第3話

ちょっと重苦しい空気の室内だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

この婚姻の申込をどうするか・・・・


婚姻を拒否すれば戦争、受け入れてもあちらでどのような扱いを受けるのか・・・これまた未確定。

アルンゼン国王が私の事を好きで求婚したのであれば、我が国に通って誠意と本気を見せてくれても良かったのではと思う。

三年前の訪問以来一度も訪れていないくせに求婚するという事は、他の意図も含まれているのかもしれない。

何故なら、無理して政略結婚しなくてはならない理由がないからだ。


「どちらにしろ、情報と準備は必要ね」

「返事の猶予は七日だ。それまでに情報を集め、軍にいつでも動けるよう指示をしなくてはな。―――アイザック」

私の後ろに立っていたアイザックとミラ。

国王に呼ばれアイザックは「はっ」と返事をし、一歩前に出た。

「諜報部隊を編成し、アルンゼン国王とその周辺を探れ」

「既に、アルンゼンに潜入している者に指示を飛ばしました。早ければ明日中には何かわかるかもしれません」

「相変わらず仕事が早いな。クレーテ帝国にも万が一の事を考えて、事の次第を伝えておかねばな・・・・」

そう言いながら、こめかみをグリグリと揉む父。

きっとこの事を帝国に伝えたあと、彼等がどのように行動を起こすのか容易に想像が出来て頭が痛いのだろう。

「お父様、おじい様とおばあ様には、取り敢えず内密にしては・・・・」

「それはまず無理だ。我々が何も言わなくても、明日にはマリア―ノ公爵家に伝わっているはずだから。公爵家に伝わるという事は、皇家にも・・・」

この国に忍び込んでいる間者から漏れるのではなく、アルンゼン国に忍び込んでいる間者から報告が行くはずだから。

そう、どのみちマリアーノ公爵家か皇室どちらかに伝わっても、自動的に双方に伝わるという事。不本意ながら大事おおごとになる未来しかないのだ。

私の祖母ベネットの兄である皇帝は既に引退され、第一皇子が現皇帝ではあるのだが、同じ国にいる祖母は分かるが、何故かいまだに嫁いだ母を、そして私まで溺愛してくる。

年が近い男児がいないので叶わなかったが、もしクレーテ帝国皇家に年が釣り合う皇子がいれば、速攻で嫁ぐか婿を取らされていた事に違いない。

いや、それよりも祖母でもあるベネット・マリアーノだ。


彼女は前皇帝の妹でもあり、千騎姫とも呼ばれていて、いまだに国民から慕われ愛されている。

祖母がまだ十四、五才の時に、帝国と隣接している国から婚姻の申込があったそうだ。

相手はその国の公爵家次期当主であり王弟でもあったが、悪い噂しか聞こえてこない道楽息子だったらしい。

大事な妹をそんなクズに嫁がせるはずもなく断れば、何を考えたのかその国が宣戦布告してきたのだという。

当時、クレーテ帝国に対抗できるのは、国二つ分ほど離れた デルーカ帝国のみ。

デルーカ帝国とは元々が親戚筋に当たるので、とても友好的。互いの国に危険が迫れば馳せ参じる位は、仲が良いのだ。

そんな時に戦争の話が出てくれば当然、助けに行くのが友好国と言うもの。

当時の皇太子直々に軍を率いて、クレーテ帝国にやって来たのだという。―――はっきり言って、マブダチの域よね。

敵を迎え撃つために祖母も先頭を切って、出陣。多くを語らずとも、千騎姫という渾名で想像できると思う。

母がお転婆なのは祖母の教育のおかげ。そして私も・・・・『血は争えませんね』とミラ談。

宣戦布告した国はどうなったかと言うと、今ではクレーテ帝国の従属国になっていて、国民は今まで以上に幸せに暮らしている。

王様や高位貴族がクズだと、泣きを見るのは平民なのだと言う典型的な国だった。


そんな祖母である。体力は現役の時と比べ当然落ちるが、気力は現役バリバリ。不安要素以外、何ものでもない。

無意識に解決策を探そうと、思わず過去に起きた似た様な出来事を思い出してみるが、結果何も出てこない。

こんな状態で唸っていてもしょうがないと、明日情報が入ってからもう一度集まる事にし、解散となった。

アイザックは父と一緒に執務室へと向かい、母は今だ怒りが収まらないのか騎士の鍛錬場へ向かって行った。

私はと言うと、ミラと私室に向かう道すがら色んな事を考えていた。

「ねぇ、ミラ」

「はい、何でしょう?」

「アルンゼン国王ってどんな人かわかる?」


私って本当に彼の事知らないのよね。

三年前に父親が亡くなり、国王になったって事しか。


「う~ん・・・噂程度でしたら」

「噂でもいいわ」

「はい。真面目で側近を大事にする、まぁ・・・優しい国王だと言われている一方で、愛人を囲っているという話があります」

「えっ!愛人!?」

愛人いるのに何で私に求婚??

「あくまでも噂ですが、国王の側近の妹だとか・・・」

「はぁ?」

訳が分からない・・・

側近であれば多分、貴族のはず。アルンゼン国は選民意識が他国と比べても高く、いくら能力があっても身分が低いと官僚になる事など、夢のまた夢なのだ。

「国王と結婚できるんじゃないの?その、愛人さん」

「そこら辺がよく分からないんですよね。何処か身体に問題があるのかもしれませんよ。子を産めない身体とか」

「えぇー、子供出来ないんなら親戚筋から養子貰えばいいだけじゃない。わざわざ愛人にして囲う事もないと思うけど」

それに、世継ぎである私に求婚する事もおかしい。同じ国の貴族で事情を知っている令嬢を娶る方が問題ないはず。

「考えれば考えるほど、訳が分からないわね」


そんなこんなと話している間に部屋に着き、一服して休もうと思ったがモヤモヤしてちっとも休めない。

休むことを諦め、鬱憤を晴らすために母の後を追う様に騎士の鍛錬場に足を向けたのが、・・・・そこにあったのは、屍累々の鍛錬場だった・・・・

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