第3話 メデューサ 6
「メデューサ様。」
エドワードの前では決して言葉にしなかったエキドナの祖母の名前を口にした。
有名なこの名前はあまりに悪名が高く、そして誤解ばかりが世に出回っている。
そんな誤解と悪意にまみれた噂をいくら伝説や怪異が嫌いとは言えエドワードが知らないわけもなかった。
「何かな?」
そんなメアリーの気遣いが分かっていてエキドナもペーガソス伯爵もそして本人であるメデューサも合わせていたのだ。
「聞いていただきたいことが。」
「どうぞ。」
今目の前にいるその姿はおばあ様と呼ぶにはあまりに若々しくそして美しかった。
ペーガソスやエキドナにも負けない美しい金髪をゆったりと編み上げ窓辺にたつ姿は少女なのにまるで絵画をくりぬいたように美しい姿だった。
「今回お屋敷に泊めていただいて、大切な庭園まで見せていただきありがとうございました。」
「いいよ。まぁ結局解決できないまま帰ってしまったのかな?
メアリーが連れてきた男は見えないみたいだけど、昨晩の謝罪もまだだというのに本当に男というのは無礼なやつばかりで困る。メアリーが連れてきたから興味はあったんだけど残念だ。あまり変な人間に引っかかるんじゃないよメアリー。」
エキドナが自分が止めたと口を出そうとしたがメアリーに遮れらた。
「申し訳ございません。エドワードが今回したご無礼は謝罪のしようもございません。
そしてエドワードは先に帰しました。ここから先は私たちの世界の話なので。」
「ふふ、言い訳もしないのか?本当変わらないね、まぁ彼の行動は大方想像はつくさ。
どうせ庭園に行こうとでもしたんだろう、鍵がなければ入れないというのにどうやってはいるつもりだったんだか。やっぱり男は馬鹿だねぇ…。
メアリー、お前が気に病むことじゃない。だが用心にこしたことはないよ、私が言っている意味わかるね?」
「はい」
「ならいいよ」とメデューサは笑った。その笑顔はあまりに大人びていて少女の姿はしているもののメデューサが大人の女性だということが伺えた。
「さて、メアリー今回の件分かったのかい?」
「はい、メデューサ様。」
「そうか…。彼は先に帰して正解だったね。
彼が来たところで何の役にも立たないと分かっていたさ。でもメアリーが今世話になっている人を紹介してくれて嬉しかったよ。」
「メデューサ様…。」
「さて、エキドナ出てお行きなさい。ここからは貴方は聞くべき話じゃない。」
「…。はい、おばあ様。」
メデューサに促されエキドナは部屋を出て行った。
エキドナが扉を閉めるのを確認してメアリーはゆっくり話し出した。
「ありがとうございます。」
「いいのよ。では聞くよ。」
「はい、結論から申しますと今回お困りだった石造はメデューサ様が増やされた。」
「どうして?私がメデューサだからかな?」
クスクスと笑いながらとぼけるようにからかうように言った。
二人きりの部屋の中には日も暮れすっかり夜の色を濃くした外から普段より強く光が差し込んだ。今日は満月なのだ。
差し込まれた光が窓辺に寄ったメデューサの瞳の色を映しエメラルドより濃い緑の宝石のように感じた。この美しさに惹かれ何人が恋に落ちたことだろう。
「そうですね。
メデューサ様でしたら運ぶ必要もわざわざ持ってくる必要もありませんから。」
「たしかにあれは私の仕業だよ。でも急に増えるなんておかしくない?」
「…ポセイドン様に会われたんじゃないですか?」
「…。」
「薔薇一凛。おそらく会われた日に手渡されたんですよね?」
「岬に行くことはないわ。」
「ですが昨晩も行かれてますよね。雨で抜かるんでいたせいで足跡がついていました。」
「だからといって数日前も会ったとは」
「会われたんですよ。
だって、ここの素晴らしい薔薇の庭園を知りながら最初に石になったような一凛だけの薔薇を手渡す人他にいます?
もしいるとすればよほどの愚か者か門から続くこの美しい薔薇園を知らない誰かだと思います。」
「町で買ってきた可能性も」
「メデューサ様は滅多に外にでられないのに?本来の姿が映ってしまう鏡があるかもしれない町中をメデューサ様が行かれるとは思えないですよ。それに買ってきてもらうとしても薔薇は選ばないかと。もうここには十分すぎるほど薔薇はありますし。」
「とも限らないけどね。…まぁつめは甘いけどギリギリ合格かな?」
「何故会われたんですか。」
「最初はね、岬にいるのを偶然見つけて注意しただけなのよ。
それがまさかあの人だとは思いもよらないで。
だってあそこを岬に…崖に変えてしまったのはあの人だから。
あの人は言った。またここに来ると。そう言ったのにね…。」
「でも来なかったんですね。」
「そう。あの薔薇はどこにあったの教えてくれる?」
「沢山作られた石造の手前にあった崩れた木の所にありました。」
「そうだったのか。あの晩落としてしまってずっと探していたんだよ。」
「メデューサ様そろそろ新しい恋をしましょう。」
「貴方みたいに?」
「私は恋はこりごりなのでしませんよ。
でも、長年メデューサ様が慕い嘆かれる姿を見続けている身としては幸せになっていただきたいと願わずにはいられないんです。」
「駄目だというものほど残念ながら惹かれてしまうものなんだよね。
でももう何千年…。あの人が決して私を見ることはないなんて十分すぎるほど長い年月をかけて分かってきた。
だけど初めて私自身を見てくれた人なんだよ…。
まぁ最近はそれでももう終いにするべきかなと考えるようになってきていたんだ。
疲れてしまったんだよ…ずっと誰かを想い続けることに。諦められないこの気持ちに。
あの人がいう次会う日があれば薔薇を返してもう想うことはないと告げるつもりだった。
まぁ毎晩行ったところで会うこともなかったし薔薇もなくしてしまっていたんだけど、もう気まぐれなあの人に付き合ってやる必要もないだろう。
いつか…いつか私にも誰かが同じように一途に私を好いてくれて、私の心に開いた穴を埋めてくれるだなんて御伽話みたいなこと起こればいいのに…。」
「もう起きているかもしれませんよ。」
その日を境にメデューサの家族が気味悪がっていた石造が増えることは無くなった。
メデューサは宣言した通りポセイドンを待つのも辞め、薔薇の石造は海へと流された。
『二度と会うつもりはない』
そういう意味を混めて、メデューサは初めてポセイドンからの贈り物を送り返した。
そして肝心な依頼のあった石造は今では少しずつ減るようになったそうだ。
後日エキドナに聞いた話だがメデューサの悲しい感情は石造をつくりだし幸せな感情は自然と石造を元の姿に戻すそうな。
今彼女は新しい恋をしている。
あの日メアリーがスコットの視線で感じた通り、ずっと側でメデューサを見守り一途に想い続けてきた相手は本当に直ぐ側にいたのだ。
時には怒り悲しむことがあるが、それでも一途に相手を想いそして今想われている。
そしてメデューサの恋がようやく成就した時に不思議なことが起こった。
真実の愛を見つけたからだろう。
幼子の姿だったメデューサは元の美しい姿に戻ることが出来たのだ。未だに鏡には昔の醜い化物の姿が写ってしまうそうだがメデューサは戒めとしてそれを受け入れた。
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