15-08 決闘! アレクとシリウス

「我が名はシリウス! エルフ族、ガディアの里の戦士団団長、そしてリオンに相応しい男だ!」

「俺の名はアレク・エルフィード! リオンは貴様には渡さん!」

 そして互いに剣を抜いたアレクとシリウスが対峙する。

 ついに決闘が始まってしまった。

 この戦いをエルフィード国王側もガディア側も止める事が出来なかったのは、どちらも全面戦争など望んでいなかったからだ。

 この二人の戦いだけで済めばいいと、どこか思っていたのだ。


 剣を構えシリウスを見据えるアレクはだんだん冷静に戻っていた。

 リオンの為とはいえこんな戦いをするなど、民たちにどう詫びればいいのか⋯⋯そうアレクは思った。

 今の自分を不安そうに見つめるネージュから、どれだけ愚かな事をしているのか嫌でも理解してしまう。

 いつだってやる事に理由を用意していたアレクだったが、今回だけはこうする事しか出来なかった。

 ふとアレクは父の言葉を思い出す。

 ――アレクよ、王には何よりも優先される事がある。 しかしそれでも人なのだ、だから何か一つくらいは心の拠り所が必要なのだ⋯⋯

 そして幼き日の母との剣の稽古での思い出。

 ――アレク! 自分すら守れぬ者に、何かを護れると思うなよ!

 両親の言葉がアレクの中に蘇る。

 だから今、自分は正しいのだと確信する。

 そしてその手の中の剣を見つめた⋯⋯

 ――『調和の剣アルモニア』そう名付けた俺の剣。

 アリシアが創り、そして森の魔女が自分に相応しいと託してくれた剣だ。

 そして最後にフィリスを見る、いつだって護る為に戦って来た妹を。

 それら全てがアレクの中で一つになった。


 開始の合図は無かった。

 だが二人は同時に動き、剣を合わせた。

 大きな音が響く――

 シリウスが押し、アレクが押された⋯⋯

 すぐにシリウスの追撃が始まる、アレクは防戦一方だった。

「アレク殿下!」

 心配そうなネージュの声が響く。

「大丈夫よネージュ様、兄様なら⋯⋯」

「何故です! 相手の方が強い! やっぱり止めさせないと!」

 しかしフィリスはそのまま兄の戦いを見守った。

 たしかに素人のネージュが見抜いた通りシリウスの方がアレクよりも強い⋯⋯それは事実だ。

 しかし実際には戦いは拮抗していた⋯⋯何故か?

 それはアレクとシリウスの強さが別だからだ。

 かつてフィリスは母と十年ぶりに再会し、その後剣を合わせる機会があった。

 しかしフィリスはいいように母にあしらわれたのだ⋯⋯自分の方が強いのに。

 その原因は戦いの経験の差だ。

 フィリスは竜や魔獣といった相手とばかり戦い、母は騎士としての対人戦のエキスパートだったからだ。

 だから細かい技術や駆け引きでフィリスは圧倒されてしまったのだった。

 今それと同じ事が起こっている。

 シリウスの剣はフィリスと同じ魔獣相手の力だ。

 それに対してアレクの剣は母の教えた対人戦に特化した騎士の剣だ。

 アレクが敵を倒す必要はない、何かあった時護衛が間に合う時間を稼ぐ防御に徹した技術⋯⋯それがアレクの剣だった。

 そしてアレクはその剣を信じ迂闊に攻めずに守りに徹していた、だから格上のシリウス相手に互角に見える戦いをしているのだ。

 そしてその事は戦っているシリウスが一番よくわかっていた、だからこそ理解できなかった。

 ――なぜ戦える? いくら守っていても勝てない相手だと理解しているハズなのに⋯⋯なぜ折れん?

 シリウスは押しながらも迷いが生まれ始めていた。

 そしてこの戦いに一番責任を感じていたのはアリシアだった。

 理由はアレクの剣だ⋯⋯アリシアが創った。

 まだ幼い時に創った試作品で良く出来てはいたが所詮はその程度である、今ならもっと良い物が創れるのに創り直さなかった。

 いや創り直した物は既にあるのだ、もしそれをアリシアがアレクと交換していればあんなシリウスの魔剣などあっさりへし折って、アレクが勝てていたハズなのに⋯⋯と。

 アリシアは最善を尽くさない事が後悔になると初めて実感したのだ。

 ハラハラしながらアレクの戦いを見つめるネージュはふとリオンを見た⋯⋯

 そこにはアレクの勝利をまったく疑っていないリオンの姿があった。

 自分はどうなのだろう? あれほどアレクを信じられるのか?

