18頁~~注文の少ない料理店~~
キャンプが共通の趣味のマサヒロとその友人のヨシヒコは、とある山奥を歩いていた。大きいリュックを背負い、頑丈なシューズで落ち葉を踏みしめながら会話を交わしつつ道を進んでいく。既にキャンプを終え、山道の景色を眺めながら帰る途中だ。
「さすが、知る人ぞ知るキャンプ地だったな。まさに大自然のど真ん中って感じで気持ち良かったぜ」
「そうだね、あんな綺麗な星空。なかなか見られるもんじゃないよ」
「ただ、山奥過ぎてけっこう歩かなきゃだから腹が減ってしかたないな」
「途中に美味しいレストランでもあれば最高なんだけどね」
「はは、分かるけどこんな山奥に客なんて来ないし流石に無理があるだろ」
そんな二人の歩みが突如止まる。周囲の景色を見渡していると
一見、ただのお洒落なカフェにも見えなくもないが場所が場所だけにとても場違いな印象を受けた。
「これは……看板を見るかぎりではレストランか?」
「そうっぽいけど、昨日ここを通った時にこんなのあったかな?」
「進む方向が反対だし、それに昨日はもう少し薄暗かったから気づかなかったんだろう。丁度いい、お腹も減っていることだし入ってみようぜ」
「なんか怪しいけど……まぁ、気になるしね」
全く警戒感のないマサヒロにヨシヒコは少し呆れたが、ヨシヒコもお腹が空いていたのと好奇心に負けて彼の提案に乗ることにした。
二人が扉を開けると、そこはレンガを敷き詰めた床と、店の奥へと続く一段高くなった木製の床に分かれた玄関になっていた。小さな靴棚があるところからきっとこの店は土足厳禁なのだろうと二人は考える。
ふと、さり気なく置かれた小さな丸テーブルの上にメモが一枚置いてあることに気が付いた二人は顔を寄せ合ってそのメモを覗き込む。
『こんな山奥までお疲れ様でした。当店では山歩きに疲れたお客様に心ゆくまで癒されていただく為、
メモを読み終わった二人は思わずお互いに顔を見合わせる。二人とも、今のこの状況になんとなく覚えがあったからだ。それを確かめる為に二人は口を開いた。
「おいおいおい。これじゃまるで【注文の多い料理店】みたいじゃないか」
「お願いは少しだけらしいけど、あの話っぽいよね。あれを意識した雰囲気作りなのかな?」
二人が思い浮かべているのはマサヒロが口にした【注文の多い料理店】という小説の話だった。内容は二人の男が山奥の不思議な料理店に迷い込み、注文が多いという書置きから隠れた名店だと期待を膨らませるが、店内の奥へと進むたびに店から彼らへの注文が度々あり。実は注文されているのが自分たちの方で料理店の主は二人の男を取って喰おうとしていることに、食卓に並べられる寸前で気が付いてなんとか逃げ出すという話だ。
今のマサヒロとヨシヒコの置かれた状況はまさにその話の導入にとても似ているのだ。その事に気が付いた二人だったが、だからと言ってその小説の話を真に受ける筈もなく、ただこの店の力の入れように感心するだけだった。
「なるほどな、そういうコンセプトの店という訳か。こんな面白い店を見つけられたなんて俺たちは運が良いぜ。早速、先に進んでみよう。腹も減ってるしな」
二人は玄関で靴を脱ぎ、丁寧に置かれたスリッパに履き替えると先ほどまで自分たちが履いていた靴を棚に並べて奥へと進んでいく。建物を外から見た限りでは少しボロイようにも思えたが、中は意外にも小綺麗で清掃も行き届いているようだった。
暫く廊下を進むと左右の壁がグッと広くなり大きな扉のある場所に辿り着く。そこにはまた一枚の書置きが置いてあった。
『お願いを聞いて頂きありがとうございます。この扉を抜ければお客様のお席がご用意してあります。また香りと味の良いアルコールで体を消毒して頂き、貴重品などの貴金属をこちらの箱にお入れください。責任を持って当店でお預かりいたします。なお、当店のメニューは1つだけとなっておりますので、前もってこちらでお支払いをお願いいたします』
「おいおい、味の良いアルコール消毒なんて本当に力が入ってるな」
「こっちの貴重品を預ける箱もだよ。まぁ、これはただのサービスだと思うけど、なんだかそれらしくていいね」
「だけど注文はたったこれだけか、これじゃ注文の多い料理店じゃなくて、注文の少ない料理店だな」
「あはは、そうだね。まぁ、本当に注文多くてもダレちゃうだろうし良いアレンジだと思うよ」
その雰囲気を堪能しながら二人を談笑を交わしてアルコール消毒を済ませ、財布などの貴重品を箱の中に預ける。そうして扉を開けようとドアノブに手を掛けようとしたその時。
にゃあ……
突然、聞こえた猫のような声に二人の体はわずかに飛び跳ねる。ドアノブを回そうとしていたマサヒロの手はピタリと動きを止め、思わず二人は顔を見合わせていた。
「今のは猫の声か……?」
「う、うん……扉の先から聞こえた気がするけど……」
あの小説に登場した店の名前は【山猫亭】。二人の主人公を食べようとしていたのも山猫だった。そのことがなんとなく二人の脳裏に
二人は暫く顔を見合わせた、そして覚悟を決めたように頷き合うとドアノブを
「いらっしゃいませお客様!! かの名作【注文の多い料理店】をコンセプトにしたお出迎え、楽しんで頂けたでしょうか?」
出迎えてくれたのも山猫などではなく薄茶色のエプロンを付けた普通の人間で丁寧に二人を席に案内してくれた。出された料理も豪華という訳ではなかったが、店主が厳選した素材の味を活かした素朴な味が二人の身も心も癒してくれた。また、店主が自らこの店のコンセプトについての裏話なども面白おかしく二人に説明をした。
「元々は普通の料理屋だったんですがね、なにを思ってかこんな山奥に店を構えてしまったから当然の如く、お客が全然来なくてですね。せめてなにか話題にならないかと【注文の多い料理店】をモチーフにした店にしてみたんですよ。当店は注文の少ない料理店ですけどね、それはお客様への注文だけじゃなくて、お客様が少なくて注文が少ないっていうことへの皮肉も含まれてるんですよ。……猫の声? ああ、うちで飼ってる猫ですよ。あはは、本当にお客様を取って喰うなんてことはないですよ」
料理を食べ終え、そろそろ帰ろうかと二人で話していると突然二人がこの部屋に入る為に通ってきた扉がガタガタと揺れ始め、店内にスピーカーでも用意されていたのかあちこちから猫の鳴き声が聞こえ始めた。
そんな突然の出来事に二人が面を喰らっていると店主がニコニコしながら大袈裟な身振り手振りを添えて話を始めた。
「おお!! 館の主の大山猫がお腹を空かせているようです!! お客様のお靴は裏口の方に移動しておいたのでそちらから早くお逃げを!! 食べられてしまいますよ!!」
そんな店主の様子を見て、これは帰る時の演出の一種なのだと理解した二人は最後までこの雰囲気を堪能しようと話を合わせて慌てるように裏口から外へ駆け出した。料理店から本当に逃げ出すようにして山道を駆け下りていく二人が後ろをふり返ってみると、店主と数人の店員が店の前に立って手を振りながら見送りをしてくれているのが目に入った。
「面白い店だったな。料理も美味かったし……また来てみたいなぁ」
「そうだね、店の人も良い人だったし……ってあれ?」
少し薄暗くなりつつある山道を歩きながら先ほどの料理店についての話題で盛り上がっていると、ふいに二人はとても大事なことを忘れていたことに気が付いた。
「店に預けた貴重品!! 預けたままだよ!!」
「やべっ!! あの雰囲気に身を任せたままだったからすっかり忘れてたぜ!!」
二人は演出と言えば聞こえはいいが半分強制的に店を飛び出すことになった際に靴は用意されていたが預けた貴重品は用意されていなかったことに今更気が付いた。
慌てて先ほどの店に戻ってみると、店はそのまま残っていたが中はもぬけの殻で預けた貴重品も、店員も店主の姿も何一つ残っていなかったのだ。
山猫の化け物に食べられてしまうことは無かったが、別の意味ではまんまと取って喰われてしまったという事実に二人はがらんどうとした店の中で
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