鷹司雅は秘密を握る
春聖館学院生徒会選挙をご存知だろうか。
毎年9月に行われ、今後一年間、この学院の舵取りを担う者を決める学院の風物詩であるのだが、この選挙では表沙汰にできない不祥事が毎年多発することでも注目を集めている。
この学院における生徒会長の特権は学院内の権威にとどまらず、将来安泰は周知のこと、欧米最難関大学群への特待生入学や政治家とのコネクト、経団連参画や国連本部への招待など、その数は多岐に渡る。
称号としての威厳も同様。日本中から集まる名家の頂点に君臨するということは即ち、自らが次代の名君であると世に知らしめる意味を持つ。
生徒会長に逆らうなど愚か、かの者が頷けば皆も頷き、首を横に振れば皆も続く。それが許される立場こそ、春聖館学院生徒会長なのである。
であれば当然、貴族層の人間は喉から手が出るほどその立場を羨望する。
生徒会長になれば、自らが全てを掌握できる。そのためであれば、手段を選ばない。
出馬申請書の改ざんや街頭演説へのサクラ、酷い場合には誘拐事件が多発するなど、とても正気とは思えないほどの蹴落とし合いが横行するのだ。
このような事件が多発するとあっては、貴族層のような強力な後ろ盾を持たない平民層が選挙に出馬するなど到底なし得ない。
現状を変えたくとも、その野心が実ることが叶わないと悟るためである。
もちろん学院側はそれを認知しているが、学院への出資者全員が貴族層の生徒を持つ親。到底逆らうことはできず、刑事事件に発展するまでは黙認するという始末だ。
過去に一度だけ、選挙期間を終えるまで拉致監禁された被害者生徒が世論に訴えようとしたらしいが、その生徒の主張が世に出ることはなかった。直前で多額の献金を受け、被害者生徒の親によって無理やり揉み消されたという。なんともおぞましい裏話である。
しかし、今年の選挙では、そのような事例が報告されなかった。
毎年多数の候補者がひしめくのに対し、二ヶ月前に行われた選挙に出馬した生徒は僅か二人。
これは明らかに異常であったが、その二人を鑑みれば納得するであろう二人であった。
あの獅童財閥当主である獅童正嗣の息子にして、既に学院内外での権威を高める御曹司―――獅童司。
それに対し、遡るは平安、古来から千年以上の偉大なる歴史を作り上げてきた鷹司財閥のご令嬢にして、当時の貴族院副代表―――鷹司雅。
資産価値が二桁も三桁も異なる両陣営を前にして、誰もが一瞬で負けを悟ったのである。
そうして二極化した選挙。平民層が支持する司と貴族層が支持する雅。この学院の未来を担う逸材はどちらになるかは熾烈を極めるだろうと、誰もがそう思っていた。
しかし決着はあっけなく、敷地内の劇場ホールで行われた最終演説の場で突然、雅は出馬を辞退したのである。
思いがけない事態に皆が呆気にとられる中、雅が妖麗な笑みを残して舞台袖へと消えていくと、ようやくその意味を吞み込んだ観衆は騒めき合った。
敢えて獅童家に花を渡したとか、愚考な私達には分からない雅様の策略だとか、わざわざ多忙な生徒会長の座に就かずとも容易に権威を主張できる確信を得たからだとか等々。
しかし、その中で誰一人として彼女が敵前逃亡したと微塵も思わなかったのは、鷹司雅が常日頃から高貴な品格を身に纏っていたからだろう。
結果として生徒会長の座は獅童家の者になったが、司自身としてはなんとも煮え切らない結末であったのだった。
そんな苦い記憶を思い出しながら、今、獅童司は鷹司雅と再び相まみえている。
にっこりと余裕に笑うものの、彼女の瞳はまるで司の全てを見通しているようで、彼女と目を合わせてはいけないと本能が叫んでいた。
そう警戒する司の内心を知ってか知らずか、彼女は不敵な笑みを浮かべて一段一段ゆっくりと階段を降りて来る。
そうして彼の懐へ潜り込むと、胸の下で両手を組みながら少し顔を上げ、ジロジロと司を観察し始めた。
「な、なんだよ?」
