第5話 ストーカーとボディーガード

「ミートドリア、シーザーサラダのお客様ー」

「あ、はーい」

「それと、ハンバーグ&エビフライのAセットのお客様ー」

「あ、その辺置いといてください」

「え、ですが……」

「気にしなくていいんで、とりあえず置いておいてください」

「は、はぁ」


 メンタルブレイクの俺を無視して、黄島はやって来たミートドリアを食べ始める。どうやら慰める気は一切ないらしい。

 別に慰めて欲しいわけではないが、自分のせいでこんなに落ち込んでる奴がいるのに、思うところはないのだろうか?


「んー、美味い! やっぱミートドリアだよなぁ。このエビフライも衣がサクサクで美味い!」


 ん? エビフライ? ちょっと待て。

 それ、俺のエビフライじゃないのか!?


 慌てて顔を上げて、テーブルの上に並べられた料理に目を向ける。

 そこには、一口分切り取られた俺のエビフライがあった。


「お、俺のエビフライが……!! 黄島、お前……人の急所をえぐるだけじゃなくて、エビフライまで!」

「奪られたくねーもんからは目を離しちゃいけねーぞ! だっけ?」


 意味不明なポーズと共に少し低めの声で黄島がそう言う。

 そ、そのセリフは……!


「いや、こいつ何かっこつけてんだろって思ったよ。そういうお前は簡単に目離してんじゃねーか」


 そう言えば、黄島も同じクラスだった!

 めちゃくちゃ恥ずかしい……!

 熱くなった顔を冷やすためにテーブルに頬を付ける。


 暫くして、漸く落ち着いて来た。丁度良くグーッとお腹の音が鳴る。

 黄島がずっと静かだったのが気になるが、俺もそろそろご飯を食べるとしよう。

 顔を上げ、ハンバーグとエビフライがのった皿を手元に引き寄せようとしたところで、俺は気付いた。


「ハ、ハンバーグが一口分ない……!」

「あ、お前が全然食わねーからいらねーのかと思って食っちまったわ」


 黄島は悪びれる様子もなくそう言う。


「き、黄島ぁ……」

「奪られたくねーもんからは目を離しちゃいけねーぞ! キリッ!」

「バカにしてんだろ!」

「バカになんてしてないぜ! キリッ!」

「バカにしてるじゃねーか!」


 ちくしょう。そんなにキリッとしてたか?

 そこまでかっこつけたつもりはないんだけど。とりあえず次からはもっと普段通りを意識しよう。


 ため息をついてからハンバーグとエビフライを食べ進める。

 口いっぱいに広がる、肉汁。サクサクの衣。

 美味い飯を食うと落ち着くなぁ。


 互いに特に言葉を交わすことなく目の前の料理に集中する。

 実を言うと、俺と黄島の関係性はよく分からない。

 俺にとっては幼馴染の友達。黄島にとっては友達の幼馴染と言ったところだろう。

 花恋繋がりで会話は何度かするが、その程度だ。


「ふーっ。食った食った。美味かったなぁ」

「そうだな」


 料理を食べ終え、互いに食後のドリンクを飲みながら一息つく。

 黄島は黄島秋子スペシャル、そして俺は炭酸抜きではなく、普通のコーラだ。

 互いのドリンクがグラスの半分より少なったところで、黄島がおもむろに口を開いた。


「まだ桃峰のこと好きなのか?」

「急になんだよ」

「いいから、答えろよ」


 真剣な表情で俺を真っすぐ見つめる黄島。


 なんだこいつ。

 まあ、いいか。

 念のために周囲を見回す。花恋も啓二もいないな。


「愛してる」


 黄島の目を見据え、声量はほどほどにされどはっきりと答える。

 そんな俺の返事を聞いた黄島は、顔を顰めた。


 おい、それはどういう反応だ。


「お前、キモいよな」

「失礼過ぎるだろ。なんで愛を語ってキモいって言われなきゃならねーんだ」

「じゃあ、聞くけど、桃峰に告白する気はあるのかよ」

「そりゃ勿論大ありだよ! だが、今はまだ時ではない。来たるべき時に備えて好感度を上げることに努めるのが――」

「嘘つくなよ」


 嫌悪感を隠しもせずにそんなことを告げる黄島。


「嘘じゃねーよ」

「は? てめえ、まだ誤魔化そうとしてんのかよ」

「だから、嘘じゃねーって。今はまだその時じゃない。だから、その時が来れば告白するさ。その時が来れば、な」


 俺の発言の意図に気付いたのか、黄島は舌打ちを一つして乱暴に手元のグラスを掴み、黄島秋子スペシャルを一気飲みする。


「やっぱキモいわ」


 そして、そんなことを呟いた。

 キモいキモいと失礼な奴だ。今時、暴言を吐くキャラは流行んねーから! お前、絶対に人気投票したら見た目の割には下位だから!


