第7話「何があったのか妹がこんなにもかわいい(3)」

 それからというもの、璃亜の俺への態度は一変した。

 わけもわからないまま、ただただ、璃亜が俺に優しいのだ。


 例えば、平日の朝。


「兄さんはまだ寝ててください!」


 こんな時でも俺の体内時計は正確で、いつもの時間に目が覚める。

 そして朝ごはんを作ろうとベッドから立ち上がると、勢いよくドアが開かれ、璃亜が現れた。

 彼女はお気に入りの桃色のルームウェアに身を包んでおり、顔を洗ったのか表情はしゃきっとしていた。


「璃亜? 今日は早いな。でも、朝ごはんを作らないと」


「いえ、その役目がこの私が担います」


「無理しなくていいぞ。もうクセになってるから、そこまで苦でもないし」


「いいえ、こういうのは分担が大事だと思うんです! 大丈夫、朝ごはんを用意するくらいなら、さすがの私でも失敗なんてしません!」


「お前、本当に璃亜か……」


「はい、こんなかわいい妹が他にいるわけないじゃないですか」


「前までは俺の作った味噌汁の味付けに文句を言っていたのに」


「あの戯けな娘はお亡くなりになりました」


「………………」


 ふふん、とドヤ顔の璃亜。

 わからない、本気で彼女の意図がわからない。

 一晩のうちに偽物にすり替わってしまったのだと言われた方が、まだ説得力がある。

 最近は璃亜から積極的に話しかけてくることもなかったし、ことあるごとに悪口を言われていたような気がするし、今とはまるっきり正反対だったのだ。

 今の璃亜は、何かのタガが外れたように俺に優しい。


「とーにーかーく、蓮くんは二度寝するか、すごくゆっくり準備してきてくださいね! 私、朝ごはん作るので」


 そう言い残して部屋を出る璃亜。

 彼女の作ってくれた朝ごはんは普通に美味しかった。


 ◆


 例えば、家に帰った時。


「蓮くん、バイトお疲れ様です! お風呂沸いてるので先に入っていいですよ!」


「そんなことも……あるのか?!」


 俺の妹がお風呂を沸かして待ってくれていることなんてあるわけがない。

 璃亜の奇行……というか、善行モードはまだ続いていたらしい。

 そもそも、玄関まで俺を迎えになんてありえないことだし、献身的な璃亜に違和感しかない。


「さ、一番風呂をどうぞ! 入れたてほやほやですよ!」


「璃亜こそ先に入っちゃってよかったんだぞ」


「いえいえ、私はお仕事をがんばった蓮くんにいち早く疲れを癒して欲しいのです。私、できる妹ですからね!」


「璃亜、マジでなんか変な物でも食べたのか? 最近のお前おかしいぞ」


「蓮くん、酷いです。妹の純粋な好意を疑うのですか?」


 上目遣いで、うるうると瞳を潤ませる璃亜。

 忘れていたが、こいつは容姿だけは整っているのだ。

 それが、こんな表情をされれば少しは思うところがあるわけで。


「そ、それは……その……うん、風呂入って来るな」


「はぁい! あ、荷物お持ちしますね~」


 ◆


 未だに違和感は拭えないものの、慣れ初めてしまえば悪い気はしない。

 かわいい妹が最近俺に優しい。

 これだけ聞けば、悪いことなんて一つもないじゃないかと、思えてくる。


 気がかりなのは、先日の夜の出来事。

 ベッドで眠る俺の枕元で、「お兄ちゃんは璃亜を好きになる」と囁きかけてきたあの一件だ。

 あれが、トリガーとなっているような気がするのだが、如何せん現状と結びつかない。


「なあ、璃亜」


「どうかしましたか? 蓮くん」


 こてん、と璃亜は首を傾げる。

 自分がどう見られているか完全に把握してるポーズだ。


「俺ってカッコいいと思うか?」


 先日と同じ質問。

 前回は、「は? 蓮くんもしかして鏡見たことないんですか?」などと言われてしまったが。


「はぁい! 蓮くんは世界一カッコいです!」


 今回は全肯定されてしまった。

 マジか……眼科行った方がいいのではなかろうか。

 この数日間で目の重要な機能が麻痺している可能性がある。

 なんだか、心配になってきた。


「璃亜、悩みがあったら何でも相談してくれよ」


「はい? 最近はむしろ悩みが吹っ切れたくらいですが……」


「ほんとかよ……じゃあ、前のさ、夜のこと」


「……ぁ」


 何のことを言われているのかすぐに思い当たったのか、璃亜は俯いて顔を赤く染める。

 急なしおらしい表情に、思わず言葉が詰まる。


「き、聞いてもいいか?」


「…………蓮くんのえっち」


 璃亜は真っ赤な頬を更に濃く染め、蚊の鳴くような声でそう呟いた。


「え、えぇぇええ……」


 最近、妹がかわいいことには違いないのだが、それはそうと意味が分からない。

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