「いえ、素晴らしい容姿だと思いまして……間近で見るとより分かりますが、やはり司くんは端正な顔立ちをしていますね。正直、羨ましいです」
「……それはどうも。けどさ、本心ではそう思ってないんだろ?」
「ふふっ、私はいつも本心から意見を述べていますのに。相変わらず司くんは冷たいですね。悲しくて涙が零れてしまいそうです」
そう話すものの、雅の目から涙は一向に出ない。
貴族層で最も麗しき笑顔を絶やさず、司の様子をじっくりと観察し続けていた。
「(くそっ、相変わらず不気味な奴だ……)」
生徒会長に立候補したかと思えば途中で棄権し、その僅か数日後には、在籍する貴族院の代表を引きずり降ろしてその権威を掌握した彼女。
一体何を企んでいるのか、その一部すら垣間見ることができず、司は一方的に丸裸にされているような錯覚を抱いた。
これ以上は危険と判断し、彼女の瞳から逃れようと退路を探す。
が、突然背中が壁にぶつかってしまう。
「(やば、逃げ場が……ッ)」
気づいた時には既に遅く、無意識に間合いを詰められ、いつの間にか壁際まで追い込まれていた。
「どうしましたか? 何やら困った様子ですが……あ、そうだ! 悩みがあるなら私に頼ってみてはどうでしょうか? きっと司くんのお力になれると思いますよ?」
依然として乱れぬ笑みを浮かべ、雅は人柄の良さを演出する。
両手を合わせて、いかにも私は心配していますよと媚びをへつらう姿には、思わず嫌悪感が芽生えた。
今すぐにでもその薄気味悪い仮面を引き剥がしてやりたい気持ちに駆られるが、こちらの動揺を誘う手口に引っ掛かるわけにはいかない。ひとまず一呼吸を置いて冷静さを保つ。
「お気遣いなく。でも……貴族層で一番の美貌を持つお前に見つめられたら誰でも緊張するだろ? それに、こんな距離だと余計に顔を合わせられないって」
「あら、そうでしたか。まさか毎朝黄色い声援を浴びている司くんでも緊張なさるなんて驚きです。ふふっ、全く……随分と嬉しいことを言ってくれますね?」
「お世辞じゃないさ。実際、この貴族層内でお前に並ぶ美女がいるとは思えないし、遠巻きにこっちを見てる奴らも皆同じことを思ってるよ」
そう言って、司はさり気なく視線を誘導する。
雅が振り向くと、教室の窓や扉から顔を出す複数人の姿が。
類稀なる麗しさと天使のような微笑みを併せ持つ雅を拝み、少しでも目に焼き付けようと躍起になっているのが伝わってきた。
「あらあら、随分と注目されていたのですね。あまり人目につかない場所のはずなんですが……これでは密談中のカップルと勘違いされてしまいますね?」
「いや、流石にカップルは言い過ぎだろ……」
「そうですか? 私は司くんのことが好きですし、数年後には是非とも司くんに殿方を担っていただきたいのですが」
「……冗談ならせめて他の奴に言ってやれ。お前の告白なら皆泣いて喜んでくれるだろうよ」
「あら? 乙女の愛の告白を冗談と断言するのはいただけませんね? 私、これでも真剣なんですよ?」
眉をひそめ、雅は頬を膨らませて強く抗議する。
傍から見れば、二人のやり取りは他愛無い痴話喧嘩をしているカップルにしか見えないだろう。しかし、司当人にとっては肝に冷や汗が滲んでしまうほどのおぞましいやり取りに思えた。
この雑談の中でも時折覗かせる、陰りを含んだ瞳。いつ彼女が踏み込んでくるのか、それをただ待つことしかできない。
「(選挙後は一度も顔を合わせていなかったのに、なんで今日になっていきなり俺を探してたんだ? なるべく刺激しないように気をつけてたのに……というか、選挙と時に比べて明らかに敵意剥き出し過ぎだろ!? そんなに怒らせることしたのか俺!?)」
選挙の際に初めて雅と顔を合わせた司であったが、どちらが勝っても最後には健闘を称え合いましょうと握手した当時の微笑ましさは何処へやら、今の彼女の瞳にはどす黒い何かが住みついていた。
元々妖麗な雰囲気漂う淑女であったが、今の彼女には何かしらの意思が働いているようで、司はその正体が見破れずに眉間にしわを寄せるばかりであった。