 心の中で反論し、溜飲を下げる。


「キモいキモいいうけど、好きな人に告白する気のない奴なんか大量にいるだろ」

「全然違うね。お前のは自傷行為と一緒なんだよ。結果が見えているから告白しない。それは分かる。だけど、お前の場合は結果を決めつけてるし、何ならお前自身がその結果を作り出そうとしてる。だから、気持ち悪い」


 黄島の話を聞きながらコーラを飲む。


 まあ、なんていうか、あれだな。黄島に一言だけ言うことがあるとするなら……。


「お前、誰かを愛したことあるか?」

「はぁ? 関係ないだろ」

「大ありだね。ほら、答えろよ」

「……無い」


 まあ、そうだろうな。

 黄島秋子という女は俺の知る限り、常に一定以上の距離を置いて人と関わっている。内部まで踏み込もうとはしないし、踏み込ませようともしない。


 そんな黄島が俺の行動の裏側を聞いて来たのは意外だったけどな。


「なら、先ずは花恋と関わってみるんだな。花恋は本気で黄島のことを友達だと思ってるし、お前と仲良くなりたいと思ってる。花恋と向き合えば多少は俺の気持ちも分かるだろうさ」


 そう言うと、俺は伝票を持って立ち上がる。

 決まった。さりげなく黄島と仲良くなりたいと願っている花恋のアシストも出来た。

 これぞ正に出来る男。


「千歳」


 険しい表情の黄島に呼び止められる。

 足を止めるが、振り返るつもりはない。そのまま、黄島の次の言葉を待つ。


「奢ってくれるのか?」


 いや、確かに伝票持って立ち上がったけど!

 雰囲気考えろよ! もっと他に聞くべきことあるだろ!


「奢って、くれるのか?」


 そんな俺の気持ちを知る由もない黄島は先ほどよりも更に真剣さを増した表情で、俺に問いかける。


「割り勘だ」

「……お前、本当に気持ち悪いな」


 蔑んだような目で俺を見つめる黄島。

 なんだこいつ! 人をキモいキモい言いやがって!

 あーいいよ、そこまで言うなら俺がイケメンだってところを見せてやるよ!


「嘘だ。奢ってやる」

「よしっ! 千歳、キモいキモい言って悪かったな。お前は理解できない奴だけど、気持ち悪いというほどではない……かもしれない」

「そこははっきり断言してくれよ」


 ため息をつきつつ、支払いを済ませる。

 さよなら、ツイン野口英世。


 ファミレスの外に出ると、辺りはかなり暗くなっていた。

 

「じゃあな、千歳。覚えていたらこの礼はいつかするぜ」

「ちょい待て。もう暗いし、送るぞ」

「ん? なんだよ、お前あたしのこと好きなのか?」

「全然」

「なら、いらねー」


 そう言うと黄島はさっさと歩き始めてしまった。

 その瞬間、俺の頭の中に二つの選択肢が思い浮かぶ。


①断られてしまったので、大人しく帰ろう。お節介する必要もないだろう


②黄島の意志など知らぬ! 黄島は我が愛しの天使・花恋の友達、お守りするのは花恋のナイトたる我にとって当然! 後ろからこっそりついて行くべし!

  

 ②だな。花恋が関わっている以上、迷う余地などない。


 早速、花恋の三歩後ろをついて歩く。

 こうしてるとSPの気分だ。


 脳内で緊張感溢れるBGMを流しながら、黄島の後ろをついて行く。

 それにしてもこいつはどこへ向かっているのだろうか? この先には住宅街は無いはずなんだけど……。

 そして、暫く歩いてから黄島は交番へと入っていった。

 交番? まさか何か重大な事件に巻き込まれているのか!?


 黄島が重大な事件に巻き込まれる→黄島の身に危険が迫る→花恋が黄島を心配する→花恋の表情が曇る。


 まずい! 黄島が事件に巻き込まれているなら即刻解決に導かなくてはならない!


「やるしかないな」

「何をやるんだい?」


 電柱の影で拳を握りしめ、覚悟を決めていると背後から声をかけられる。

 振り返ると、そこには警官がいた。


「あ、こんばんは」

「こんばんは。ところで、こんなところで何をやるつもりなんだい?」

「愛した人の笑顔を救う、ってところですかね」


 前髪を軽く払う。

 決まった。我ながらかなりイケメンではなかろうか。

 どうだ、黄島よ。キモい奴にはこんなこと出来まい。


「そっか。ところで、さっき女の子がストーキングされてるって交番に入って来たんだ。少し、話を聞かせて貰ってもいいかな?」


 柔らかい笑みを浮かべて警官が声をかけてくる。

 交番に入った女の子。間違いなく黄島のことだ。


 驚くべきことに黄島はストーキングされていたらしい。これが事件か。

 つまり、この警官は俺の只ならぬ雰囲気を察知し、俺に協力を依頼しに来たというわけか。


「ええ、勿論です。全てはマイラブリープリンセスのために」


 警官の眉間に皺が寄った気がするが、気のせいだろう。


 そのまま二人で交番の中に入る。そこには黄島ともう一人の警官の姿があった。


「周囲を探してたら、この少年がいたんだけど、彼のことかな?」

「はい。こいつがあたしのストーカーです」

「黄島!?」

「そうか。ありがとう。帰りは親御さんを呼ぼうか?」

「いえ、大丈夫です」


 そう言うと黄島は警官二人にお辞儀をしてから交番を立ち去ろうとする。


「ちょっ!? 黄島!? おい、黄島ああああ!!」

「はい、君はこっちで話を聞かせてもらうよ」


 警官に肩を掴まれ、その後俺は警官二人に連絡先を聞かれ、説教を食らった。

 被害者の黄島の要望で、学校や保護者への連絡が行くことは無いようだが、もうストーキングはしないようにと忠告された。


 ちくしょう、黄島め。もう、絶対守ってやんないからな!

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