起動するは闘志(4)

           §


 松林まつばやし芥人かいとは塹壕基地内部、戦闘指揮所で管制任務を必死に行っている。

「ドローンだって!?」

『そうだ。森の中から出てきて、現在、本隊後方の上空でスウォームを形成。こちらへ近付きつつある』

 訓練戦車隊の中隊長からの雑音にまみれた通信を聞いて焦りを覚える。

 目線をコンソール上のモニターから、戦闘指揮所の前方にある大モニターへ向けた。壁一面に広がる大きなモニターには、外部映像モニターと、各種情報が統合されて表示される戦況モニターが、別々のウィンドウで表示されている。戦況モニターには、レーダーが取得した情報もリアルタイムで反映されていた。先ほどまで訓練中の戦車隊を示すマークしか存在しなかったそこに、

「……確認しました。確かに、貴隊から東に35キロメートル地点に、クラス3のドローン・スウォームが出現しています」

 航空機をあらわすマークが何百個も重なり、その下の表示物が見えなくなるほど密集していた。

 すると、戦術AIの自動判定により、膨大なマークが一つの大きなひし形のマークへ変わる。猥雑で視認性を悪くしていた画面が一気に見やすくなった。

 再び、戦車隊から通信が来る。

『本隊は目下全速で基地へ向け移動中。作戦本部の意向はどうか。現状を続行しても良いか。指揮を乞う』

「指揮……指揮は……」

 指揮所の部屋を見回す。戦闘態勢では作戦本部も兼ねるそこは、最奥にある大モニターの反対側の壁面に出入口、その数メートル奥に指揮官用の大きなテーブル型マルチディスプレイ、通称、指揮台があり、次いで今、自分が座っている各種連絡や管制を行うオペレーターズコンソールが並んでいる。

 しかし、その場に最も必要な部品が居なかった。

 声がどもったこちらに対し、ヘッドセットからがなる声が、ノイズに荒らされて聞こえる。

『繰り返す。現状への本隊の行動に変更は必要か。敵の速度は?追い付かれる可能性はあるか?指示を乞う』

 まるでノイズフィルターが効いていないかのようなひどい音だ。その砂嵐と味方からの要請をきいて、焦りの心が湧いてくるのを感じる。

「し、指揮所から戦車隊へ、対空システムは既に起動しています。ドローンは99.999%迎撃可能です。戦車隊への被害が生じる可能性は極限まで低いと予測されます」

『んなこと聞いとらんわい!』

 上ずった声で返した内容に、ノイズを上回る大音量で叱責が飛んできた。耳をつんざく音に思わず目を閉じる。

『本隊を密集陣形にして敵の編隊を維持させるのか、戦車を分散させて敵の拡散を狙うのか、対空戦闘に際して本隊の行動は如何にするか、作戦指揮官にさっさと指示をよこさせろ!』

 ヘッドホンを破りそうな大声に身をすくめながら、再び室内を見回す。だが、まだそれは居ない。絶対最終防衛線たるこの塹壕基地を、その運用を支える戦闘指揮所の要たる部品が。

 仲間の危機が焦りを生み、不在が動揺を膨らませていく。混乱しそうになる頭で、とにかく現状で自分が出来ることを絞り出す。

(今すぐ、対空兵器の発射指示を……その場合戦車隊への指示は……いや、そもそも俺にそんな事する権限はないだろっ。でもこのままじゃ仲間が……ちくしょう、俺にできることはなんだ脳を捻れ!)

 混乱したまま、まとまりのない思考でとにかく回答をしようとマイクのスイッチを押す直前。

 ドアが開き、男の声が響く。

「戦車隊は密集隊列を取りC-2退避口へ向かえ、敵を散らすな!対空システムは自動固定砲の稼働を優先、無人自走砲は待機!各種ジャミング装備はレベル4で準備だ。観測システムは電子戦に備えよ!」

「矢引少佐!」

 これが戦闘指揮所に必要不可欠な部品。この塹壕基地の実質の最高指揮官にして、人員をまとめ采配を振るう者。

 歩兵用の迷彩服に身を包み、銃口のように鋭い視線をもつ男が指示を飛ばしながら軍靴を鳴らし戦闘指揮所へ入ってくる。

「全軍へ第一種戦闘態勢を発令。状況を第38次防衛作戦と制定。作戦本部は当戦闘指揮所とする!」

 次々と指示を出し、状況へ揺るぎなく対応する姿を見て、思わず安堵の息が零れる。しかし、直後に矢引少佐の視線に刺され頬が引きつった。

「ぼさっとするな松林。戦車隊へ指示を送れ」

「りょ、了解しました」

 あわててマイクのスイッチを入れる。戦車隊へ少佐から受けた指示を通達する。通信相手は了解を返した。

 焦りの元に一旦、対応が付いて、精神に落ち着きが戻ってくる。すると、自分の右手側、数席離れた位置のオペレーターが少佐へ振り向きつつ報告をする。

「矢引少佐、現状ですが――」

「把握している。戦車隊の訓練完了直後に東の森林からステルスドローンが出現。現在、退避する戦車隊後方からドローン・スウォームが接近中。相違ないな」

「はい、その通りです」

「他に補足した敵影や、敵勢力のものである電波等のアクティブ観測波はあるか」

「いえ、確認されていません」

「よし、状況確認は完了とする。お前は戦術解析部との連携に戻れ」

 自分が伝えるべき情報を相手に言われたオペレータは、速やかにコンソールへと向き直った。

 少佐は指揮台の前に立つと、腕を組んで戦況モニターを見つめた。

「この期に及んで衛星を破壊してきた以上、何か仕込みを入れたことは分かっていたが、まさか打って出てくるとはな」

「衛星が破壊……!?最後の宙の目を失うなんて、航空宇宙軍は何をしていたんだ」

 日本上空の宙域は、敵国による人為的ケスラーシンドロームで使用不能になった。これにより24時間、日本列島を衛星で観測し続けることができなくなったのだ。その事情は間抜けなことに敵国の衛星も同じであったが、残存日本には一基だけ、変則的な軌道ゆえに不完全だが、監視任務を継続していた衛星があるのだ。

 それが破壊されていたなんて。

「その間に敵は再編成するだけの戦力を持ち込んだのですね」

「いや、監視網の穴は米軍に情報収集系の一部を吐き出させて直ぐに閉じた。それまでに6時間もたってはいない。再攻勢をかけられるほどの装備など揚陸できん」

「ならばこの敵は……」

「これは前回の残党と予備軍によって編成されている」

 少佐は平然と口にするが、当然の疑問が湧く。

「そんな規模でこの基地は落とせるはずが無いと思い知っているだろうに、なぜ今になって攻撃してくるんだ」

「それを推測する為にも、まずは見えている敵へ対処する」

 言い切ると、少佐が自分へ命じた。

「松林。状況から、ドローン・スウォームが戦車隊へ到達する時間と、ドローン・スウォームが対空装備の射程に入るまでの最短時間を推定。戦況モニターと指揮台へプロットしろ」

「了解しました」

 返答と同時にコンソールを操作する。戦術AIへアクセスし、瞬きの間に帰って来た情報を、戦況を映すモニターと、少佐の元にある指揮台に送る。

 戦況モニターに対空兵装の射程が扇状に表示され、戦車隊とドローン・スウォームが接敵されるまでの残り時間が映し出された。それを見た少佐は、

「接触まであと7分。対空システムの射程に敵が入るまで5分か」

 腕を組み、眉根を寄せながら言った。

 他方、自分は敵が戦車隊に追い付くまでに対空兵器の射程に入ることに安堵する。

「戦車隊は無傷で帰還できますね。対空兵器の射程に敵機が入り次第迎撃を――」

「いや、対空迎撃は射程に入っても指示するまで発射するな」

「……」

 言われた内容に口が固まる。だが、直後に叫んだ。

「な、な、なんですってぇ!?」

 思わず、すっきょうとんな大声が出た。

 現代の兵装の相性は、航空兵器に対して防空兵器の性能が完全に上回っている。蓄電や常温超電導、レーザー素子等における技術革命、またセンシング技術の進化によって、現代戦における航空戦力は対空兵器に対する優位性を完全に喪失した。