 ⋯⋯いや信じなくてはいけないのだ、リオンと共にアレクを支えると誓ったのだから。

「勝ちなさいアレク!」

 ネージュの声が響く。

 その声はアレクにも届いた。

 自分を信じてくれる者をもう二度と裏切れない、そうアレクは思った。

 ミハエルとのレースの時、アレクは手綱を緩めた⋯⋯

 別に負けても失うものは無いと思っていたからだ。

 だからこそみっともない勝ち方をせず、潔い敗北を選んだのだ。

 だがこの戦いは違う。

 負けられない戦いだ、失う訳にはいかないものがかかっている。

 だからアレクは非情の鞭を自分に入れ続ける、あの時とは違って。

 リオンとネージュの二人の信じる心がアレクの折れない精神を支え続けた。

 そしてその長い戦いについに決着が訪れた。


 折れたのだ⋯⋯シリウスの剣が――


「ば⋯⋯馬鹿な⋯⋯」

 シリウスは信じられなかった、その手の中の折れた魔剣が。

 これがアレクの作戦だった、勝つために唯一の。

『再生』が付与されたこの剣の耐久力が相手の魔剣に負けるはずがないと信じた。

 そしてアレクは剣をシリウスに突きつけ宣言する。

「俺の勝ちだ! シリウス!」

「⋯⋯いや、まだだ! 俺の命はまだ残っている! 戦えアレク! 最後まで!」

 固唾をのんで一同が見守る中アレクは剣を鞘に納めた。

「⋯⋯シリウス、周りを見ろ」

 アレクに言われシリウスは辺りを見渡した。

 そこには自分を心配する父や妹やガディアの民たちが居た。

「今お前は死ぬことが許されると思っているのか? お前が背負うものはそんなにも軽いのか? なら止めを刺してやる」

 負けた⋯⋯それをシリウスは痛感していた。

 力だけじゃなく上に立つ者としても⋯⋯

 その時アレクがそっとシリウスに囁いた。

「⋯⋯リオンは俺がお前を殺さないと信じているんだ期待を裏切りたくない、カッコつけさせてくれ」

 ――リオンの望みか⋯⋯

「俺の負けだ⋯⋯アレク」

 こうしてアレクとシリウスの決着はついたのだった。


 決闘は終わり、辺りに弛緩した空気が漂い始めた。

 その時だった――

 シリウスの折れた魔剣から邪悪な瘴気が溢れ出したのは。


「いかん! 皆、その剣から離れろ!」

 族長のシャリオが叫んだ。

「この瘴気は闇の精霊!?」

 アリシアも気づいた、今まさに折れた魔剣から闇の魔力が溢れて暴走しようとしている事を。

 とっさにアレクはネージュを庇い、シリウスはリオンとミラを庇った。

 そして闇の魔力は黒い炎となって襲い掛かった――ルミナスに。

「えっ!?」

 この時ルミナスは油断していた、どこか自分は傍観者だと思い込んでいたせいだろう。

 ルミナスが闇の炎に包まれた。

「あっ、ああああーーーー!」

「ルミナス!」

 フィリスが叫ぶ。

 すぐにフィリスはルミナスへと駆け寄ろうとした、しかし――

「駄目! フィリス避けて!」

 アリシアが警告したそのおかげでフィリスは紙一重で回避できた。

 ルミナスの手の中の魔力によって作られた闇の剣の斬撃から⋯⋯

「一体何なの? さっき折れたあの剣は何!?」

「し⋯⋯知らん⋯⋯あの剣は親父から貰っただけで⋯⋯」

 みんながシャリオを見た。

「あの魔剣はかつて帝国と戦ったエルフの勇者の剣だ⋯⋯」

 その説明だけでアリシアは何となく察した。

 おそらく元々はただの闇属性の魔力剣だったのだろう、しかし持ち主が帝国と戦い続けたせいで帝国への憎しみがいつしか蓄積され、闇の魔力は闇の精霊になった。

 その闇の精霊が今魔剣が折れたことによって解放され、帝国の皇女であるルミナスを襲ったのだと。

「浄化する!」

 しかしそのアリシアの魔法はルミナスを覆った闇の力に弾かれた。

「強い⋯⋯」

 長年蓄積された怨讐が呪いとなっていた。

 間に合わなかった。

 ルミナスを覆っていた闇の炎は彼女の中へと吸収されていく。

 闇の炎が消えた時、ルミナスは様変わりしていた。

 純白の衣は焼け落ち露出した肌の色が浅黒く変わり全身に入れ墨のような文様が浮かんでいた。

 そしてその瞳は金色に輝いていた。

「ルミナスが闇に墜ちた?」

 帝国の皇女ルミナスは暗黒に染まってしまったのだった。

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