16-11 誰がための物語

 数時間に及ぶアリシアへの取材は無事終わった。

 そしてナロンはざっとメモをまとめた後リラックスするためにお風呂へ向かおうとした、するとカリンが起きてきて一緒に行く事になったのだ。


 この街の銭湯の湯船にナロンとカリンは浸かっていた。

「いい湯ねー」

「そうでしょう魔女様が作ってくださったんですよ、みんな感謝してますよ」

 徹夜明けのカリンにとっては生き返る様な気分らしい。

 そしてカリンは手のひらでお湯を救って匂いを嗅いだり、壁から突き出た竜の口からドバドバ出てくる源泉を飲んでみた。

「カリンさん⋯⋯何やってるんですか?」

 ナロンはわりと引いていた。

「このお湯⋯⋯覚えがある、確かキキロ山の温泉と同じかしら?」

 その言葉にナロンは驚いた。

「よくわかりましたねカリンさん! そうです! このお湯は魔女様がキキロ山から魔法で送ってるそうなんですよ!」

 ちなみにキキロ山とはナロンの故郷のカカロ山の隣で、分厚いローグ山脈に阻まれているがこのイデアルとはわりと近かったりする。

「私行ったことあるのよねキキロ山の温泉は⋯⋯道が悪くて一回だけだったけど⋯⋯」

「あそこは確かに旅行には向いてませんしね⋯⋯」

 ナロンは故郷の隣の山だからよく知っていた。

 そこは高低差の激しい道と魔獣や竜が生息する為、人が寄り付かない秘境だった。

「好奇心は作家の大事な素養よ! 気になる事は何でも試して、行きたい場所には行ってみる事ね」

 その先輩作家の言葉をナロンは受け止める。

「だからカリンさんはずっと旅しているんですね」

「そうよ⋯⋯私は探偵にはなれなかったけど作家にはなれた、だからこそ取材と称して探偵ごっこもたまには出来るようになったりもしたわ」

「この前の手紙を届けてくれたりとか?」

「そうよ」

「でもあれは探偵というより泥棒みたいだったんじゃ?」

「泥棒って⋯⋯せめて怪盗と呼んでよ!」

「⋯⋯カリンさんが本を書くのは自分の為なんですか?」

「ふふ⋯⋯ナロンさんもそんな事気にするのね、そうね私は私の為に書いているのかな? 自分が出来なかった生き方をコリンに代わりにしてもらっているのかもね」

「カリンさん⋯⋯誰か一人の為に本を書くのって許されるのですか?」

「少なくとも私は許されているわ⋯⋯売れているから、ね」

「そっか⋯⋯売れたら許されるのか⋯⋯」

 そしてナロンは一つの決意をその胸に宿した。


 お風呂から上がったナロンとカリンは戻ると、そこにはマリーが居た。

 そこにはマハリトも居てさっきまでマリーと話をしていたようだった。

「あれ? マリーさん来てたんですか?」

「こんにちはナロン、ええついさっきね」

「ナロン君、そっちの準備は終わったのかな?」

「はい! 銀の魔女様の取材は終わりました」

 こうして最終的な打ち合わせが始まったのだ。


「まずリオン姫の本の許可はもらえたわ、その執筆をナロンさん貴方に任せる事も含めて」

 どうやらマリーはナロンとアリシアが話しをするまでの間に、ラバン王と話を付けていたらしい。

「責任重大ですね⋯⋯」

「なんだ、自信が無いのか?」

「あるわけないですよ、だってド新人ですしあたしは⋯⋯でもあたしにしか書けないから覚悟は出来てます」

「まあいいだろう」

 そうマハリトもニヤッと笑った。

「あとはこれでナロンさんに書いてもらうだけですね⋯⋯えっと二週間で書けるんですか? 本当に?」

 一応この後の予定ではそうなっている、その後一月くらいの時間をかけて印刷して本にする。

 販売は四月の頭になる予定だった。

「え⋯⋯ナロンさん一冊書くのを二週間で出来るの?」

「ナロン君は筆が早いんだよ、きみとちがってね」

 ドン引きするカリンにチクリと嫌味を言うマハリトだった。

「元々リオンの事は日記みたいに書き溜ていたから、それを書き直す纏めるだけですので時間がかからないんですよ」

 そう聞きカリンは⋯⋯

「そっか⋯⋯ノンフィクションだから時間がかからないのか⋯⋯」

「いやこの半年で起こった事を纏めるから半年かかっているとも言えるので⋯⋯」

「なるほど⋯⋯」

 カリンはナロンと自分との作家性の違いを分析する。

 カリンは常日頃トリックを考えている、だがそれはそのままでは本に出来ないアイデアでしかない。

 それを物語にする為にカリンは世界中を旅してそのトリックに相応しい場所を見つけるのだ。

 そしてこの方法は時間がかかる、一冊書くのに三・四か月は必要になるからだ。

 まあそれが許されるだけの売り上げのある人気作家だから出来る執筆方法だった。

 だからマハリトはいつも頭を抱える事になるのだ。

 カリンが締め切りを破る事は常習犯であり、連絡もつかないためどこかで野垂れ死んでいる可能性が常につきまとう為に⋯⋯

 一方ナロンの元々の執筆方法はあまり取材とは無縁だった。

 基本的に自分の中の空想を文字に起こすタイプの作家だった。

 それをマハリトはやや矯正して取材の大切さ、視野を広げる事を勧めたのだ。

 その甲斐あってナロンの書いた本『小さな冒険者』は、現役の冒険者たちの声を元にした物語になっている。

 どっちがいいとかではなく二人はタイプが違う作家だという事なだけだった。


「よし、これで後は書くだけだなナロン君!」

「あのマハリトさん⋯⋯あたし書く前にあと一つだけ知っておきたい事があって――」

 そのナロンの説明は上手く言葉には出来ないものだった、だから時間をかけてマハリトに伝える。

「――いいでしょうか?」

「⋯⋯うーん確かにいいが、時間がかかるぞそれ」

「やっぱり無理ならすぐ書き始めますけど」

「たしかに新出版屋の立ち上げは四月からに拘っているけど、本の発売は少しくらい遅れても完成度の高い方がいいわ」

 そうマリーは言った。

「ナロンさん、迷いを抱えたまま書いた話が傑作には決してならないわ、妥協しちゃ駄目よ」

「そうだなカリンの言うとおりだ⋯⋯行ってこいナロン君、それできみの迷いが晴れるなら」

「わかりました、じゃあ行ってきます」

 そう言ってナロンは頭を下げた後部屋を出た、セレナに頼み事をする為に。

「待ってナロンさん! 私からも頼むから!」

 そうマリーもついて行く。

 残されたのはマハリトをカリンだけだった。

「⋯⋯ナロン君があんな事を言い出すなんてな」

「あらあなたの教えじゃないの? マハリト叔父さん」

「読む人の心に寄り添え⋯⋯だったな」

 それはカリンがデビュー前にボツになった謎解き本に対するマハリトの叱責だった。

 読む人にわかりやすい、夢中にさせるキャラクターが居なければ本には出来ないと言って⋯⋯

 そして『コリンシリーズ』が誕生したのだった。

 真相はカリンの実家から頼まれた、ただ難くせつけて作家になる事を諦めさせるためのマハリトの演技だった。

 しかし記念出版くらいの気持ちで出来上がったカリンの本は売れてしまったのだった。

「売れるかしらナロンさんの本は?」

「売れるさ⋯⋯いや売って見せる、この私がな」

 そうマハリトは不敵に笑った。

 なお奔放なカリンの事はもう実家からは完全に諦められていたのだった。


 この後ナロンが実際に執筆に入ったのは一週間後の事だった。


 それからマハリトは付きっきりでナロンに原稿を書かせ続けた。

 そしてそれが完成したのはぴったり二週間後の事だったのである。


 出来上がった原稿の最後のチェックをマハリトは終えた。

「お疲れ様ナロン先生、後は私の仕事だ」

「はい⋯⋯後はお願いします⋯⋯」

 そう言い終えてナロンは寝てしまった⋯⋯


 それから三日後、そのナロンの本の試作品が刷られてエルフィード王国へと提出された。

 その検品が終了し結果を伝える為に、ナロン達がお城へ呼ばれたのは三月の最後の日だった。

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