「(……でも、このまま放置するにはあまりにも危険だ。鷹司が何を企んでるか認知できれば、今後の生徒会活動にも影響は出ないはず)」
貴族層を統括する貴族院代表の彼女には多大なる権威が備わっている。
この学院では基本的に生徒会長が全てを掌握できるとされているが、今年に限っては例外。獅童家と肩を並べる鷹司家の令嬢の権威は凄まじく、司が生徒会長として権威を発揮できるのは平民層や教師陣に対してのみ。
貴族層やその後ろ盾となる出資者等への権威は全て、目の前にいる鷹司雅の手中にあった。
とはいっても、彼女が一体何を探っているのかすら分からない状況では手の探りようがない。
下手に弱みを握られてしまう結果が生じるリスクを被るよりも、この場を上手くやり過ごした方がはるかに懸命だ。
だからこのまま嵐が過ぎ去るのを待つ、そう覚悟を決めたまさにその瞬間、示し合わせたように彼女が囁く。
「……ああ、そう言えばひとつだけ、司くんに尋ねたいことがあったんですよ」
「尋ねたい、こと?」
「はい、尋ねたいことです。私、どうしても気になってしまいまして……」
小首を傾げ、わざとらしく困り顔を向けられる。
やはり嫌悪感を抱かざるを得ないその姿に眉をひそめるが、すぐに改め、「いいよ、何が訊きたいの?」と訊き返す。
「ふふっ、大事な確認ですよ。私、これでも貴族院代表を名乗っていますので、ね?」
貴族院代表、その言葉に思わず警戒してしまう。
やはり生徒会長の権威を掌握したくなったのか、それとも生徒会そのものを潰そうと企んでいるのか、憶測は絶えない。
この学院を統べる野心を持つならば、雅と唯一同格である司は完全に邪魔者。
司が生徒会活動に本腰を入れる前にして、叩いておくなら今しかないと踏んだのなら、確かにこのタイミングだ。今まで接触してこなかったのも納得がいく。
とはいえども、目の前に佇むこの女が今まで予想通りの行動をしたことがあるだろうか。
情報戦では予想外の連続に振り回され、選挙戦ではいつも主導権を握られ続け、あまつさえ最後には出馬を辞退するという奇想天外な様まで披露された経験が物語る、彼女への不審感。
とてもじゃないが信用できない。そんな敵意をうちに秘め、司は素直さを取り繕った。
「そこまで警戒なさらなくとも、司くんの敷居を跨ぐような不躾な質問はしませんよ……ただ、どうして生徒会長を目指したのか、なぜ平民層の方々との協和を図るのか。それがどうしても気になってしまったんです……だからもう一度だけ、教えていただけませんか?」
「……は?」
予想外のセリフに、思わず情けない声が出てしまった。
片眉を上げて顔をしかめてしまうものの、先立って予想外な発言を予感していただけあって、ある意味予想の範疇であるともいえる。
が、そんな下らない思考を翻し、司は彼女の発言の真意を見出そうとする。
「なんで今更……公約なんて選挙期間に嫌というほど耳にしただろ?」
「はい。ですが……あれは単なる作り話でしょう? この学院に在籍している以上何かしらの野望をお持ちのはず。であればもっと本心を曝け出しても良いのではないですか? それに、これからの私達の友好にも関わってきますし、より良い学院生活を二人で作り上げるためにも意思疎通は大事かと思いますよ?」
「……友好、ね」
「ふふっ、何か語弊がありましたか?」
「別に。ただ、
仲良くする気なんて初めからないだろうに、よくもまあぬけぬけと嘘を並べられるものだとむしろ感心するよ。
「あら、私は司くんと仲良くしたいと思ってますよ? それこそ……いえ、やはり何でもありません」
「……なんだよ? 言いたいことがあるなら隠す必要ないだろ? 俺、そういうの気になるタイプなんだよ」
「へえ、そうなんですね。ふふっ、今日はなんとも幸運な……また新しい司くんを知ってしまいました。正直運試し程度に感じていましたが、案外星座占いも馬鹿にはできませんね?」
