真面目な後輩は素直になれません。
第31話 先輩。焼き肉です!
夏休みである。明日から。
俺は正式に全教科満点の連続記録を継続。成績順位表の頂点にいつも通り座り、終業式を迎えた。そして本日は。
「ほ、ほわぁ……放課後に、焼、肉。ほわぁ」
「……カスミちゃん、可愛い」
「そうだな」
目の前に座る香澄、その隣に座る恵理が、香澄を眺めて頬を緩ませていた。自分の友人の名前を以前よりどこか柔らかく軽やかに呼ぶようになった気がする。
「なるほど。同意するんですね、セーンパイっ」
「何でもない」
「あたしはしっかり聞いていましたから」
「勘弁してくれ」
「いつの間にか香澄、って呼んでますし。いやー。居づらいなぁ」
「そういうのじゃないです。邪推しないでください」
「ごめんごめん。カスミちゃんもだね、晃成先輩、って呼んでますし。いやはや」
「恵理さん! もー」
「あはは。ごめんごめん。からかい過ぎたね。あっ、飯田センパイ、こっちでーす」
「おう、悪いな。遅れて」
「いえいえ、部活お疲れ様です!」
どこか夢見心地の香澄、いつもの調子の恵理。そこに飯田が合流して。
「すいません。全員集まったので」
と、いうわけで、打ち上げである。焼肉食べ放題である。
なんでも、恵理と飯田が言うに、焼肉屋に来るとトングを離そうとしない奴がいるらしい。
まぁ気持ちはわかる。網だから余計な脂が落ちて、フライパンで焼く時のように、肉の脂で揚げ焼き、みたいなことにならない。直火で焼くから美味しい。焼きたくなる気持ちはとてもよくわかる。拘りたい。
「ふんす!」
なんて、張り切って網の上の肉と睨めっこする香澄を、二人はどこか微笑ましいそうに眺めていた。
「先輩、それはまだ早いです」
「いや、焼き過ぎだろ」
「というか先輩、焼いてばかりでなく食べてください」
「香澄だ、それは」
「こういう場は後輩に任せてくださいよ」
「何を言うか。むしろここは年長者が責任もって用意する場であろう」
さっきから香澄が焼き係を下りないのだ。俺は普段、焼き肉に来る時は一人。だから慣れているから任せてくれれば良い焼き加減の肉を安定して提供するのだが。
「そもそも脂が跳ねたら火傷するだろ。こういうのは俺がやれば良い。恵理、お前からもなんか言ってやれ」
「どっちもどっちですねー」
「なんてことだ」
「まぁ、センパイは、カスミちゃんの白くてきれいな肌が、火傷で傷つくのが嫌だ、と言いたいようですし、ここはセンパイの味方をしましょうかね」
「んなっ」
「そ、そうなんですか?」
「いや、まぁ、そういう言い方になってしまったが……」
「くくくっ、くははっ」
「おい飯田」
「いや、わりぃ。くくくっ。ぐはっ」
とりあえず飯田の口に焼きたてのカルビを突っ込んで黙らせ。
「まぁ、あれだ。まぁ、恵理の言う通りだし、今回は世話になったということも含まれる。俺に任せてもらっても良いか?」
「……しょうがないですね」
「まぁ、香澄も初めての焼き肉だし、あぁそうだな。この脂身が少ない肉を任せても良いか?」
「わかりました。そういうことで」
丸く収まった所で……ん? 恵理が何か手帳に書いてこちらに向けてくる。
『大人な対応グッドです。センパイ、イケメンですよー』
「……はぁ」
大人な対応、ね。
「香澄、薄切りロースは巻くと良い」
「巻く、ですか?」
「そう。普通に焼くと張り付いて大変だろ。だから巻く」
「ひっくり返さなくても?」
「あぁ。転がすように焼いていれば、内側は脂で蒸し焼きにできる」
「なるほど」
何かで読んだテクニックだが、試してみたら結構簡単だったし美味しかった。
「お肉を焼くのも奥が深いのですねぇ」
「そうだぞ」
恵理の皿にロース巻きを提供して。
「ところで先輩」
「なんだ」
「これほぼ生じゃないですか。炙った程度ですよ。もっとしっかり焼かないのですか?」
「なら食ってみろ」
「むっ……」
「そして……ほれ、これが君の言うしっかり焼いた、って奴だろ」
「はい」
比べればわかる。この薄い肉は網に乗せた瞬間にひっくり返して終わりだ。
香澄は恐る恐る口に運ぶ。むしろ香澄ならレアステーキとか結構食べてそうなものなのだが。生真面目だからしっかり焼かなきゃいけないという常識を刷り込まれてるのか。
あっ、表情が蕩けた。しっかりと噛みしめて、飲み込んで。
「……美味しいです。とろ、蕩けました。赤身がとろっ。はい、先輩。先輩が正しかったです」
香澄も、美味いものには勝てないのである。
「……何なんですかこの先輩、料理もできるって」
「いや、料理という分野で言えば、香澄ほど上手くないぞ。焼き肉は肉焼くだけだろ。それぞれの肉の性質を勉強すれば誰だってこれくらいできる」
「……さらっとそういうこと言いますね」
「あー。いや。まぁ。なんか気に障ったか?」
「いえ……」
「センパイ、カスミちゃんは照れてるだけです」
「そうなのか?」
「……恵理さん。恨みます」
そんな俺達のやり取りを、飯田はどこか遠くを見るような目で眺めていた。
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