだけでも結構な金額なのに、それを二つも買って大丈夫なの?」


「ああ。強がりとかじゃなくて、色々収入があって余裕があるから全然平気だ。だから値段については気にしないで良いぞ」


「金額的に気にしないのは難しいのだけど……でも、欲しかったから有り難く頂くわ。ありがとう、リオン」


「ん。どういたしまして」



 二人に買った物の合計金額は七百万オウロほど。前世の円で換算すると大体三億円弱ぐらいになるかな。

 これは高位貴族の御令嬢でAランク冒険者でもある二人であっても、簡単に出せる金額ではない。

 だが俺からしてみれば、ここ最近の臨時収入によって更に増した総資産のコンマ以下のパーセンテージ分の金額でしかなかったりする。

 これで二人に帝都を案内させることに対するお礼が出来るなら安い物だろう。

 俺は金を貯めるのが好きだが、金を使うのも好きだ。

 だから全く損はしていないため、今回の買い物はお互いにとって有意義な物でしかない。


 マルギットも納得してくれたようなので、次はどこを見ようかと店内に視線を巡らせると、此方をジッと見つめるリーゼロッテと目が合った。

 なんかアレだな。他の女と仲良くしているのが付き合っている彼女にバレた時の男の心境に今の状態は近いのかもしれない。

 いやまぁ、俺とリーゼロッテは付き合っているわけでは無いので、あくまでも例えなんだがな。



『……何か良いのはあったか?』


『良い品揃えだとは思いますが、特にこれといって欲しいのはありませんね』


『そうか』


『ああでも、今は服を沢山買いたい気分ですね』


『そっか……次が雑貨店で、その次に向かう予定の店が服飾店だったはずだ』


『そうですか。服屋では色々試着するつもりなので、ちゃんと見て正直な感想をください。そして買ってくださると大変嬉しいですね』


『……了解した』



 目があった直後に『念話テレパス』で会話をして落とし所を決める。

 これで付き合っていたら、この程度では済まされなかったんだろうな……。



 

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