第3話 親元を離れて
剣介は十二の歳で親元を離れ、城に住み込むことになった。しかし、頭栗は六つにして母親の元を離れ、帝王教育を受けるのだ。未来の当主たるもの、母親の元で甘やかされていてはならぬ、というのが鈴城家の家訓なのだ。
「けんすけー、ゆみをうてー!」
「はっ。」
頭栗がタタタタッと走ってきたので、剣介は跪いた。下っ端の家臣は、なかなかお偉い方々と出会う機会がなく、このように目上の人が立ち止まったら跪くという習慣がない。剣介は守役になるための教育を受けて、いや、受けつつ勤めを果たしているのだった。それでもまあ、多少無礼があっても頭栗が怒るわけでもない。周りが羅山に告げ口したら、それこそお役御免になってしまうのだが。
頭栗がワクワクしながら剣介を見ている。剣介は弓矢を的に向かって構えた。
「うてー!」
頭栗が号令を出す。剣介は矢を放った。ひゅん!と音を立てて矢は的に当たった。ど真ん中、の少し横に。
「わー!当たったー!どうやるのか、せっしゃにもおしえてくれ!」
剣介は頭栗に短い弓矢を持たせ、手を添えて弓を引く。的が高すぎるので頭栗を台に乗せて。
ひゅん、とは行かずにボタッと矢が落ちる。
「あれー?」
「もっと強く、お引きください。」
剣介がそう言って、もう一度矢を射ると、今度は的の端に矢が刺さった。
「わーい!できたー!」
「頭栗様、お上手にございます。」
剣介がお世辞を言うと、頭栗はずんぐりした体を目一杯揺らして喜んだ。
(なんか、これはこれで可愛いかも。)
すると、ふと剣介の目の端にキラキラした物が映った。そちらに首を振ると、部屋の中から美成がこちらをじっと見ている。
(ああ、やっぱり可愛い。)
まだ三つだが、袴姿でしゃんしゃんと歩く姿は誠に愛らしい。
「美成様も、弓を引きますか?」
剣介が声を掛けると、美成は心なしか嬉しそうな顔をして近づいて来た。
「ダメじゃ!みなりは、母上のところへいっておれ!」
しかし、頭栗が剣介の前に両手を広げて立ちふさがった。美成は立ち止まり、そしてくるりときびすを返して小走りに去って行った。
可愛そうに、と誰もが思うだろう。しかし、可愛そうなのは頭栗の方なのかもしれない。母と一緒にいられなくて寂しいのだ。弟はいつも母と一緒にいるので、ヤキモチを妬いているのだ。
頭栗が習字を習っている最中、剣介は後ろで控えていた。すると、いつの間にか美成が姿を現した。美成はお手玉を持っていて、剣介に見せた。剣介は音を立てないようにして、そのお手玉を取り、そっと投げた。美成はそれをキャッチして、とても嬉しそうに微笑んだ。
(ああ、やっぱり可愛いなあ。天の使いのようだ。)
剣介は心酔した。そんな事をしばらく続けていると、美成は剣介の膝に乗った。子供は遊んでくれる人が大好きなのである。剣介はその愛らしい稚児の頭を撫でようとした。が、そこでいきなり美成が剣介の目の前から消えた。
「なにをしておる!せっしゃのもりやくだぞ!」
頭栗が美成を突き飛ばしたのだ。美成はわーっと泣き出した。剣介は青くなる。おろおろする。
「あらあら、美成様!こんな所に!」
女中がやってきて、美成を抱っこし、そのままどこかへ連れて行ってしまった。
「けんすけ、せっしゃがべんきょうしているのに、なにをあそんでおるのじゃ。おぬしもいっしょにべんきょうせい。」
「はっ、かしこまりました。」
剣介は、頭栗と一緒に机を並べ、論語を書き写す作業をさせられたのであった。
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