起動するは闘志(6)
§
春華は白い屋内設備の中、矢引少佐の声と
自分が覚醒した時点で、戦車隊が攻撃を受けてから三時間もたっている。
説明を受け、何よりも第一に疑念を問いただした。
『救出を放棄するとはどういうつもりですか』
上官である
『敵は何故か進軍せず、戦車隊から離れた位置を保っている。無論、攻撃にさらされますが、救出部隊を出せば助けられます。そうすれば、味方を巻き込むせいで制限されている火力も使えます』
何よりも、
『仲間は助ける。それが兵士の道理でしょう』
各々が個人の力を発揮するだけでは、戦場で目的を達成することは出来ない。兵士たちが一群となって戦う事で初めてその役割を果たすことが出来る。
故に、危機にある仲間を助けることは鉄則だ。誰もが一人では敵軍に抗えない。皆で共に戦い、同じ飯を食らい、苦難を共有することで、一つの魂のように繋がり戦場に立つことが出来る。だからこそ、傷ついた仲間は誰であれ絶対に助けるのだ。
その訓令こそが、個人という存在の価値が消滅する戦場において、兵士たちが逃げず、傷ついても再び立ち上がることが出来る理由なのだから。
それはガラティアンで戦ってきた自分よりも、少佐の方が身をもって知っているはずだ。
しかし、言うまでも無い事実を把握しながらも、彼は否定の言葉を告げた。
『放棄ではない。待機だ。敵部隊の撃破を優先するという事だ』
『交戦域に味方を残したまま戦闘行動をとるならば、結果は同じです』
『敵がこちらの兵を未だに生かしている理由は分かるな。あちらは回収部隊の出撃を待って、諸共に殲滅するつもりだ。見えている罠に突っ込むことは出来ない』
仮に無人車両による囮や煙幕弾など、基地からのバックアップを受けて救助部隊が出たとする。だが、敵がそれを見越して、妨害の影響を受けず確実にこちらを攻撃できる手段を隠していた場合、出撃した部隊は最悪、全滅する。
少佐の判断は合理的で正当だ。しかし、受け入れる訳にはいかない。故に、
『私が
戦場で敵の攻撃を引き付け、自軍の行動を拘束させないことは戦場の盾であるガラティアンの役目に他ならない。だが、
『それは駄目だよ、明日特務軍曹』
通信から入った不許可の指摘はよく知る声。
『左竹中尉、何故ですか』
『解析班に敵レーザー砲の出力と特異質セラミック装甲の強度を比較シミュレートさせた。結果を言えば、同所へ同時に5発以上を被弾した場合、特異質セラミック装甲のエネルギー吸収が飽和し、損傷する可能性が高い。同時被弾でない場合でも、30秒以内に7発以上を受けても同様の結果になると、解析班は結論した』
それは端的に言えば、
『戦化粧を非装備のガラティアンでは、敵に撃破される恐れが高いんだ』
『……』
沈黙する。
他ならぬガラティアンを設計した左竹中尉の言だ。その信頼性は、ほぼ現実その通りになると言えるほど高い。
それを聞かされ自分は当然として、
『矢引少佐。当機の出撃許可を求めます』
『なっ、何を言うんだ、はるっ……明日特務軍曹』
左竹中尉が動揺するのも無理はない。その訳は矢引少佐が言った。
『明日春華特務軍曹。貴官は戦闘行動が激化したり、命令を拡大解釈してこちらの意に先んじて動くことはあったが、戦略戦術、効率や合理的判断に逆らう事は無かった』
だが、たった今それを、過去の自分を破った。その理由を、矢引少佐は既に知っていたらしく、厳然と指摘する。
『”戦士として立ち、戦争の暗中で兵士たちが見るべき篝火となる”。そのように言ったらしいな』
それは、先のパイロット保安正調作業において、自分が新たに見出した生き様。
改めて矢引少佐にも直接話す。
『戦いの中で戦う理由を忘れるほどに、兵士たちの、仲間の魂は摩耗していく。ならば、私はガラティアンという力を授かった戦士として、燃え盛るごとく鮮烈な姿を戦場に立てましょう。それは仲間たちの心に火の粉を移し、その内側から新たに戦うための炎として燃え上がる』
そう、自分は宣言した。そこには虚飾も虚栄も無い。
だが、矢引少佐は声色を重くして、
『理想の兵士というものは、ただの勘違いだ。戦場で無茶をやってもたまたま死なず、少しだけ長生きしただけの、確率上現れる例外に過ぎない。その姿は、確かに一部の人間に活気をもたらすこともある。しかし、それは同様にして勘違いなのだ』
