第36話

「でも、それだけしか知らなかったのなら、どうしてユーヤがあたしに謝るの? ユーヤが謝るようなことはなにもないよ?」


「きみの身を襲った不幸の元凶は、ぼくだから」


「ユーヤ?」


 ミリアの瞳が驚愕に見開かれる。


「ぼくは」


 言いかけた瞬間、優哉の二の腕が誰かに引っ張られた。


 同時にミリアの二の腕も掴まれて引っ張られ、ふたりは強引に引き離されてしまった。


 秘密基地の外に連れ出されると、そこには兄や父を始めとして、ミントたち優哉の護衛が、集まっていた。


「ジェイク殿下」


 ミリアが身を縮ませる。


「素直に国外退去の命に従って欲しかった。そうしたら命までは奪わなかったのに」


 車椅子に乗っていて、以前よりは痩せていたが、ジェイクは以前と変わらない強い眼差しでそう言った。


 命を奪うと言われ、ミリアが震える。


 優哉は逃げ出そうと抗ったが、どうやっても父の腕を振りきれない。


 優哉を拘束したのは父だったのだ。


「離してよ、父さんっ!」


「ジェイク殿下の辛いお気持ちをどうして察しない!」


 頭から叱責されて優哉が動きを止める。


「こうならないために彼女と付き合うのはやめるように、わたしは何度も説得したはずだ。それでも我儘を押し通したのは優哉だろうっ!」


「父さんは理由なんて一度も言わなかったじゃないか。ただミリアと付き合うなって、深入りするなって、それしか言わなかったじゃないか!」


「相手のためにミリアージュ・ヘイゼルのために言えないこともある。彼女も知らない罪なら、それを問いたくなかった、どうしてそれを察しない!」


 辛そうに言われて優哉は言い返せなかった、


 すべて優哉の我儘のせいだと言われたら言い返せないので。


「ユーヤ? 貴方は一体?」


 殺すと言われた恐怖も忘れ、ミリアはじっと初恋の人の苦い顔を見ていた。


 そんなミリアに向かってジェイクが辛い命令を下した。


「ミント。彼女を連れて行け」


「畏まりました」


 ミントが動こうとしたとき、咄嗟に優哉が叫んだ。


「待って!」


 すべての者が動きを止める。


 ミリアも身柄を拘束されたまま優哉を見ていた。


「本当にミリアを殺すなんて言わないよね?」


「必要とあればそうする」


「そんな」


「ヘイゼル家の者は永久追放とする。これは王家に伝わる不文律とも言える掟だ。彼女はその境界線を越えてしまった」


「ぼくが越えさせてしまったんだね?」


 問いかける声にジェイクは迷ったが頷いた。


「どうすれば彼女を許してくれるの?」


「セイル」


「セイル?」


 ジェイクの呼んだ名が意外でミリアが眉をひそめる。


「なんでも言うこときくから、これからはもう逆らわないから、だから、彼女を助けて!」


 そごまで一息に言ってから優哉は、はっきりとこう呼んだ。


「兄さん!」


 ギョッとしたようにミリアが優哉とジェイクを交互に見る。


 この場で優哉の兄と呼ばれる年齢の者がいるとしたら、どう考えてもジェイクしかいなかったので。


「だから、彼女を排除したかったんだ、わたしは」


「兄さん?」


「セイルはそうやって自分の意思を殺しても、自分を殺しても彼女の安全を優先しようとする。それがなにを招くか、まだわからないか?」


「?」


 首を傾げる優哉にジェイクは噛み砕いて説明した。


 優哉がミリアを庇おうとする限り、彼女が優哉の足枷となる。


 そうなれば優哉は自分が思った通りの治世ができなくなり、また意に沿わない婚姻だって引き受けざるを得なくなる。


 優哉の治世に影響を与える存在にミリアは既になっていた。


 優哉とミリアが築いた関係性。


 そしてミリアの出自故に。


 だから、こんな行動に出たのだと言われて、ミリアは初めて優哉の正体を知った。


(ユーヤが次期国王? ジェイク殿下の弟君? だから、あたしはこんな目に遭った? あたしの出自とユーヤとの関係が、この国を脅かすから?)


「ぼくの足枷になるから? だったらミリアは殺してもいいの?」


「セイルの足枷になるということは、民の足枷になるということだ。国が大臣たちの私物化されるということだ。セイルはまだその辺の自覚が足りないな」


「だったらもっと納得できる理由を教えて! 彼女がなにをしたのか! 彼女のなにを利用して、大臣たちがぼくに無理難題を押し付ける可能性があるのか! その理由を!」


 一歩も譲らない優哉にジェイクも隠すのは諦めた。


 言いたくないでは終わらないらしいと。


「とりあえず一度家に帰ろう。ミリアージュ・ヘイゼルの処遇も、すべてを明らかにしてから決めればいい」


 ジェイクのその一言で優哉は監視されたまま家へと連行され、ミリアは拘束されたまま連行された。


 そのとき実はジェイクはもうはっきりと目が見えていたのだが、そのことを知っている者はまだいなかった。

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