そう笑うと、流れるようにはぐらかす彼女。
こちらを問い詰めるだけ問い詰めて、肝心の自分はなにも明かすつもりはないらしい。本当に不気味な奴だ。
「(これ以上絡まれても面倒だ。ここはさっさと済ませて教室に戻ろう)」
ちらっと腕時計を見ると、もうすぐで朝のホームルームを告げるチャイムが鳴る時刻を差している。
生徒会の仕事を免罪符にすることもできるが、今はとにかくこいつの注意から逃れたい。
「……まあ、あれだ。大体はお前と同じようなもんだよ。うちの財閥のメンツに関わる問題だから仕方なく生徒会長を目指したってシナリオだ」
「なるほど、それは確かに。私のお父様もメンツは気になさっていましたし……あ! そういえば私が辞退したという話を耳にした途端、両親揃って顔を真っ赤にしていましたよ!」
「(だろうな。あれは流石に俺でも面食らったし。てかあれを嬉々として語るのはどうなんだ……?)」
しかし理由までは尋ねない。
早くこの場を去りたい気持ち半分、どうせ訊いても再びはぐらかされるという諦め半分だった。
頭を掻きながら、司はいかにも面倒くさそうな態度で残る質問の答えを告げた。
「平等を画策する理由は……平民層を煽った以上は相応分迎合しないとだから、かな。公約を無視して生徒会長の座が危ぶまれても困るし……まあ、あたかもお前のお膳立てで当選したように思われるのは少々癪だが、結果は結果だ。今更恨むなよ?」
「まさか! そんなことしませんよ……だって私は司くんを応援していますから」
そう言うや否、雅はゆっくりと司の右手をすくい取り、そしてそれを両手で包み込んだ。
「(……はぁ!?)」
突然押し付けられた豊満な感触。制服の上からでも分かるほどの触り心地に、司は思わず赤面してしまう。
雅は愛おしそうに胸奥で彼の手を握りしめ、困惑する司を上目遣いに認めると、にこりと笑みを浮かべて続けた。
「ふふっ、男の人はこういうのに弱いと耳にしたので試しにやってみたのですが……司くんはドキドキしてくれましたか?」
「ば、馬鹿!? 何してんだよいきなり!?」
乱暴に手を離し、司は身構える。
突然の意味不明な行動を受け、思わず声を荒げてしまった。
「何してるとは心外ですね。ただ押し付けているだけですのに」
「そんなもん分かってるわ! なんで急にむ、む……ぇに押し付けるような真似したんだよ……! 大体、そ、そういうのは好きな人同士でするもんだろっ!?」
「そうなんですか? あ、でも……私は司くんのことが好きですし、それなら何も問題はありませんよね?」
「大いに問題だ! 冗談でもやっていいことがあるだろうが!」
「あら、そこまで拗ねなくてもいいじゃないですか。もう、そんなところも可愛いですね?」
「いや、拗ねてねえから!?」
動揺そのままに、つい感情的にツッコんでしまう。
弱みを握られないよう振舞おうと意気込んだ数分前の自分はどこへやら、完全に雅のペースになっていた。
「(くそッ、完全に弄ばれてる……! け、けど仕方ないだろ!? 澄花にすらされたことないのに、いい、いきなり押し付けてくるなんてさ……!? 俺だってびっくりしたし、てか俺はただされるがままだったから無罪だろ! 俺悪くないよな!?)」
この場にいない澄花へ言い訳を重ねる司。
実際に居合わせていたら、他の女に浮気したと蔑まれてしまうのが目に見えていた。
せっかくいい感じの朝だったのに、これでは放課後に会った時にどんな顔をして話せばいいのだろう。
どうしてもっと警戒しなかったのか、そんな後悔に頭を抱えていると、唐突にホームルームを告げるチャイムが鳴る。
「あ、じゃ、じゃあ俺戻るから……っ!」
「―――え? あ、ちょっと!? 司くん待ってください!」
雅の制止を振り切り、これ以上の墓穴を避けるため、司は小走りで廊下を駆けて行く。
振り返ることなく、ひたすら記憶の中の澄花へ謝罪し続ける司の顔は真っ赤になっていたのだった。
「……もう、女性を置いて先に行ってしまうだなんて。司くんは失礼な人ですね」
