第47話 黒ずくめの刺客


 異変が起こったのはレストランを出てすぐのことである。

 酒をたらふく飲んで気持ち良く酔っぱらったカイムは、ティーと腕を組んで店から出てきた。

 おそらく、宿屋に帰ればティーと夜の食事・・・・を摂ることになるのだろう。ティーの顔を見ればわかる。ご機嫌すぎる笑みを浮かべた虎人の女の顔には、はっきりと情欲の色が浮かんでいた。


「……尾けられてる?」


 レストランから出た途端に背後に張り付いてきた気配に、カイムは怪訝に眉根を寄せる。

 いくら酔っぱらっていたとしても、敵意を孕んだ気配を見逃すカイムではない。相手も上手く隠しているようだが……闘鬼神流を修めたカイムの超感覚は獣人の五感すらも凌駕するのだから。


「あ、本当ですわ! どなたですの……こんな素敵な夜に無粋ですわ!」


 満面の笑みから一転、ティーが不機嫌そうな顔になる。

 愛する主人から服を贈ってもらい、レストランで食事を摂り……これから最後のお楽しみ。愛の営みに励もうとしていたところでの尾行者に、明らかに苛立っていた。カイムにとっては、背後の尾行者よりもよっぽど恐ろしい。


「どこの誰だろうな。わざわざ俺達の後を尾けるなんて」


 真っ先に思いつく可能性はハルスベルク家からの刺客なのだが、父親が殺し屋や暗殺者を送り込んできたにしては早過ぎる。

 毒に倒された父親――ケヴィン・ハルスベルクが目を覚まし、カイムを殺すための刺客を雇い入れたとしても、帝国まで追いかけてきたにしてはあまりにも動きが速い。


(ただの強盗か物盗りとか……金持ちなら誰でもよかったとか?)


 高級レストランから出てきた人間ならば金を持っているだろう――そんな考えで尾行しているというのであれば、わからなくもない。


(どちらにしてもやることは変わらないんだがな。ティーも不機嫌になっていることだし、さっさと片付けて……ん?)


 後方だけではなく、前方にまで何者かの気配が現れた。

 どちらも息を潜めたように己の存在を隠そうとしている。偶然ではありえない。待ち伏せに違いなかった。


「おいおい……勘弁しろよ」


 ちょうど人気ひとけが無くなったタイミングを見計らったのだろう、前後に複数の人影が現れた。

 二人の前後に立ちふさがったのは黒ずくめの服を着た一段である。身体だけではなく頭まで頭巾を被っており、徹底的に正体を隠している。


 カイムはうんざりとした気分になりながら、前方にいる黒ずくめに質問を投げかける。


「誰だか知らないが……人違いじゃないか? 俺にはまだ・・、この国で狙われる覚えはないぜ?」


「…………」


 黒ずくめは無言。言葉を発することなく武器を構える。

 カイムはやれやれとばかりに首を振った。


「やっぱりかよ……参るぜ」


「ガウウウウウウッ……カイム様とティーの時間を邪魔して、許しませんわ!」


 ティーがドレスのスリットからナイフを取り出した。どうやら、太腿に括り付けて隠していたらしい。

 それが合図になったのか、黒ずくめが一斉に飛び掛かってくる。


「ティー、後ろは任せた」


「がうっ!」


 ティーが短い鳴き声で了承する。


 黒ずくめの襲撃者は前方に五人。後方に三人。数だけで言えば盗賊や空賊のときよりもずっと少なかった。


「フッ!」


「おお……!?」


 だが……その動きは存外に素早い。

 前方から飛び掛かってきた黒ずくめが、カイムでさえ目を見張るようなスピードで首を短剣で突いてきた。

 カイムはわずかに驚きながらも首の動きだけで白刃を躱した。

 しかし、そんな回避行動を読んでいたかのように、別の黒ずくめが左右から斬りかかってくる。


「驚いた……コイツら、暗殺のプロか!?」


 スピード素早いが、それ以上に驚嘆させられるのは黒ずくめらが物音一つ立てずに攻撃を繰り出してくることである。攻撃を繰り出すまで、まるで動きが読めなかった。


「……っと! 危ない、危ない!」


 左右から放たれる刃を素手で受け止めるカイムであったが、仲間の陰に隠れて別の黒ずくめが刃物を投げつけてくる。

 抜群のコンビネーションだ。カイムは顔面に放たれた刃を口でキャッチした。


不味まずっ……毒が塗ってあるじゃねえか。容赦ないな! ガチで殺す気かよ⁉」


 殺す気なのだろう。淡々と、機械のように作業的に攻撃を繰り出してくる。

 カイムも黙ってやられてはいない。反撃を繰り出そうとするのだが、その度に別の黒ずくめが仲間を庇うように援護射撃をしてきた。

 一人一人は大したことはない。だが……驚嘆するべき集団戦闘術である。


「これは……さっさと片付けるか」


「ガウッ! ガウッ……ですわ!」


 背後ではティーも奮戦している。三人の黒ずくめを相手にどうにか応戦しているが……いくら生まれながらの戦闘者である虎人の獣人といえど、いつまでも三人を相手取るのは厳しいだろう。

 カイムは早急に勝負を決めるべく、本気で力は発揮する。


「闘鬼神流――【青龍】!」


 カイムは右手の指を伸ばして『手刀』を作り、そこに圧縮した魔力を纏わせた。


 強烈な攻撃の気配を感じたのか、前方にいる五人の黒ずくめが警戒して足を止める。カイムはその一人に向かって真っすぐ突っ込んだ。


「ッ……!」


 狙われた黒ずくめが回避行動に出る。その後方にいた仲間二人が刃を放ってきて、仲間の離脱を援護する。


「ハハッ! 知るかよ!」


 カイムは飛んでくる刃を無視して、右手を大きく振るった。


「「「ギャッ!?」」」


 三人の黒ずくめが同時に悲鳴を上げる。最後に発する声まで連携ばっちりに同じものだった。


「「…………!?」」


 残っていた二人の黒ずくめから驚愕の感情が伝わってくる。

 当然だろう。カイムが振るった右手によって、正面にいた黒ずくめだけではなく、仲間の援護に入った二人も一緒に斬り裂かれたのだから。

 三人の黒ずくめの身体は名刀で斬られたように胴体が両断されている。しかし、カイムの手には刃物はおろか、木の枝すら握られていなかった。


「切れ味バツグン……流石は俺と自画自賛するべきか?」


 闘鬼神流――【青龍】

 圧縮した魔力を極限まで研ぎ澄ますことにより、腕に刃物の切れ味を付与させる技。

 魔力の流れによって小刻みに振動させた刃は名刀と遜色なく、達人であれば鋼鉄をも両断する。


「おまけに……その形状は変幻自在!」


 カイムの腕に纏った圧縮魔力が鞭のように伸びて、残る黒ずくめの一方に突き刺さる。

 魔力の刃はカイムの意思によって自由に形を変えることができ、長さを変えることもできるのだ。

 長く、複雑な形状にするほどに強度や威力が弱くなってしまうのが難点。カイムが殺傷力を込めて【青龍】を操ることができるのは、せいぜい三メートルほどの距離である。


「ッ……!」


 四人の仲間が倒され、最後の黒ずくめは退却を選んだ。

 猿のような曲芸じみた動きで建物の屋根に上り、どこかに逃げていこうとする。


「【麒麟】」


 だが……カイムの放った圧縮魔力の拳が逃げる黒ずくめの胴体を貫く。別の建物に飛び移ろうとしていた黒ずくめは、狩人に射られた野鳥のように墜落する。


「さて、こっちは片付いたが……」


「これで……最後ですガウウウウウウッ!」


「ギャアッ!?」


 背後を振り返ると、ティーが黒ずくめの首を爪で斬り裂いていた。

 背後にいた黒ずくめは三人。残る二人の身体をそれぞれティーが装備していたダガーが貫いている。

 ティーでは三人がかりは厳しいかと思いきや、独力で勝利していた。


「どうやら……俺はティーの戦闘能力を見誤っていたらしいな。普通に強いじゃないか」


 屋敷の兵士と訓練をしていたのは見ているし、自分の身を守る程度の武術は修めているとわかっていた。

 だが……プロの殺し屋らしき三人を同時に相手取り、ほぼ無傷で勝利できたことは驚きである。


「だが……ちょっとツメが甘いな」


「ガウッ!?」


 暗闇から細い刃が飛んできた。ティーに命中していたであろうそれ・・をカイムは素手で受け止める。


「ム……?」


 手にぬるりとした感触。見れば、わずかに掌が切れて血が出ていた。

 本気を出していたわけではないとはいえ、圧縮魔力を纏ったカイムの腕を斬り裂くとは驚きの切れ味である。


「クックックッ……これで貴様の命はお仕舞いよ」


「…………誰だよ、お前は」


 不気味な笑い声を漏らしながら、一人の男が暗闇から現れた。

 腰が曲がったその男もまた黒ずくめを着ている。倒した八人の刺客と違うのは、顔に頭巾をつけておらず、ちゃんと声も発していることだろう。


「儂の弟子達を討ち取ったことは驚きじゃが……ここまでよのう。最後に油断したようじゃな」


 腰の曲がった黒ずくめ……禿頭の老人が愉快そうに肩を上下させて笑う。


「その苦無くないには毒が塗ってある。猛毒のサソリの毒じゃ。珍しい毒じゃから治療は間に合わぬじゃろうな。お主には恨みはないが……雇い主の意向じゃ。そのまま死んでもらうぞ」


「カイム様! ティーを庇って……!?」


「ああ、いいから下がってろ…………それで。どこの誰だよ、お前は」


 ティーを下がらせ、カイムは目の前の老人を睨み付ける。

 禿頭の老人はニタニタと不気味な笑みを浮かべながら、ベロリと舌を出す。


「これから死ぬ者に名乗っても意味はあるまい? せいぜい、毒で悶え苦しんで死ぬがよい。手塩にかけて育てた弟子を殺った罰じゃて」


「…………」


「どうした? 猛毒が回って口も利けぬか? ホッホッホ……愉快よのう。滑稽よのう。儂は貴様のような未来ある若者が死んでいくのを見るのが大好物じゃ! そろそろ毒が足にも巡ってきたころよのう。じきに身体が崩れ落ちて立ち上がれなくなり……」


「【飛毒】」


「そのまま指一本……ひぎゃっ!?」


 カイムの指から毒の弾丸が放たれた。顔面に命中した黒ずくめの老人がバタリと倒れる。

 潰れたカエルのように四肢を投げ出した老人は、ビクンビクンと小刻みに身体をけいれんさせた。


「な……何が起こって……?」


「崩れ落ちたのも立ち上がれなくなったのも……お前だ、爺。殺し合いの最中にペラペラと囀ってんじゃねえよ」


「なあっ……き、貴様……!? どうして、あの毒を受けて動いて……」


「俺は毒が利かない体質なんだよ。それよりも……話してもらうぞ」


 カイムは倒れた老人に近寄り、掌をかかとで踏み砕いた。


「ぎゃあっ!?」


「雇い主に命令されたんだってな……俺達を殺すように。誰に依頼されたのか吐け」


「そ、それは……!」


 老人は口籠る。大物ぶって登場したわりに予想外にあっさりとやられた黒ずくめのリーダーは、顔を引きつらせて視線をさまよわせる。


「い、言えぬ! 儂もプロじゃ! 裏社会を生きる人間として、拷問されたって雇い主の情報は……」


「あっそ。じゃあ別にいいや。これ以上は質問しない」


「口には…………は?」


 トカゲのように地面に這いつくばりながら、老人が目を白黒とさせる。

 ここまであっさりと尋問を撤回されたことに理解が追い付いていないようだが……もちろん、カイムは見逃すつもりでそんなことを言ったわけではない。


「喋りたい。喋らせてくれと、そちらが言ってくるまで待つとしよう。それほど時間はかからないさ」


「き、貴様っ、何を言って……」


「『蟻酸』というものを知っているか?」


 老人の動揺を無視して、カイムは淡々とした様子で倒れた刺客を見下ろす。その指先には無色透明の液体が滴っている。


「これは蟻が体内で生成する薬物なんだが……強力な蟻酸の中には致死性以前に強烈な痛みを与えるものがある。密林に生息するアリに刺されて、痛みのあまり刺された手足を切り落とした……なんて例もあるらしいぞ?」


 カイムは『毒の女王』から得た知識を引っ張り出しながら語る。

 その抑揚のない説明に激しい不安と恐怖を感じて、老人が地面を転がりながらジタバタとのたうち回った。


「お、おい……まさか!? やめよっ、やめるのじゃっ!!」


「雇い主のことを喋りたくなったら言ってくれ。それまで勝手に続けさせてもらうから。とりあえず……足の先から始めるか?」


「ヒッ…………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 老人の絶叫が夜の街にこだまする。

 街中で絶叫が轟いたにもかかわらず、不自然なほど誰も現れなかったが……どうやら、黒ずくめの一団は襲撃前に何らかの方法で人払いをしていたらしい。

 そのせいで老人は誰の助けも得られずに『蟻の毒』を注入され続けることになってしまい、自分達の所業を心から後悔することになった。


 老人が口を割ったのはそれから十分後のこと。

 カイムは無事に黒ずくめの雇い主の情報を得ることに成功したのである。






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