第15話 ダメ
「ダメ」
蒼井ははっきりとそう言った。
「え、ダメ?」
「ダメよ。フラれたならまだしも、告白してもないのよ。それに、千歳君は花恋のことをまだ愛してるんじゃないの?」
「ああ、愛してる」
「ほら」
しまった! つい、うっかり本音が漏れ出た。
諦めるって決めたのに、欠片も諦めきれてないとばれてしまった。
「いや、愛してないぞ。全然、これっぽっちも」
「なら、仮に黄島さんと私と花恋が崖から落ちそうになっていたら誰を助けるのかしら?」
「全員」
蒼井がキョトンとした顔を浮かべる。
いや、それはそうだろ。
仮に花恋だけ助けても、花恋は黄島と蒼井のことを思って涙を流す。
黄島か蒼井を助けても、花恋が死んでしまう。
一つ残らずバッドエンドだ。
てか、それは今は関係ない話だ。
「いや、そんなことはいいんだよ。そりゃ、今はまだ花恋を愛してるけど、それを変えようと思ってるんだ」
「それで、今度は黄島さんを愛するの?」
ほんの少しだけ、蒼井にしてはトゲのある口調だった。
「いや、黄島とは限らないけど……」
「私は賛成できないわ。千歳君、あなたの思いは尊いものだと私は思ってる。勿論、あなたが誰を好きになるかはあなたの自由だけど、皆の為にも諦めるのはちゃんと正面からぶつかってからの方がいいと思うわ」
蒼井はそれだけ言うと、話は終わりとばかりに視線を落とし、ペンを持って作業を再開する。
本当は蒼井と連絡先を交換して、休日に遊びに行く約束でもと思っていたが、そんな雰囲気ではない。
何故か分からないが、蒼井は俺が花恋を諦めることに反対らしい。
「なにか手伝うぞ」
「今日はいいわ。それより、花恋を諦めるって話をもう一度考え直して頂戴」
手伝いを申し出るも、それすら断られてしまった。
その場にいても仕方ないので、大人しく生徒会室を出る。
なんであんなに反対したんだろうか。
蒼井にとって俺が花恋を諦めると不都合なことでもあるのか?
考えられることとして、蒼井は啓二に恋してるとか?
いやいや! まさかな!
ないない、と苦笑いを浮かべながら教室に戻る。
電灯が消え薄暗くなった教室の中で、山吹色の長い髪が光を反射して輝いていた。
意外なことに、黄島明子が教室の中で椅子に寄りかかりながらこっちを見ていた。
「どうだったんだよ?」
「ダメだった。なんか、諦めんな! もっとやれるって! って激励された」
「どう考えても、あいつはそんな熱いタイプじゃねーだろ」
呆れ顔を浮かべながら黄島は席を立つ。そして、どこか影の差した表情で視線を下げた。
「そうか……で、てめえはどうするんだ?」
鞄を片手に黄島が問いかける。
どうするか、か。
まあ、一つだ。
「蒼井は諦めて次に行くだろ」
「本当に桃峰を諦めちまっていいのか?」
「今更だろ。諦めきれるかどうか分からないけど、一先ずはやってみるって決めたんだ」
「そうか。また協力して欲しいことがある時は言ってくれ。力は貸す」
そう言うと黄島は俺の横を素通りして、教室を出て行った。
疲れてるからか、やけにテンションが低かったな。
まあ、協力はしてもらえるみたいだし、一先ずはいいか。誰もいなくなった教室で鞄を肩にかけ、俺も静かに教室を後にした。
***
「雨だな」
「そうだな」
翌朝、降りしきる雨の中、早めに登校した俺は教室で同じく朝早くからいた太田に話しかけていた。
太田は朝練をするつもりだったようだが、生憎の雨の上に室内で練習できる場所は他の部に占拠されており、朝練が出来なかったらしい。
「で、太田はなんかいい感じの女子とか知ってる?」
「唐突だな。話の脈絡0じゃん」
「人生ってのは唐突なもんだろ。唐突に空から女の子が降ってくることもあれば、目覚めたら田舎の女の子と身体が入れ替わっていることもある」
「ないだろ」
