初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
第1話
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
ようやく入手にしたソレを手に、安堵した様に息を吐くと、侍女のミラが感慨深そうに覗き込んできだ。
「トリス様、ようやくですね」
「えぇ、本当に」
主人と使用人という関係ではあるが、幼い頃からずっと一緒だったミラ。誰もいない所では、愛称で呼ぶ事を許した数少ない大切な人だ。
そんなミラも、自分の事のように喜んでくれるのは、私が手に持つ神殿が発行してくれた離縁届。
この国では、結婚してから半年後に離縁できる。
アルンゼン国以外では、最低でも一年は離縁できないのに。
だが、この国では条件は付けられるけれど、最短期間で離縁が可能なのだ。
私にとっては幸運としか言いようがない。
昨日でちょうど結婚してから半年。
白い結婚である事が条件ではあるが、肉体関係が無い事を認定してもらうために、最低でも
それは貴族だろうが、平民だろうが、ましてや王族だろうが関係ない。私は毎月通っていたけれどね。
身の上を明かすのだから、私が誰なのかも知っているだろうけど、彼等はとっても口が堅い。当然の事だが、信用第一なのだから。
それに王家と神殿には其々の役割がある為、それなりに距離を保っているらしい。犯罪まがいの事でもない限りは、情報共有はしていないようだ。
だから私が離縁に動いている事も、あちらには伝わっていない。と言うか、伝えないようお願いしていた。
まぁ、それなりに水面下での取引はあったけどね。神殿だからって綺麗なだけじゃないって事よ。
処女かどうかの判断は、神殿にある神力が籠った水晶に手を翳し判定される。
処女であれば銀色の光が、非処女であれば赤い光が発せられるのだ。
私が触ればいつも銀色に光る水晶。当然だ。何故なら、初夜から放っておかれ見向きもされない王妃なのだから。
「トリス様。そろそろ晩餐会の時間ですわ」
ミラがいつもより何倍も美しく、私を着飾らせてくれた。
銀色の髪は緩やかにそして複雑に編み込まれ、瞳の色と同じルビーで出来た小花を散らす様に髪に飾れば、光の加減でキラキラと輝いている。
雫型のピアスとネックレスもルビーで、シンプルなデザインながらも、その大きさと鮮やかな色、透明度は高級感を漂わせていた。というか、シュルファ国の国宝なのだから当然である。
エンパイアラインのドレスは、首から胸元、両袖は金糸と銀糸の刺繍が入ったレースに覆われ、裾にも見事な刺繍が施されている。
「流石ミラだわ。いつも以上に綺麗で嬉しいわ」
「当然です!女神の如き美しさに、愚かなこの国の者どもが平伏すのが目に見えますわ!」
「ふふふ、ありがとう」
「いいえ。最後にあいつらをぎゃふんと言わせたいですからね!」
「えぇ、そうね。こんな生活も今日でおさらばかと思うと、せいせいするわ。ところで、荷造りは完了してるわね?」
「はい勿論。第一陣は先日出立しております。明日の出立分は兄が既に馬車の中に積んでますわ」
ミラのいう兄とは、私の護衛のアイザック・クルス。ミラとは兄妹で、五才年上で私達の保護者の様な存在だ。
そして彼は故郷でもあるシュルファ国では、私の護衛であると共に諜報部隊の統括でもあった。
この国での離縁の事を調べてくれたのも彼だ。
そう、この城の中での実質的な味方はクルス兄妹しかいない。
私の周りにいる人間は、全てが敵である。
間者としてこの国に潜伏している者はいるけれど、間接的な協力になる。公になると国家問題に発展するからね。
まぁ、この国の人間が一国の王女にしてきた事は、それこそ国家問題なのだが。
でも、それも今日で終わり。正確には明日には私達三人はここを出ていくのだから。
嫁いできて夫だった国王と、最初で最後の晩餐。
今晩で、全て終わらせる・・・・
グッと拳を握りしめ気合を入れていると、アイザックが戻ってきた。
「アイク、お疲れ様。首尾はどう?」
「全て順調だよ、ビー」
ミラと同じく、互いを愛称呼びするほどに信頼し大切な人でもあるアイザック。
頭を動かす度サラサラと揺れる群青色の短めの髪に、紺碧の瞳。
美しいその容姿は、シュルファ国でも断トツの人気だった。
仕事柄、
それを知る諜報部隊の部下達には、ドン引きするくらい慕われて・・・いや、どちらかと言えば愛されている。
「兄様!敬称を忘れてますわ!いくら愛称呼びを許されているとはいえ・・・」
そんな兄に苦言を呈する妹ミラは顔の作りは似ていて美少女だが、黄色みがかった茶色の髪に茶色の瞳と、ぱっと見では兄妹とは気付く者は少ない。
ミラは父親似で、アイザックは母親似だ。顔の作りは二人とも母親に似て良かったと思う。
性格はとても優しいのだが、武人の父親はどちらかと言うと全てがごつかったから。
「いいのよ、ミラ。あなたも私の事はトリスと呼んでくれていいのよ?」
「いいえ!親しき仲にも礼儀あり、です。兄様もビー様とお呼びなさいませ!」
「えぇ、ビー様なんて・・・私の方が嫌かも・・・」
「だそうだよ、ミラ。―――それよりも、今日のビーはいつにも増して綺麗だね」
眩しそうに目を細めながら、私を褒めてくれるアイザック。そしてミラ。
彼等はいつもこうやって私を喜ばせてくれる。自国にいた時も、この国に嫁いでからも。ずっと、ずっと、何も変わらずに。
だからこそ、自ら選択したとはいえ、理不尽極まりないこの国での生活も笑って乗り越え、今日を迎える事が出来たのだ。
一人だったらきっと地獄だったに違いない。
「ありがとう、アイク。貴方も素敵だわ」
いつもの騎士服ではなく、シュルファ国王女近衛騎士の正装に身をつつみ、私をエスコートしてくれるのだ。
ほんの少し緊張していたが、いつもと変わらない彼の態度に安堵したからか、ようやく肩の力が抜けていく。
自分が思っていたよりも緊張していた事に、苦笑を漏らせばミラが心配そうに顔を覗き込んできた。
本当に、よく見てるわね・・・ありがたいわ。
ちょっとした表情や態度の変化なんて、この二人にはあっという間に看破されてしまうのだから、おちおち隠し事もできやしないのよね。
でもそれがとても嬉しい。
差し出された手をそっと握り返せば、全てが上手くいきそうな気がしてくるのだから面白いものだ。
「それでは、行きますか!」
この国ごと潰しにかかるつもりで、三人は気合を入れ直したのだった。
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