水底に沈没していくような声で告げられる。
『戦場では、情報の分析による現状把握と、合理的な判断による効率的な運用こそが、唯一、兵達の力を最大限に引き出す方法だ。その事実から離れれば、無駄死を生むだけだぞ。そして何より――』
告げられる。
『一度、理想の兵士を無自覚になぞっていたお前が、再び兵士たちの理想像として戦場に立つのか。死んでいった他人の心まで抱え込んで、あれほど強靭な精神を持ちながら、あえなく死にかけたお前が』
それは、良心からの助言だったのかもしれないが、無明の冷たさであった。
『理想で戦場に出れば潰れるぞ』
冷静で、冷徹で、どこまでも現実主義の忠告である。
それに対して自分は、
「――ふふ」
笑みをこぼした。
侮りや自棄ではなく、単純に面白みを感じて思わず笑い声を出してしまったのだ。
視界に映るモニターの中、羽音が私の気持ちと同様に口元を緩めている。
『理想など……私ごときに務まる筈もありません』
なぜなら、
『ガラティアンで戦い、生きるか死ぬかの単純な選択肢でしか生きていない私が、比べようも無い過酷な戦いを生き抜く仲間たちの理想像にどうやってなれましょうか』
傷ついていく肉体の苦痛、精神への負荷。戦場での戦いだけではない、日常ですら戦いに生きる彼らの理想になるなど、分不相応にも程がある。
自分が信念として定めたことはもっと単純なことだ。だが、他人からは理想という大げさな言葉で捉えられるようなものに思われたことに、そのギャップに我にもなく笑いが出てしまったのだ。
『私は危険を顧みず、理想に殉じようなどとは思っていません。ただ、己が成すべきにおいて、必要最低限ではなく、至高最大限にこなそうと決めたのです』
故に、
『これは理想の体現ではない。覚悟の証明です』
言い切った言葉に対して、皆が沈黙を返す。
自分の覚悟は全て言いつくした。あとは、ガラティアンを出撃させることに対して、合理的な理屈を提示できるか否かだ。
故に、今まで気づいていても黙っていたことを告げる。
『少佐、中尉。もういいでしょう二人とも。私たち三人の間で配慮や誤魔化しは不要だ』
この場にて、私の出撃を止めようとしているのは少佐であり、中尉は行動できない自分へ情報を話しフォローしている体裁を取っていた。だが実際には、
『少佐。私の出撃に直接反対しているのは貴方ではありませんね。そうでなければ、このタイミングで私の意識を覚醒させる理由が無い。貴方はむしろガラティアンを出撃させたいと考えている』
では、本当にガラティアンの出撃に異を唱えている者は誰か。それは、
『中尉。ガラティアンの出撃に異議を申し立てているのは貴方ですね』
『それは……』
言い淀んだ中尉に変わって少佐が答える。
『お前の言う通りだ。明日春華特務軍曹』
その理由を聞く。
『戦術解析部では、ガラティアンの運動性能であれば被照準の回避が可能で、レーザー砲を全弾同時に被弾する確率は19%と高くはない。連続照射を放たれても、同箇所への被弾は避けられると予測されている』
少佐は声に力を込めて言う。
『俺は、戦化粧装備作業を中断し、お前を速やかに防衛手として救助部隊と共に出撃させたいと考えている』
だがそれに中尉は納得していない。故に声が上がった。
『戦術解析班の予測は不確定要素が多すぎる。面一杯、敵部隊の機能性を高く見積もっても正確性の高い予測とは言い難い。それに対して科学解析班のシミュレートは、確実に判明しているデータをもとに演算された、信頼性の高いものだ』
それはやはり合理的で妥当な判断であった。だからこそ、少佐は中尉の主張に一定の理解を示し、ガラティアンを出撃させることを保留している。
『ガラティアン運用部隊の長として、戦化粧非装備での出撃は認められない』
だが戦化粧の装備をしていたら、20時間はガラティアンは運用できない。その間の戦場に取り残された兵士たちが無事である可能性は限りなく低であろう。
自分が出撃許可を認可されるためには合理が必要だ。中尉を納得させ、少佐がリスクを受容するための論理がいる。
だから、まずは情報を知るために問うた。
『戦術AIは、救助行動を実行した場合のガラティアンの安危はどう予測しているのですか』
『各部署が解析したデータを総合的に判断した場合、小破が67%、中破が2%、大破が30%の予測結果だ』
『つまり、生存か戦死のほぼ二択という事ですね』
『俺はガラティアンを出撃させるべきだと考えているが、30%の大破予測に難を見ている。お前とガラティアンは塹壕基地の戦術の要諦だ。万が一にも失う訳にはいかん』
大破とは事実上の死亡だ。そして約3割という可能性は、同じことを三回すれば一度は死ぬと考えた時、体感的にはかなり厳しい確率である。
『今の状態では、ガラティアンは基地の防衛機構に守られた後方からの射撃支援にあたらせようと考えている』
それならば、確かにガラティアンの安全は保障されるだろうが、
『それでは、敵の攻撃を誘引し、救助部隊の盾となる本来の機能が果たせません』
『承知の上だ。だがせめて、損傷しても生還を確保できる程度でなければその戦法は許可できない』
少佐の意見に口を紡ぐ。
どうすれば敵の攻撃を凌いで、救助部隊の盾としての役目をこなせるか。考えて、しかし答えは出ない。
そこへ中尉が言葉を挟んだ。
『明日特務軍曹。やはり戦化粧の装備を優先してくれ。何も取り残された兵達が絶対に死ぬと決まっているわけではない。準備を万端にして救助に当たれば、君の安全を担保したうえで仲間を救うことが出来る』
それが薄い望みであることは話している本人も重々承知しているだろう。やはり、今この時に私が出撃して盾となり、救助部隊に仲間を回収させるべきだ。
だが、二人の主張を満たし、納得させるだけの方法、理屈は出てこない。いくつもの手段を考えるが、全てがこれまでの戦闘経験に裏付けされた自身の反論によって消えていく。
その時、思いもよらぬ人物から発言があった。
『ありますよ。ガラティアンの安全性を向上させ、かつ本来の役目をこなせるための方法が』
その声は、可憐でありながら艶麗さを纏う少女のもの。
羽音が、モニターの中で微笑を浮かべている。まるで……人をかどわかす妖精のように。
『羽根君、そんな方法が思いつくのか?特別整備員になったとはいえ、まだガラティアンの運用において新入りの身で』
厳しい言葉を中尉がかける。しかし羽音は、臆するどころか言い返した。
『はっきり申し上げさせていただくと、貴方にはとやかく言われたくありませんわ、左竹中尉。あなた、あの場で言いましたよね。これからも春華ちゃんを支える人間として在ると』
『それは……確かにそうだ。だが、この状況ではそもそも彼女の望みを実現する方法が無い』
『嘘ですね』
羽音は言い切った。
『わたし程度が思いつくことを、ガラティアンの創造主であるあなたが考えていないはずがない。それを黙っているのは春華ちゃんがリスクを受け入れてしまう事を分かっているからです』
『それは……それの何が悪い。安全性の確保は、矢引も春華も承知している事だ』
『善悪の論ではありません。全てその人を助けるための存在になると自分に定めたのであれば、自分が心配だから相手が望んでいる可能性を隠すという行為は
羽音は語る。自分の大切な人を支えるという事。先日のパイロット保安正調作業の事件において、羽音が私を支えると言った事の意味を。
『わたしは、その人が望むのであれば、危険に身をさらすと分かっていても、それを果たすために力となるべきだと考えています。大切な人が危険をおしてゆく
羽音は瞳を伏せ、両手を胸の上で重ねて置く。一瞬の瞑目の後、カメラ越しにこちらを見る。少し傾けた笑顔にあわせて柔らかな髪がさらさらと流れた。
『それが大切な人を支えるという事です』
『羽音君、君は――』
『中尉』
言葉を遮り、モニターに映る羽音を注視した。そして、
『その方法は……なんだ』
羽音が持っているらしい、この状況で私が役目を果たせる方法を尋ねる。
中尉も少佐も沈黙し、耳を傾けていた。
『それは――』
羽音はガラティアンが敵の攻撃を受ける盾となり、かつ危険性を下げられる方法を話す。
その手段は、革新的ですらなく安易とすらいえる物であり、しかし現状の課題を解決できるものだった。
§
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