「でも、クラスメイトにいい感じの女子知ってる? って聞かれることはあるだろ」
「まあ、たった今あったな。てか、普段桃峰さん、桃峰さんって騒いでる千歳が珍しいな。桃峰さんはもう諦めたのかよ?」
揶揄い気味に太田がそう言う。
その表情には万に一つもそんなことはないと思い込んでいる顔だ。
「よく分かったな」
「はえええええ!?」
大声を上げて椅子からひっくり返る太田。素晴らしいリアクションだ。
テレビに出れるんじゃなかろうか。
「お、おい! マジで言ってんのか?」
机を支えに直ぐに立ち上がった太田は、信じられないものを見る表情で俺に問い詰める。
「まじだ」
「ひょえええええ!!」
二回目にも関わらず太田は両頬に手を当て、絶叫した。
これまた見事なリアクション。顔が非常にいい。
「で、いい子知ってる?」
「いやいや! そんなことより、何で諦めたんだよ!? フラれたか? フラれたのか!?」
「恋を諦めるのに、理由が必要か?」
「かっこよくねーよ!」
決まったと思ったが、太田には不評だったらしい。
最初こそ疑い続けていた太田だったが、俺の目を見て漸く俺が本気であることに気付いたのか、力なく椅子に座る。
そして、頭を抱え震えだした。
「やべえ、やべえよ……」
「なにがやばいんだよ?」
「千歳、お前はもっと自分の影響力を考えるべきだ」
「影響力? 俺にそんなもんあるわけないだろ」
だが、太田は首を横に振る。
「いいか、千歳。お前はまあまあイケメンだ。おまけに運動も出来る。勉強だって上から数えた方が早いくらい。何なら学年二位を取ったこともあるよな?」
「まあな」
「その上、割と優しい」
「割とってなんだよ」
「そんなお前が、桃峰さんにあり得ないレベルで惚れているという話は有名だ。最早、この学校で知らない人はいないくらい」
なんか恥ずかしいな。
そんなに俺って知名度高いのか。
「そして、それは桃峰さんという天真爛漫で誰にでも分け隔てなく接する天使の如き少女を狙う男子たちへの牽制になっていた!」
「牽制?」
「そうだ。かなりのハイスペックのお前が桃峰さんの傍にいることで、諦める奴が割といたんだ。だが、お前がいなくなれば奴らは息を吹き返すだろう」
「吹き返すか?」
「お前がいなくなれば、残るは美藤という言っちゃ悪いが冴えない男子だけだ。自分にもチャンスがあると思うのは当然だろ」
俺がいようがいまいが、花恋が啓二に少なからず好意を抱いていることは二人を知っていれば分かると思うから意味ないと思うんだけどな。
ぶっちゃけ、花恋が色んな男子たちから告白される光景を見るのは精神衛生上非常によくない。
だが、諦めようとしている俺が花恋に告白する勇気ある男子たちを止めることなど出来るはずもない。
「それでも、千歳は諦めると言うんだな!」
「……ああ。決めたからな」
「ちくしょう! ライバルが増える!」
お前も花恋のこと狙ってたのかよ。
「あれ? でも、お前蒼井のこと好きなんじゃねーの?」
「ああ、蒼井さんには一年の頃に既にフラれているぜ」
フッと儚い笑みを浮かべる太田。
フラれたにも関わらず、以前蒼井の手伝いをお願いした時は快諾したのだから、凄い奴だ。普通なら距離を置いてしまうだろう。
「ちゃんとフラれたからかな。今は普通に受け入れることが出来てる。それと同時に、蒼井さんには幸せになって欲しいと思えているよ」
そう言う太田の表情からはどこか清々しさを感じた。
そして、その姿が俺には眩しく見えた。
初耳情報に驚いたが、太田はその後、可愛いと噂の女の子を三人教えてくれた。
四月から編入したという三年の
月代先生については知っていたが、後の二人は初めて聞く名前だった。
何はともあれ、折角の情報だしその三人をとりあえず見てみるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます