第9話 愛しい者を迎えに。

アディーベルトが自分の容姿に自信とはいかずとも自覚を持っているのは、「貧乏貴族にしては整っている」という理由を明け透けにして自分の『愛妾』として行儀見習いに寄こす気はないかと、母を通じて打診してくる伯爵夫人や侯爵夫人の存在のせいだった。

確かに生家であるドルント子爵家に資産らしきものは乏しく、長兄は同じ子爵家格の幼馴染みであるカクースト子爵令嬢トア・ノゥエルと婚姻したが、次兄は心よりも自分の価値を見出してくれたルルナエ商会会頭の長女であるルルナに請われて婿入りしたぐらいである。

娘の名前を商会に付けるぐらいの親バカではあるが、人を見る目もあった会頭は次兄の地頭と顔と性格の良さを認めて快く義息子に迎えてくれ、ドルント子爵家三男であるアディーベルトがイエーミア教大神殿の神官となるための神学校入学金や寄付などを工面することができた。


だからといって──


「ね、ねぇ?あなたはいかが?ヴィヴィ様……いえ、あの、ダーウィネット属王国王子第二殿下…の、その、ご婚約者?の、横にいる……」

懲りないのかまたヴィヴィニーアを愛称で呼びかけ、カツンと強めにグラスを叩きつける音でビクッと肩を揺らして言い直したエミリア公女は渋々と正式名称で言い直してからさらに不機嫌そうな発音でロメリアを差したが、アディーベルトに向かって言いたかったのはまた別の女性のことだと言い始めた。

「ね、あの方は兄様にピッタリだとお思いにならないこと?今はあの気にくわ…いえ、ホホ…あの金髪令嬢の侍女をされているらしいけれど、男爵家の娘なのでしょう?家格はあまり高くはないけれど、愛妾にできる容姿だと……」

「ええ、我が妻はどこに出しても恥ずかしくない教養も備えている女性です。ですがどのように容姿を褒められても、既婚で懐妊している女性を召し上げたいと申し出るほど、大公殿下は恥知らずなのですか?」

「えっ………」

それは酒が言わせたことかもしれないが、アディーベルトほどの極端な例はなくとも、公女と同席させられている男のほとんどは自分の妻や婚約者を携えての参加であり、自分の横にいるべき女性が大公のいるテーブルに着かされて気を良くしているはずがない。

顔を青褪めさせる公女が自分のテーブルに着く者たちを見回せば好意的な視線は少なく、本来は主人と共に席に着くべきではないのに無理やり同席させられている顔の良い側近たちは気遣しげに顔を逸らす。

まともに公女の方に顔を向けてニヤニヤしているのは婚約者を連れてきていない単身者か、うまく言いくるめて自分の婚約者より都合と条件の良さそうな公女に取り入ろうとしている男だが、そんな思惑を感じ取れない公女は自分の味方をする者があまりにも少ないことにカッと顔を赤らめた。

「しっ、失礼ね!あなた!!あなたなんかこの席に着く資格はないわ!と…とっととお下がりなさい!!」

「……さようでございますか。ありがとうございます。我が妻の具合もよさそうではありませんので、大聖女様の前で粗相を犯す前に連れて下がらせていただきます」

「……では、私も失礼しよう」

アディーベルトがサッと席を立つと素早く自国の王子の後ろに立ち、ヴィヴィニーアが一切手を付けていない料理の前にカラトリーを置いて立ち上がるタイミングで椅子を引く。

それを合図とするかのように次々と公女のテーブルに着く男たちが立ち上がり、それぞれが自分のパートナーの気分が悪いようだからと言い訳して離れていった。



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