メイド長は項垂れる

自室の扉を閉め、メイド長は静かにうずくまった。




「今回は特に疲れましたね……」




メイド長―――いや、仕事は終わったのだからもう戻そう―――改めて私はそうこぼした。


ちらりと時計を見ると、時刻は十時五十分。もうすぐタイムリープが始まる。




そう、タイムリープが始まるのだ。






最初に違和感を覚えたのは服装だ。


全業務を終え、パジャマ姿でベッドに横たわっていたはずの私が目を覚ます。すると突然メイド服を身に着けた状態で立っていたのだった。


それでも不可解だったが、なによりも目の前に突然現れた人物に驚いてしまった。




なんで司が私の部屋にいるの――――――?




そう叫びたい気持ちを抑え、私はなんとか状況把握に努めていた。


すると理解する。ここが司の部屋であり、今の状況が一時間前の出来事そのものであることを。


これはタイムリープ。そういった内容の小説を嗜んでいたこともあり理解が捗った。




そしてもう一つ気付いたこと、それは司も同じ現象に陥っているらしいということだ。


私だけがタイムリープしているならば、司はこの後に私の名前を唐突に呼ぶはず。


でもそれが起こらなかった。司は明らかに困惑していて、不可解な現状を把握するのに手一杯に見えた。




その瞬間、これはマズイと思った。


このままではきっと司は私に再び告白をしてくる。


淡く尊い初恋のリベンジに燃え、一途で純粋な気持ちが再び私に向けられるのだ。


そして案の定、司は告白をしてきた。後悔せずため、私の目を見て真っ直ぐに気持ちを伝えてきた。


こちらの気も知らずによくもまあ純粋に告白するのだから、本当に勘弁してほしい。




「…………断るこっちの身にもなってよ」




司は獅童財閥の御曹司だ。小さい頃はそんな世間体など特に気にしていなかったが、メイドとして給仕していると周りからとやかく言われるのだ。


やれメイド風情が司様と馴れ馴れしくするなとか、やれ使用人がこの私と司様のお見合いの邪魔をするなとか色々。


月日を重ねてだんだんと仕事に慣れてくれば、世間体というものを否が応でも意識せざるを得なかった。


私は末端の見習いメイドであり、司は日本有数財閥の御曹司。これが世間の常識だから。


その時、今までの私がどんなに愚かな行動だったかを身をもって知った。


もう司と話してはいけない、立場も身分も格も違う私が司と馴れ馴れしくしてはいけないのだと。




それからの私は彼と距離を取るようになった。


自らを殺し、心を殺し、いつからか私は冷徹なメイド長だと揶揄されるようになった。


それでも私は貫く。なにがあっても本音を晒すことだけはあってはならない。


鉄の仮面を纏い、メイドとしての立場を演じる。大勢の観客が固唾を飲んで見守るこの演目を私個人の感情でぶち壊してはいけない。


この気持ちを知ってしまった私への断罪なのだと言い聞かせて、私は今日も主役を引き立たせるのだ。




「私も好き……大好きだよ……司」




顔を埋め、弱みを見せる。もう仕事は終わったのだから、今だけは許してほしい。


明日からまた頑張るから、いつものメイド長に戻るから、この数分間だけは許してほしい。


止め処なく溢れる涙で袖を濡らす。


たくさんの想いを吐き出して、涙を枯らしてもまた溢れ出して、そんな繰り返し。


苦しみと喜びは紙一重。その狭間で明日も明後日も私は司様に仕え続けるメイドなのだと繰り返して。






―――そうだ、そのはずだったんだ。






目が覚めたら目の前に司がいて、また告白される。


振ったと思えば一時間後に再び告白される。


告白、告白、告白、告白、告白―――――――――――――――――――――




「な、なんなのこれ……!?」




混乱していると再び睡魔が襲ってきて、目が覚めたら再び司が告白してくる。


再び断っても、また同じように睡魔が襲ってきて、そして目が覚めたら再び司が告白してくる。


いつまでも告白され続ける世界にもう頭がどうかしそうだ。いや、もうどうかしている。


狂気じみた現実に頭がついていけない。




「いつになったら終わるの……!?」




もうこれで998回目のタイムリープ、ざっと計算して一か月半もの間永遠に告白され続けている。


真っ直ぐな眼差しで私を求める彼。その想いを受け続ける私。


隠してきた気持ちがもう抑えられない水準にまで来ていた。


こんなの心臓がもたない―――




「いや駄目、ここで折れたら今までの努力が水の泡に……」




そうだ、絶対に本心だけは晒してはいけない。


司には世間体もあるし御曹司の玉の輿を狙う多くの結婚候補者がいるのだから、まだ高校生である今のうちに初恋を断ち切ってもらわないといけないんだ。




私が折れなければ、きっと大丈夫。そう思っていた。






でも、駄目だった。


弱みを見せて懇願する司の姿を見て、私の中でなにか枷が外れてしまった。


司の気持ちを踏み躙る以上、初めからこうなることは分かっていたはずなのに。


私が断り続けているせいで司が傷ついてしまったのだと自覚すると、私は自分を抑えられなくなってしまった。


このタイムリープの中で、いや司を避け始めてから今に至る十年間で初めて、私は本音を晒したのだった。




一度溢れた想いに蓋をすることはできない。


好きという気持ちが思考を支配し、冷静な判断が出来なくなってしまう。


十年分の想いを全て余すことなく伝えたい、心がもうそちらに傾いていた。




「もう無理……好きって言いたいよ……」






次で1000回目のタイムリープ。司の初恋を踏み躙ろうとしたかつての私は、もういない。


面倒なもの全てを忘れ、ただ私の気持ちを伝えたいと、そう願っていた。

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