そうしてその場に取り残された雅はため息をつくと、静かになった廊下でひとり立ち尽くす。
遠巻きに見ていた観衆も消え、近くにいた彼も消え、今の彼女は正真正銘の一人だった。
「(……)」
静かな場所で佇む少女は、上げていた口端を元に戻すと、途端に無表情になる。
そして、彼の手の温もりを思い出すため、雅は両手を胸に置いて目を瞑った。
「ふふっ、よかった。まだ覚えています」
ごつごつとした彼の大きな手に安心感を覚える。
選挙戦で顔合わせした際に交わした握手よりも、それ以前の記憶よりも、ずっとずっと色濃く残る彼の味。
けど足りない。もっと味わいたい。彼の気持ちはまだこんなものではないはずだから。
「―――雅様、用はお済みになりましたか?」
いつの間にか物音ひとつ立てずに忍び寄って来た女子生徒は、主人である雅にそう問う。
その存在に気がつくと、雅は振り返って再び口角を上げた。
「はい、アンナの報告通りでした。平民層への過度な肩入れも、彼の言い訳も、全て辻褄合わせの紛い物。やっぱり司くんは嘘が苦手のようですね」
「もちろん、そんな真面目なところも好きですけど」と付け加え、雅は嬉しそうに笑う。
しかし本人は気づいているだろうか、近くで見ていた先程の従者―――
主人の二面性に慣れているアンナでさえ、雅のその異様な微笑みには、堪らず息を呑んでしまうのだ。
「裏があるとは思っていましたが、まさか本当に平民の子と関係を結ぶなんて……それも使用人だとは驚きです。アンナ、その女性の名は何と言いましたか?」
雅が首を傾けて尋ねると、アンナはようやく我に帰る。
背中を伝う冷や汗など気にも止めず、恐ろしい目線に耐えながら主人に告げた。
「……久遠澄花という者です。潜入先の獅童邸ではメイド長を務めており、大変優秀な方だと部下からの信頼も厚く―――」
「そこまでは聞いていませんよ? 私はただ、その者の名前を尋ねたに過ぎません。有能かどうかは関係ないんですよ」
「! し、失礼いたしました……」
アンナが慌てて頭を下げると、雅はにっこりと笑って彼女の頭を撫でる。
一転して安らぎを与える優しい手つきに、アンナの心は不自然に震えてしまう。
「いいんですよ、アンナは私が求める以上の仕事を果たしたのですから。あなたはよく頑張りました」
「……はい、お褒めにいただき光栄でございます」
「ふふっ、この調子で引き続き潜入調査、お願いしますね?」
「! は、はい!」
期待に煽られ、アンナの目尻にはじんわりと涙が浮かぶ。
平民である自らが必要とされている事実を実感し、遂に彼女の悦びは最高潮に達するのだ。
そんな風に悦びに縛られる彼女を憐れみながら、雅はふと考えを巡らせていた。
「(……本当に可愛い飼い犬ですね。このまま階段から突き落としてしまっても、アンナは尻尾を振って悦んでくれるのでしょうか?)」
もちろん実際にはそんな危険なことはしない。
アンナにもしものことがあれば、他の誰でもない、雅自身が傷ついてしまうと理解しているからだ。
自分にとって利用価値があるものは全て支配したくなる。他人も、物も、権力も、自らが欲するならば全て掌握するのが鷹司雅のやり方。
「(邪魔者をいなくなればきっと、司くんの気持ちをもっと味わえますよね?)」
彼の好きを知りたい。
受け止めきれないほどの愛を捧げてほしい。
こんな衝動に駆られてしまうのも全て、彼の存在が眩しいから。
こんな風に変わってしまったのも全部全部、彼が悪いのだから。
「好きですよ、司くん。憎たらしいほどに、とても……ね?」
目を瞑り、両手を握りしめて捧げる告白は、とても心地良い。
甘くて切なくて、心が悦んてしまって、それでいて蝕まれていく。
もう二度味わえないこの瞬間を再び望んでしまうのは、きっと彼もそれを望んでいるからだ。
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