 相手が数百機のドローン・スウォームだろうが、こちらの迎撃能力の範疇であれば完封できる。だというのに、

「撃たないとは、どういうことですか!?」

 驚き過ぎてひっくり返った声で聞き返す。少佐は表情を変えず、淡々と指示を言った。

「松林。戦術AIにオーダーしろ。敵ドローンを個別に解析し、姿勢制御の挙動から搭載している物体を調べろ」

「りょ、了解」

 驚愕覚めぬままに命令を実行する。

 戦術AIの解析結果は寸瞬で返答されてきた。

「リプライ来ました。これは……」

 意外な解析結果に戸惑いつつ報告する。

「敵ドローンの種類は全て『激雷2』。ですが、推定された搭載物の内容が異なる、2種類で混成されてます」

 少しだけ肩越しに覗いた先では、指揮台の表面に表示された二つの同じ形のドローンのシルエットを見て、少佐が下げた視線を鋭くしている。

「一つは高密度で高重量の物体を搭載した機体。これは爆薬を搭載した通常の自爆型で間違いありません。もう一つは比較的低い密度で軽量な物体を搭載しています。戦術AIの予測によると、近似の物質はチャフディスペンサー、そうでなければ……何らかの紛粒状物体が充填されたものである、とのことです」

「二種の編隊に占めるそれぞれの割合はどうなっている」

「爆薬を搭載したものが33%。不明物を搭載したものが67%です」

 答え、再び肩越しに少佐の表情を見る。少佐は腕を組み戦況モニターを睨んで口を結んでいる。

 単純なドローン・スウォーム攻撃に対して、何をそれほど警戒しているのか、自分にはわからない。だが、最悪の予測は想像するまでも無く、開戦以降に敵軍が実行した戦術の、他ならぬ被害者として経験から知っている。

「不明物というのは、まさか、化学兵器……毒ガスや放射性物質では……!?」

「いや、その可能性は低い」

 少佐が眉根を寄せたまま答えた。

「開戦当初こそ、敵国は民間居住区への攻撃に化学兵器を多用したが、ここは塹壕基地だ。戦車はNBC兵器に完全対応しているし、全体が地下にある我が基地への効果は一切ない」

 では何だというのか。その疑問は口にしなかったが、変わりに味方に迫る確実な危機を報告した。

「戦車隊とドローン・スウォームの接触まであと6分です」

 言ってから、少佐も戦況モニターを見ているので必要が無い報告であったと思い至る。一度落ち着いた焦りが再び鎌首をもたげてきた。

 しかし、内心の焦躁が膨れることに関係なく少佐から命令が下る。

「対空迎撃準備」

 待ち望んでいた言葉をきいて、我知らず弾んだ声で返答をした。

「了解。東方面のレーザーファランクス6基で迎撃準備を――」

「いや、それらではなく、北砲台で迎撃する」

「き、北砲台で対空迎撃を!?」

 北砲台。名の通り塹壕基地北側、大断裂を挟んで西の断崖上に聳え立つ巨砲だ。50口径90センチメートル砲の威力は確かに強力だが、

「ドローン・スウォームに対しては効果がその、過剰かつ、限定的で撃ち漏らしの可能性が……」

「直接照準。弾種、焼夷榴弾。空中で炸裂させろ。衝撃波と爆炎で殲滅する。射程が長い分、より早く迎撃可能だ」

「し、しかし……」

 狼狽して指を震わせながら、椅子を回して体ごと振り返る。少佐の銃口の視線が自分を貫いた。口から洩れかけた悲鳴を飲み込み、体が固まる。少佐が容赦なく目線を合わせてきて、組んでいた手を解いて右手を指揮台につき、再び口を開く。

