第15話─酒の席には華二つ 後編
「は、はい?」
言葉の真意が読み取れず、頭の中の『?』がますます増える。
「こりゃ言い方が悪かったな。信念とか、幹とか、要は自分が常に考えていることじゃよ」
「私は……」
言われて見れば、自分は何を目指しているのか、何に向かって進んでいるのか。私の中に明確なものは存在しない。
「……」
しばらくの間黙りこくっていると、四方さんは気が変わったように私の肩を軽く叩いた。
「まあ、今は答えが出なくてもいいんじゃよ」
「そう、ですか?」
「うん、何者でもないまっさらな状態でいられるのは子供の特権じゃ。大人になると、否が応でも役割を持って社会に身を賭さねばならん。そこに自我を落とし込める人は、ほぼ無に等しい」
「儂も、みんなを守りたいという思いで警察官になったが、現実は全く違うもんじゃったからなぁ。理不尽の連続は当たり前、世の理が通じない奴や血の気が多い相手とかもごまんといた」
いつものスイッチが入った四方さんは、再び酒を呷った。ほんのり血の通りが良くなったことで、少しばかり声の通りも良くなっている。
「それでも儂は、『人との繋がり』があったから最後まで責務を全うできたのじゃ。地元の人の笑顔や、心を入れ替えた少年など、あの時は全てが善い刺激であったなぁ」
「人との繋がり、ですか」
「それが『儂を形作るもの』じゃ」
四方さんが警察官として人生の大半を捧げたルーツ、それは四方さんの生き方そのものなのだろう。
「なるほど。四方さんについて、少し分かった気がします。みんなから慕われているのも、自分の生き方を貫いたからですね」
「そうかもしれんな」
願わくば、もっと四方さんの話を聞いていたい。そんな思いを抱きながらも、それは時間が許してくれなかった。
「あら、そろそろ終いにするか」
「そうですね。今日はありがとうございました」
「嬢ちゃんも、店番頑張って」
四方さんとマヤちゃんに深く礼を重ね、部屋を後にした。
他のお客さんから空き皿を受け取りつつ、厨房に着いた途端に店の電話が鳴り響いた。
「楓、それ対応しておいて。細かいことはあとで伝えるから」
「了解」
店から鳴る電話は、予約の連絡が大半である。いつも通り、受話器を手にする。
しかしこの瞬間から、既に全てが遅かった。
「お電話ありがとうございます。天麩羅処『楓椛』です」
「こちら警察です。彩羽椛さんのご家族で間違いないでしょうか?」
「えっ、はいそうですけども」
「椛さんが、学校で
──**──
木々に囲まれた校舎裏はいつも静かである。何もない故に人通りは少ない。私にとっての、一つの安息地。そして、あの方との繋がりを保つ場所
(いつもすまないのう、椛よ)
「いえ、いつもの事ですからお気になさらず。次は向こうでお会いしますから」
何もない放課後の今日は、先客がいるようだった。同じ制服を着ているので、見たところ同級生だろうか。
「あなたは……誰?」
(気を付けろ、椛。嫌な予感がする)
同じ制服を着た少女がこちらを向いていた。その手にはトートバックを提げ、どこか空を見上げているようである。
「私はここに居てはいけないの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
滅多に人が訪れない所ではあるため、目的が分からない。私のように、ただ佇むだけなどであって欲しい。
「そう、なら……」
「運が悪かったわね」
(まずい椛、ここから立ち去るのじゃ!)
咄嗟のことであったため、反応が遅れてしまった。やっと足を踏み出したその瞬間、壮絶な衝撃と共に辺り一帯は大爆発を起こした。
「きゃあ!」
辺りの桜は燃え上がり、ガラス片なども散乱する酷い状況だった。消えゆく意識の中、彼女の背後に何か見えたような気がした。
「さようなら、名も知らぬ人よ」
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