「戦車隊を巻き込む心配はない。熱波や衝撃波では車内の兵に影響は及ばない」

 自分でも気づいていなかった焦りの原因を言い当てられ、精神が急に落ち着く。それを見た少佐は改めて自分に命令した。

「松林、迎撃準備だ。兵装は北砲台。弾種、焼夷榴弾。ドローン・スウォームに接触と同時に空中で炸裂させろ」

「りょ、了解」

 威圧によって物理的に弾かれたようにコンソールへ向き直り、指示通りの操作を行う。

 戦況モニターに、塹壕基地の最北を始点とするにもかかわらず、戦車隊とドローン・スウォームのマークを大きく飛び越えて伸びる長大な射程が黄色線として表示される。

 その線から赤い点線が分かれ、ドローン・スウォームの進行方向にある座標で終端を結ぶ。直接照準による射線だ。

「北砲台、照準中」

 黄色線が赤の点線へと近づいていく。基地の外では黒鉄の巨体が軋みを立てて動いているはずだ。そして、ほどなく黄色線と赤の点線が丁度重なり、赤色の実線となった。

「対空迎撃準備完了」

「号令を待て」

 赤線へ味方の戦車隊と、その後ろのドローン・スウォームのマークが徐々に近づく。僅か数秒の待機であるのに、とても長く感じる。渇きを感じるのどを一度ならし、長い一瞬を待つ。そして、ドローン・スウォームのマークが赤線の終端に触れる寸前、

「発射。消し飛ばせ」

「発射っ」

 号令と共に、戦術AIへコマンド入力する。

 作戦指揮室全体が上下に僅かに振動した。天井から細かい塵がまばらに落ちてくる。

 攻撃の効果は瞬時に現れた。外部の映像を映すウィンドウ、その中に小さく、こちらへ向かってくる戦車隊の姿と、空中に浮かぶ染みのように映っているドローン・スウォームがいる。そして、その位置で大爆発が広がった。見えない衝撃波が巻き上げる土ぼこりが全周へ向けて一瞬で走り抜け、その刹那の後に生じた炎が戦車隊より後ろへ舐めるように伸びて、空間を覆いつくした。

 別のウィンドウに表示されている戦況モニター上では、ドローン・スウォームを示すマークが消滅する。戦車隊のマークは依然、基地へ向かって進行中だ。

「やった……!」

 結果を目にした直後、それは起きた。

 戦況モニターに映る全てがノイズで掻き乱れ、潰れた。

「な……、一体何が!?」

 自分が言うと同時、別のオペレーターが叫ぶ。

「少佐。全てのセンサーが極大ノイズによって機能不全に陥っています!」

「パッシブ系センサーもか」

「そうです。電波、音波、レーザー、全て計測不能です。観測が正常な物は光学カメラのみです」

 それを聞き、意識を戦況モニターから外部映像にむける。そこに映っていたものは、

「銀色の、霧……?」

 そう形容できるものが、ドローン・スウォームが飛行していた高度から地面までの高さで、周囲の空間へ素早く地面に沿って浸透していく。

 そして、戦車隊がそれに飲み込まれる瞬間を見た。

「戦車隊応答せよ!」

 反射的に無線を送る。しかし、

『――――』

「……っ、くっ」

 通じない。鼓膜をひっかかれるような砂嵐が流れてくるだけだ。

「戦車隊との通信途絶!」

「光学信号に切り替えろ」

「了解」

 明りの瞬きさえ見えれば通じる光学信号ならば、ノイズは関係ない。だが暗号化していても敵にも信号を見られるため、最後の手段だ。

 強力なフラッシュ光による信号の瞬きが、外部映像モニターにも入り込む。だが、即座の応答は返ってこない。いや、そもそも発信した光があの銀色の霞の向こうへ届いているかどうかも分からないのだ。

 たまらず振り向いて声を上げる。

「少佐、あの銀色は……!?」

 少佐は指揮台の上で拳を握り、眉を立てて独り言のように言った。

「物理ジャミング浮浪体。ドローンに搭載されていた不明物の正体がこれか」

 冷静な表情のまま、眉間に一本の皴が浮かぶ。

「やはり撃たせること自体が狙いだったか……!」


           §


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